03
サリーナと呼ばれた女性は、わたしの専属侍女らしい。
話を聞くうちにそれは分かった。そして。
今世のわたしは、この国の聖女様らしい。
「わたし…………聖女様なの?」
わたしの呟きを聞いたサリーナは目を見開いた。
「アイリス様が………喋った?」
って、あんたもそれ言うんかい!
専属侍女にまでこう言われる今世のわたしとは一体………。
「サリーナ、さっき君はアイリスがもう目覚めないかと思ったと言ったね。彼女に何があった?」
微笑みながらも強めの圧をかけてくるカイル様を見て、サリーナは姿勢を正し、暗い表情を浮かべた。
「報告が遅れ、申し訳ありません。先ほど、アイリス様は急に意識を失われたのです。何の前触れもなくお倒れになり、医師を呼んでも原因は不明と診断されました。このまま意識が戻らず食べることも水を飲むことも出来なければ、やがて死に至るだろうと………」
「じゃあアイリスのさっきからの変な言動は、その影響?」
「変、とは?」
「私達に貴方達は誰だと尋ね、自分はなんだと殿下に尋ねたんですよ」
ルーク様が答える。
こうやって並べられると、モロ記憶喪失の人だね。
「アイリス様…………?」
「ごめん、貴女のことも分からない。サリーナさん? でいいのかな?」
「なんてこと! 誰か! 早く医師を呼んで!」
結果、わたしは記憶喪失と診断されました。
「記憶喪失である以外は身体に異常はございません。無理に思い出そうとはせず、自然体でお過ごし下さい」
「記憶がいつ戻るかは分からない?」
「殿下、人間の脳は複雑でごさいまして………何が起こるか医師でも予測不可能なのです」
カイル様とお医者さんが小難しい話をしている間、わたしはサリーナとルーク様に今世のわたしのことを聞かせてもらっていた。
「アイリス様は十歳の時に聖女様に認定されまして、その際にカイル殿下とご婚約されました」
「聖女って?」
「聖女様は、結界を張って魔物や穢れから民を守り、怪我をした者の傷を癒したり、瘴気を浄化したりすることができる存在でございます」
サリーナはこの国の常識を教えてくれた。
ルーク様からはと言うと。
「お前は小さい頃から手のかからない妹だった。父や母の言うことを素直に聞き、ワガママもほとんど言わなかったが、表情の変化が乏しくあまり喋らなかった。首肯か首を横に振るかで会話をしていたと言っても過言ではない」
アイリスを教えてもらっていた。
ねぇこれ、最後の方、褒めてる? 悪口?
絶対、ルーク様の方が表情の変化、乏しいって。
「それにしてもここって、わたしの家なの?」
調度品が全部豪華な広すぎる部屋。
日本人だった時に住んでいた一人暮らし用のアパートの一室とは大違い。
「こちらは歴代の聖女様がお住みになっている『聖なる塔』でございます」
「聖なる塔?」
「はい。聖女様の家と言っても良いかと。ここに入れるのは王族と聖女様のご家族、世話係の侍女やメイド、護衛の騎士達だけです」
聖女、家持ちなの?
優遇されすぎでしょ。まぁ必要な存在だから仕方ないのか。
「ねぇ、外に出てみたい。ここにいるだけじゃ何も進展しないでしょ? 町とかを見たら何か思い出すかもしれないし」
わたしが何気なく放った一言で空気が凍った。
何で全員、黙り込むの?
「アイリス」
「でん、か?」
「聖女がここを出る時は、厳重な警備のもと、先触れを出して、万全の対策をたてなければならない。色々準備もいるし、そんな簡単にはできないよ」
困ったような顔で、カイル様は小さい子をさとすように言った。ルーク様も続ける。
「それに聖女が外出するのは公務の時のみだ。その他は基本的にこの塔で過ごす。身の安全のためにも、騎士達が聖女を守りやすいここに」
「え、じゃあ、聖女ってほとんどここに軟禁状態?」
ポロッと言葉が滑り落ちた。
「軟禁じゃない! ここ以外に行かなくてはならない場所がないだけだ!」
「ルーク様、ここは行かなくてはならない場所なんですか?」
ついルーク様って呼んじゃった。
アイリスはなんて呼んでたのかな。お兄様?
「それも忘れているのか…………。聖なる塔は、聖女の力を国の端々まで届けることができるんだ。はるか昔の聖女がそのように定めてこの塔を作ったらしい。ただ魔物や瘴気の被害が特段ひどい時は聖女が自ら足を運ぶんだ。それが公務」
「ほぇ〜。でも結局、ここ以外に行けないんですよね」
「まぁそうだが」
「やっぱり軟禁じゃん!」
断言したわたしに、ルーク様は諦めたように頭を抱えた。