Fの全て
Fはロケットに乗り込んだ。Fは幼少期からの夢を叶えたのだった。
船内にカウントダウンが鳴り響く。「3…2…1…」Fは感慨に耽った。幼少期から、全てを投げ打って宇宙飛行士に専念した。そんな努力の日々が、走馬灯のように、克明な実感として蘇った。
「GO」のアナウンスと共に、船内にエンジンの轟きが聞こえ、ロケットは浮いた。
ロケットはどんどん上昇し、あっという間に大気圏を超えて、宇宙に漂った。Fは宇宙から地球を眺めた。地球は暗黒の宇宙の海に、大きく浮かんでいた。地球はまさに、宇宙船地球号の名を冠した戦艦だった。
この悠然たる光景は、Fの全人生を報いるように、確かにそこにあった。
Fは感動のあまり、涙が溢れてきそうだったが、堪えて、今回の任務へ気持ちを切り替えた。
「そうだ、私は任務のために宇宙へ来ているのだ」
Fの任務とは、月の調査だった。Fは気持ちを切り替え、月に向かって照準を合わせ、燃料を燃やし、進んだ。
近づくにつれて、月はどんどん大きくなった。地球から見上げていた小さい月が、目の前に迫ってきていた。
すると突然、「ごつ」という音と共に、ロケットが止まった。何か壁にぶつかったような音だった。
Fは窓を眺めた。するとそこには壁があった。遠くから宇宙のように見えていた空間は実は壁だった。
Fは驚愕した。今までの常識がひっくり返った。
Fは、この得体の知れない壁の前に呆然とした。しかしこの呆然は、Fの全人生を傾けた宇宙への憧憬によって、たちまち興味へと転じた。Fは宇宙の全てを知りたかった。
Fは、この壁をロケットの前進力で突破しようと試みた。
「燃料を燃やせ」Fはエンジンの出力を最大にした。
ロケットは、けたたましい轟音を上げ、壁に向かって進んだ。すると、ロケットの前進力に耐えかねた壁には、少しずつ亀裂が入ってきた。徐々に徐々に大きくなる亀裂に比例して、Fの気持ちは高鳴った。
「何が待っているんだ」とうとう亀裂は、大きな穴となり、ロケットは壁の向こうへと抜けた。
映画館は、混乱の渦に飲まれた。悲鳴や奇声をあげる観客が、出口へと溢れた。
Fが超えた壁の先は映画館になっていた。
「どういうことだ」Fは混乱した。しかし無理はない。Fの人生は映画館に映し出され、人々の娯楽としてのみ存在し得たのだ。Fは知らずに、ハリボテの世界で暮らしていたのだ。