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6話

 区立ホー中学校。

 この旧王立ホー中学校は、世界最古の教育施設のひとつである。

 なにせ賢王ナンバ治世時代の創立であるから4千年以上前の話である。

 同時期に作られた小、高の校舎と共に、まさに歴史遺産と呼ぶべき建築物である。



 3年1組教室。

 建付けの悪いガタが来た引き戸の内側。

 季節柄心地いい風が開け放たれた窓から入り……

 席に着いた生徒と教壇脇に立つ教諭の頬に触れると、優しく撫でそして去って行く。


 朝のホームルームの点呼は終わり、雑談混じりに本日の注意事項を担任が話している。

 真面目な面持ちで、だが時折笑顔も見せる生徒一同。

 何時もの穏やかな朝の時間が、クラス全ての人びとに流れていった。

 ただ残念な3人を除いては、である。


 建付けの悪い引き戸の出入口から教室を出て直ぐ右の脇。

 教室に入る手前左側の壁際に立つ3人。否、立たされている3人。

 始業ベルに間に合わず廊下へと立たされた、ヒトゥリデ、テルオ、そしてセシリーである。

 テルオは古典的作法で両手に水の入ったバケツまで持たされて。


 各教室の掃除用具入れにはバケツが2個しかない。

 よって代表にと持たされたのが僕である。なんで?

 代表って言うのならヒトゥリ様だろう。

 普段偉そうに主人(づら)しているんだから、リーダーとしてたまには役立ってほしい。

 

「ふざけんな!

 貴様きさんがボサッとして車にねられるとがそもそもやろが!」


 ヒトゥリデは自分の身代り同然にバケツを持つ、己が執事に怒鳴り付けた。


 酷い。

 何たる暴言。

 主人公に有るまじき発言だ。 

 

「ヒトゥリちゃん……それはあんまりじゃ……」


 セシリーにしてみれば、車から自分を庇ってテルオは撥ねられている。

 自分を守ってくれた行為を評価される訳でなく、いや、評価した結果は遅刻の原因だと言われている。

 彼女にすれば居たたまれない。


「セシリーちゃん、僕の事はいいんですよ。

 ヒトゥリデ様の気が晴れれば。

 執事は主人に役立ってこその執事ですから」


「テル坊君……」


貴様きさんまだ執事、執事ち言うてからに!

 貴様きさんは、下僕で従者で使用人やろが!」


 僕とセシリーちゃんが少しいい感じになろうとするのを、ヒトゥリデの怒声がさえぎった。

 きっと嫉妬なのだろう。

 嫉妬の炎は黒い。まるでダークエルフの肌のように……


 ムギイイイイと、怒り心頭な声を漏らすヒトゥリ様。

 我慢の限界を突破した様だ。

「ぐむっ!」

 横を向くなり右隣の己が執……従者の首を締め付けた。

 ギリッギリリッとそれはもう力強く。


「ヒトゥリちゃん、やめて!」


 セシリーは慌てて左側の友人2人をなだめようとする。


貴様きさん達ゃ、ただ立つこつ出来でけんとか!」


 引き戸がガタ、ガララと開いて、担任の怒った顔が飛び出した。


 モクメ先生は連帯責任という言葉が好きだ。

 よって僕はヒトゥリデに首を絞められた上、男性教員の力溢るるゲンコツまでも受ける事になった。

 教室に戻してもらえたはいいが、3人机に突っ伏して、登頂部をしばらく押さえ呻くのであった。



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



「酷いよね、最悪」「テル坊君可哀想」

「セシリーちゃんも災難だったわね」


 1限目が終わったあと、クラスの女子はセシリーのもとに集まってガヤガヤやっている。

 どうやら教室の中にまで廊下のやり取りが筒抜けだったらしい。

 まあ、あんだけわめき散らせば聞こえるだろう。


「ヒトゥリちゃんを悪く言わないでね。

 ひどく口下手なだけで、ホントは優しくて可愛いのよ」


 みんなから挙がってくる非難の声に、セシリーは笑顔でヒトゥリデを擁護する。

 そんなセシリーの態度に、あなたがそう言うのなら、とみんな怒りの矛を収めた。

 優しくて可愛いのはキミの方だと僕は思うよ。



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



「うえええ~ん、なんでえ、どうちてえ」


 自室のベッドに突っ伏して涙する、美少女エルフの王女様。

 矢鱈強がり肩肘張って生きているヒトゥリデも、何だかんだ言って見た目年齢15才。

 いや、本当は実質13才位の少女なのだ。

 芯から強い訳じゃない。


「ヒトゥリ様、大丈夫です。上手くいってますよ」


「ん? 何が?」


「悪役令嬢ですよ。ゲットするんでしょ」


 あ、そうだった、という表情をするヒトゥリデ。

 一瞬恥ずかしげに顔をしかめた。

 が数拍の後には期待に溢れた笑顔でこちらを見詰める。


「出来るのか?」


「勿論ですとも。あくまで……執」


「従者!」


「はい。この従者テルオめにお任せを」


「よ~し、悪役令嬢をゲットしたら冒険の旅に出るぞ!」


 すっかり調子を取り戻したヒトゥリデ。

 その傍らで密かに微笑む少年従者。

 一見女性と見紛う美しい双眸そうぼうが、悪魔に似た輝きを宿していた事をヒトゥリデに知る術はなかったのであった。


「え!? どういう事?」


 知る術はあったのでした。 


  

さあ、もうすぐ悪役令嬢ゲット作戦終了です。

上手く成功なるか。

失敗して、また「うえええ~ん」となるか。

ひょっとして次章に先送りするか。

そう引っ張ってもねえ。


読んでいただきまして、ありがとうございます。

次話もどうか、よろしくお願いいたします。

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