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8話

「ヒトゥリデさん、いい加減にして下さい」 


 ひとりのエルフ美少女が語気荒く、元国王の娘に向かって注意した。

 時代が違えば不敬罪で、この女は即手討ち。

 ヒトゥリデ自らによって、一刀のもとに斬り捨てられていた事だろう。


「テルオ君に対する罵詈雑言、もはや看過できません」


 ここはホー中学校3年1組の教室。昼休み。

 昨日は心優しいセシリーの執り成しによって、その暴言を直接非難されずに済んだ。

 だのに今日も今日とて、自分の執事に非道な態度。

 ついに学級委員長「カーナ」の堪忍袋の緒が切れたのだ。

 

 またヒトゥリ様が鬼の形相で僕を睨んでくる。

 カーナちゃんだけじゃ飽き足らず、まさか僕までも……

 そんなに人を斬り捨てたいのか。


「カーナちゃんを斬り殺す訳ないでしょ!

 お前は後で叩っ斬ってから捨てる!」


 後先考えない発言で、遠巻きに見ていたクラスメートの顔色が変わる。

 口にして「はっ!」と我に返るも、一度出した言葉は元には戻らない。

 クラスがにわかにざわつき出した。



 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



 カーナの生家、ヒナエルダ家はショルトカ家に次ぐ名門の家系。

 よってカーナも真なるエルフ、ハイエルフである。

 実年齢は25才。

 小学校に上がる前は、よくヒトゥリデの面倒を見ていた姉の様な存在だった。


 いや、今でもそうなのだ。

 ヒトゥリデは駄々をこねて見た目年齢を15才にしているが、本来ならばヒナエルダ同様に成長するまであと5、6年はかかる。

 クラスメートの中で完全にひとりだけ幼いのだ。


「本当にヒトゥりんにも困ったものね。

 そんなにスコーピオンになりたいのかしら」


 ヒトゥリデが立たされた日の夜、自室で一日を振り返りカーナはため息をついた。

 彼女の思い出すスコーピオンとは、アイドル戦隊100レンジャーのリーダー「スコーピオンレッド」の事である。


 歌って、踊って、悪をも蹴散らす。

 アイドルであって正義のヒーロー。

 その総数100人のメンバー(登場したのは2クールで20名のみ)を束ねるツンデレ猫耳リーダーのスコーピオンレッド。

 その姿に憧れ、10才のヒトゥリデは将来の目標にしたのだ。


「ツンデレなのは分かるけど、最近態度が悪すぎるわね。

 今度久し振りにギュッて抱きしめて、お説教してやんなきゃ」


 学校での立場上、カーナは特別扱いを良しとしない。

 しかし、うちに帰った後なら話は別だ。

 ヒトゥりんとの放課後を妄想して彼女は、生真面目そうな冷たい美貌をだらしなく崩すのであった。 



 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



「やめろ!

 貴様きさんテルオ、絶対(クラ)す!」


 又もや叫んだヒトゥリデに、教室内の全員が困惑しているのが見てとれる。

 学級委員の立場で仕方なしに注意していたカーナなど、狼狽の一歩手前だ。

 本当は大好きなヒトゥりんを、自分の非難が原因で壊してしまったのかもしれない。そう思ったからだ。

 それほどヒトゥリデの2回の叫びは意味が分からず唐突だったのだ。


 ヒトゥリ様、僕のナレーションは他人には聞こえていないんですよ。

 それを1度ならず2度までも。

 周りからは「うわ、イタイ娘だ」って見られてますよ絶対。


「ぐぬぬぬぬぬ……」


 またヒトゥリデがテルオを睨む。

 悔しくて、だが確かに僕の言う通り。

 ここで反応しても更にイタさがアップするだけ。

 だから何も言えず、ただ己が執事を射殺す様に睨み付けるしか出来ないのだ。


「お、おい、もうやめなよ、ヒトゥリデさん」


 恐る恐るといった感じで、少年エルフが声を掛けてきた。

 普段はひょうきん者といった印象の、いや、おバカのケンドリク君だ。

 おバカのケンちゃんが真面目な顔をするのは、授業で先生に指された時だけなのに。


「そうだよ、あんまり良くないよ……」

「テル坊だって同じクラスメートだから……」

「ヒトゥリデさん、謝った方がいいよ」


 ケンちゃんの一言を皮切りにポツリポツリと、だが確実に、クラスにいる全員の非難がヒトゥリデに集まっていく。


「う、う、わた、わたし……」


 けして強くはない物言いだが、その憐れみにも似た悲しい視線の全てが自分に集まっていく。

 そんな経験などあろう筈のないヒトゥリデは、金縛りに遭ったように体が硬直してしまった。


「ヒトゥリ様、帰ろう!」


 そんな状態の主を人前に晒す事は、この若き執事には耐えられない。

 僕は彼女の手を掴むと、一度胸元にその体を引き寄せ肩を抱いた。


「みなさん、ありがとう。

 でも、僕は気にしていませんから」


 急な行動にクラスの全員が時を止めた如く静止した中で……

 僕はそれだけ言うと、ニッコリ笑顔を見せて教室を出ていった。

 頭が展開について行けていないヒトゥリ様の手を引いて。



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



「うえええええ~ん!」


 部屋ではベッドに突っ伏してヒトゥリデが泣いている。

 彼女の19年の人生で、こんな体験は初めてだったのだ。

 今は泣くといい。好きに泣くといい。


「ふざけんな! 誰のせいだ!」


 まあまあ、これも計画通りなのですよ。

 全ては我が掌中の事。

 全ては我が主ヒトゥリデ・ショルトカ様、御身の為に!


「はあ? どういう事よ?」


 ヒトゥリ様、言ったでしょ悪役令嬢仲間にして云々。


「言った」


 だからセシリーがヒトゥリ様を利用するのを、更に効果的に活用したのです。


「え? は?」


 セシリーの「ヒトゥリ様にぶつかって転倒し、危うく交通事故になる所だった」計画。


「ええ!?」


 いや、そうだったじゃん。

 でもそこを僕が車に飛び込んで、本当に轢き逃げされた訳。


「轢き逃げ!」


 いや、そうだったじゃん。

 まあ、怪我もしてないから気にもしてないだろうけど。


 んで、今日の委員長やクラスメートの批判。


「う、うん……」


 その批判の場で、ヒトゥリ様に突き飛ばされて例の交通事故に発展したって事実を、セシリーがクラスで告白してくれりゃあ完璧だったんだけど。

 そこまで上手くは行かなかったらしい。

 セシリー優しいから。


「な、なんで……」


 悪役令嬢は別にセシリーじゃなくてもいいって事です。


「!!」


 気が強く--


「そんな……」


 生まれが良く--


「やだ……」


 クラスの皆から批判される悪役の御令嬢は?


「わ、私かーーっ!」

 

 

 

悪役令嬢はヒトゥリデ本人でした。ってオチで。

本人が悪役令嬢なら作品情報のタグに書いてて問題ないですよね。


読んでいただきまして、ありがとうございます。

次話もどうか、よろしくお願いいたします。

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