7話
「あああっ!
庇ってくれた……助けてくれたあっ!」
閑静な住宅街からも少し離れた、更に城に近い場所。
正に堀に面した、かつては王の腹心が住んでいた屋敷。
その屋敷裏側、堀にせり出す形のバルコニーにひとり立つ少女。
風にたなびく長い赤髪と、それに負けじと頬を紅潮させた美少女。
この屋敷の現当主コウスケ・マツシマの一人娘、セシリー・マツシマの姿だった。
彼女は今、幸せの絶頂にいる。
朝の光景を思い返しては悦に入る。
自分の画いた青写真とは少し違ったが、結果はそのずっと上を行っていた。
本当は自分が土手に倒れるつもりだった。
ヒトゥリデと接触し、車とぶつかりそうになり、避けて土手に転倒という計画。
それで腕を痛め、遅れて登校し、クラスメートに心配される、という流れ。
「あああっ!
それが、それが、テル坊く~ん」
身悶えるセシリー。
そう、彼女は栗原テルオが好きなのだ。
そして、その意中の彼が死の危険を顧みず、自分を庇い車に撥ねられた。
心臓が止まるかという衝撃を彼女は受け、直後に嬉しい衝撃を受ける事になる。
彼は奇跡的に無傷だったのだ。
岸から上がり、水滴を朝日に反射させながら微笑む想い人。
彼女の目には、白馬に乗った王子様に見えた。
これはもう告白レベルよねっ。
自分の命より私なんだもんっ。
もはやプロポーズと言っても過言ではないわっ!
心の中で膨らむ気持ちに、彼女はすっかり酔ってしまっていた。
「オーッホッホッホッホ……はっ!」
思わず上げた高笑いが、堀の形状をしたオン川に反響する。
その自らの笑い声が耳に届き、慌てて両手のひらで口を塞いだ。
普段押さえつけた無邪気な子供っぽさが、ひとりの時には開放されてしまうのかもしれない。
「夜中に外で女の笑い声が響いていたぞ」
翌朝、朝食の席で向かい合う父コウスケが、眉をひそめて言ってきた。
直ぐに自分の声だと気付いたが、思わず心にもない言葉を口にする。
「またヒトゥリちゃんとテル坊くんじゃない?」
咄嗟に友を売ってしまい、心を痛めたセシリーだったが……
「やっぱりなあ。
姫君にも少しは慎みを持っていただかないとな」
まるで当たり前という風な口調で返って来た父の言葉に、気持ちが少し軽くなる。
そうよね、日頃の行いよね。
セシリーは心の中で苦笑して、食べかけのトーストにまた口をつけるのだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「いやいやいやいや、おかしいやろ!」
我が主ヒトゥリデ・ショルトカは憤慨する。
日頃仲良く接しているセシリーの意外な一面。
いや、裏の顔と言っていい。
そんな彼女を垣間見て思うところがあるらしい。
「そうだ! 何ちゅう言いぐさだ!
日頃の行いだと? ふざけるなっ!」
ん?
どうやらヒトゥリ様は最後のくだりが気に入らない様で。
「あれではまるで、私が慎みに欠けた生活を送っている言い方だ」
はあ?
そんなん、どうでもいい事じゃないですか?
もっと気にする箇所いっぱいありませんかね。
あと慎み云々、それ、セシリーのお父さんが思ってる事ですから。
「うう……じゃあなにか、私は周りからオテンバだのワガママだのと思われておるのか?」
はい。日頃の行いで。
「うえええええ~ん」
もう、そんなの重要じゃないでしょ。
あ、いやいや、重要も何も……
そもそも主人公に知れていいもんじゃないんだった。
「ナニよ今さら、ううっ、こうなったらちゃんと教えなさいっ」
こうなったらって、どうなったらだよ、ったく。
気にするとこは、セシリーちゃんが身悶える程、僕を好きだって事。
「そうだったーっ!
そう、そこ、最初ズバッてキタ!」
キタ? 分かった? 本当に?
「も~う、あんた、どげすっと? 付き合うと? いや~ん」
駄目だ。
何にも分かってない。
ヒトゥリ様、セシリーが登場した時なんて言ってた?
耳長ネズミって覚えてない?
「ああ、確か、男をエルフに奪われたって……」
そうそう、んで、思い込みの激しそうな彼女が指す男って?
「テルオ?」
そう。
って事はあのドロボウ猫、いや、耳長ネズミって?
「わ、私かーーっ!」
まだ引っ張るのか! と言われそうですね。
次で悪役令嬢云々は終る、でしょう。たぶん。
セシリーを仲間にして旅立てるのか?
ショッピングくらいになるのか?
なりそうだなあ。
読んでいただきまして、ありがとうございます。
次話もどうか、よろしくお願いいたします。