8話
「ヒトゥリデさん、いい加減にして下さい」
ひとりのエルフ美少女が語気荒く、元国王の娘に向かって注意した。
時代が違えば不敬罪で、この女は即手討ち。
ヒトゥリデ自らによって、一刀のもとに斬り捨てられていた事だろう。
「テルオ君に対する罵詈雑言、もはや看過できません」
ここはホー中学校3年1組の教室。昼休み。
昨日は心優しいセシリーの執り成しによって、その暴言を直接非難されずに済んだ。
だのに今日も今日とて、自分の執事に非道な態度。
ついに学級委員長「カーナ」の堪忍袋の緒が切れたのだ。
またヒトゥリ様が鬼の形相で僕を睨んでくる。
カーナちゃんだけじゃ飽き足らず、まさか僕までも……
そんなに人を斬り捨てたいのか。
「カーナちゃんを斬り殺す訳ないでしょ!
お前は後で叩っ斬ってから捨てる!」
後先考えない発言で、遠巻きに見ていたクラスメートの顔色が変わる。
口にして「はっ!」と我に返るも、一度出した言葉は元には戻らない。
クラスが俄にざわつき出した。
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カーナの生家、ヒナエルダ家はショルトカ家に次ぐ名門の家系。
よってカーナも真なるエルフ、ハイエルフである。
実年齢は25才。
小学校に上がる前は、よくヒトゥリデの面倒を見ていた姉の様な存在だった。
いや、今でもそうなのだ。
ヒトゥリデは駄々をこねて見た目年齢を15才にしているが、本来ならばヒナエルダ同様に成長するまであと5、6年はかかる。
クラスメートの中で完全にひとりだけ幼いのだ。
「本当にヒトゥりんにも困ったものね。
そんなにスコーピオンになりたいのかしら」
ヒトゥリデが立たされた日の夜、自室で一日を振り返りカーナはため息をついた。
彼女の思い出すスコーピオンとは、アイドル戦隊100レンジャーのリーダー「スコーピオンレッド」の事である。
歌って、踊って、悪をも蹴散らす。
アイドルであって正義のヒーロー。
その総数100人のメンバー(登場したのは2クールで20名のみ)を束ねるツンデレ猫耳リーダーのスコーピオンレッド。
その姿に憧れ、10才のヒトゥリデは将来の目標にしたのだ。
「ツンデレなのは分かるけど、最近態度が悪すぎるわね。
今度久し振りにギュッて抱きしめて、お説教してやんなきゃ」
学校での立場上、カーナは特別扱いを良しとしない。
しかし、うちに帰った後なら話は別だ。
ヒトゥりんとの放課後を妄想して彼女は、生真面目そうな冷たい美貌をだらしなく崩すのであった。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「やめろ!
貴様テルオ、絶対殺す!」
又もや叫んだヒトゥリデに、教室内の全員が困惑しているのが見てとれる。
学級委員の立場で仕方なしに注意していたカーナなど、狼狽の一歩手前だ。
本当は大好きなヒトゥりんを、自分の非難が原因で壊してしまったのかもしれない。そう思ったからだ。
それほどヒトゥリデの2回の叫びは意味が分からず唐突だったのだ。
ヒトゥリ様、僕のナレーションは他人には聞こえていないんですよ。
それを1度ならず2度までも。
周りからは「うわ、イタイ娘だ」って見られてますよ絶対。
「ぐぬぬぬぬぬ……」
またヒトゥリデがテルオを睨む。
悔しくて、だが確かに僕の言う通り。
ここで反応しても更にイタさがアップするだけ。
だから何も言えず、ただ己が執事を射殺す様に睨み付けるしか出来ないのだ。
「お、おい、もうやめなよ、ヒトゥリデさん」
恐る恐るといった感じで、少年エルフが声を掛けてきた。
普段はひょうきん者といった印象の、いや、おバカのケンドリク君だ。
おバカのケンちゃんが真面目な顔をするのは、授業で先生に指された時だけなのに。
「そうだよ、あんまり良くないよ……」
「テル坊だって同じクラスメートだから……」
「ヒトゥリデさん、謝った方がいいよ」
ケンちゃんの一言を皮切りにポツリポツリと、だが確実に、クラスにいる全員の非難がヒトゥリデに集まっていく。
「う、う、わた、わたし……」
けして強くはない物言いだが、その憐れみにも似た悲しい視線の全てが自分に集まっていく。
そんな経験などあろう筈のないヒトゥリデは、金縛りに遭ったように体が硬直してしまった。
「ヒトゥリ様、帰ろう!」
そんな状態の主を人前に晒す事は、この若き執事には耐えられない。
僕は彼女の手を掴むと、一度胸元にその体を引き寄せ肩を抱いた。
「みなさん、ありがとう。
でも、僕は気にしていませんから」
急な行動にクラスの全員が時を止めた如く静止した中で……
僕はそれだけ言うと、ニッコリ笑顔を見せて教室を出ていった。
頭が展開について行けていないヒトゥリ様の手を引いて。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「うえええええ~ん!」
部屋ではベッドに突っ伏してヒトゥリデが泣いている。
彼女の19年の人生で、こんな体験は初めてだったのだ。
今は泣くといい。好きに泣くといい。
「ふざけんな! 誰のせいだ!」
まあまあ、これも計画通りなのですよ。
全ては我が掌中の事。
全ては我が主ヒトゥリデ・ショルトカ様、御身の為に!
「はあ? どういう事よ?」
ヒトゥリ様、言ったでしょ悪役令嬢仲間にして云々。
「言った」
だからセシリーがヒトゥリ様を利用するのを、更に効果的に活用したのです。
「え? は?」
セシリーの「ヒトゥリ様にぶつかって転倒し、危うく交通事故になる所だった」計画。
「ええ!?」
いや、そうだったじゃん。
でもそこを僕が車に飛び込んで、本当に轢き逃げされた訳。
「轢き逃げ!」
いや、そうだったじゃん。
まあ、怪我もしてないから気にもしてないだろうけど。
んで、今日の委員長やクラスメートの批判。
「う、うん……」
その批判の場で、ヒトゥリ様に突き飛ばされて例の交通事故に発展したって事実を、セシリーがクラスで告白してくれりゃあ完璧だったんだけど。
そこまで上手くは行かなかったらしい。
セシリー優しいから。
「な、なんで……」
悪役令嬢は別にセシリーじゃなくてもいいって事です。
「!!」
気が強く--
「そんな……」
生まれが良く--
「やだ……」
クラスの皆から批判される悪役の御令嬢は?
「わ、私かーーっ!」
悪役令嬢はヒトゥリデ本人でした。ってオチで。
本人が悪役令嬢なら作品情報のタグに書いてて問題ないですよね。
読んでいただきまして、ありがとうございます。
次話もどうか、よろしくお願いいたします。