02
わたしの名前は、相良湊月。
十八歳のわたしは大学生活を満喫していた。
初めての一人暮らしや、サークルで出来た友人。
恋人はいなかったけど、楽しく過ごしていた。充実していた。
あの日も、いつもと変わらないはずだった。
講義を受けるために家を出て。
大学前の信号が青になるのを待って。
横断歩道を渡ろうとした時、聞こえたのは急ブレーキ音で、わたしに訪れたのは、凄まじい衝撃だった。
─────というのを、ふっと思い出した。
死ぬ! と悲鳴を上げて飛び起きたわたしが最初に見たものは、美少女だった。
艶のある金髪に、深い蒼色の瞳。
透き通るように白い肌と、ピンクの薄い唇。
ほっそりとしているのに出るところは出ているというなんとも羨ましい身体。
十六歳くらい?
美少女の登場にひそかに感動してわたしが頬に手をあてると、美少女も同じ動きをした。
……………ん?
腕を上げてみる。美少女も腕を上げた。
頬をつねってみる。美少女は頬をつねっても美少女だった。
これ、鏡か!
典型的な日本人顔のわたしが、何故か美少女になっている。
鏡の中の美少女が困惑顔で首を傾げた。
これ、まさか、今話題の異世界転生ってやつですか?
でもわたし…………誰だろう。
前世の記憶を思い出したわたしは、今世の記憶を失っていた。わたしはこんな美少女で送った人生を覚えていない。
「アイリス、何かあった?」
「悲鳴が聞こえたんだが」
ノック無しにドアが開かれて、二人の青年が部屋に入って来た。
わたしのことをアイリスと呼んだ青年は、銀髪青眼。わたしの瞳の青は海のようだけど、彼の青は空の色。
甘い顔立ちと優雅な物腰で、まるで絵本に出てくる王子様だ。
なんかわたしの好みの顔立ち。
悲鳴が聞こえたと言いつつ無表情の青年は、わたしと同じ金髪に碧眼。ただ何となくクールな感じで、氷の貴公子とか呼ばれていそう。
「えと………」
「えっ!」
どうやって説明しようと悩んで、えと………しか言っていないのに、王子様風青年は驚きの声を上げた。
…………まだ何も言ってないんですが?
「アイリスが喋った………!」
「あのアイリスが………喋った?」
え、何。何で喋ったくらいでそんなに驚いてるの?
「いつもなら何かあったって聞いてもふるふるって首を横に振るだけなのに!」
「有り得ないな」
ひどい言われようですね〜。
………というか、まず。
「貴方達、誰?」
わたしが尋ねると、二人はポカンとした顔になった。
美少女が頬をつねっても美少女であるように、美青年も間抜けな顔をしていても美青年だ。
眼福眼福。
「…………頭でも打ったか?」
氷の貴公子風青年が最初に言った言葉がこれだった。
当たらずとも遠からずってとこ?
記憶喪失だからね〜。
「アイリス、婚約者である僕のことを忘れたのかな?」
王子様風青年に言われた単語にわたしは衝撃を受けた。
婚約者!
こんな美形さんが!
「王太子であるカイル様を忘れるとは………。我が妹ながら情けない」
って、ホントに王子様だったんかい!
ってか氷の貴公子は兄ですか!
確かによくよく見ればさっき鏡で見たわたしに似てる。
「えーっと、殿下?」
とりあえず比較的優しく接してくれそうなカイル様? に話しかけてみる。
「ん? どうしたの?」
「わたしって……………何ですか?」
あ、聞き方おかしくなった。どんな人だったのかって聞きたかったのに。
「………ルーク」
「何ですか殿下」
あ、お兄ちゃんルークっていうのか。
「アイリスに何があったの?」
「それは私も知りたいです」
その時、またドアが開いて、一人の女性が勢いよくわたしに抱きついてきた。
「ああ、良かった! もうお目覚めにならないかと………っ」
ちょっと待て、わたしに何があった。
「サリーナ、アイリスが驚いてるよ」
「あら殿下? ルーク様まで。いらっしゃったのですね」
「君は相変わらずアイリス至上主義だね」
「当然です。アイリス様は誰よりも美しく、私のような使用人にもお優しい、完璧な聖女様なのですから!」
…………………。
えっ?
わたし、聖女なの?