7の2話
テング族の長ブゼンボーとドワーフおじさんの兄ドワルドンは、族長の館へと戻っていた。
ブゼンボー屋敷はちょっとした山城のような造りで、石垣と山の絶壁が合わさった土台の上に建っている。
無いとは思うが万一事が起きれば、3千人の山伏が僧兵と化し此処を拠点とするのだ。
ドワルドンは座敷に胡座をかいて座卓の渋い茶をすすっている。
ややあって濡れた着物を替えたブゼンボーが入って来る。と、浅黒く精悍なドワーフの顔がニヤリと片側の口角を引き上げた。
「何やら下の方が騒がしい様で」
「うむ、くせ者を捕らえたと言ってきてのう」
「ああ、リキ殿ですな。それで?」
「そのまま連れて来るよう申した」
先程ドワルドンは、山の麓辺りから上へと向かって、人々の気がざわざわと騒がしくなるのを感じていた。
魔力感知というほどではないが、おそらく似た手法を感覚で身につけたのだろう。
その気の乱れがここまで辿り着く前に、ブゼンボーは状況を把握して指図までしている。
『思念伝達だろうが、御坊でもなければそうそう出来る訳がない。
出来て伝わりやすい、御坊の肉親くらいか』
そうドワルドンは考え、リキの名を口にしたのだ。
サソリヅカ・リキ──
ブゼンボーの孫娘で、唯一血の繋がった家族。
そして次期族長候補。
ただ当代が、あと何年続けるのかは分からないが。
「やはり動くかの」
ブゼンボーも同じ様な笑みを浮かべて自分の円座に座る。
「仕方ないでしょうな。
魔動力炉に異常あらば彼女が動く。
遺跡関係はホーが管理しているからな」
「ふむ、それはちと面倒な事よ」
「おや、困った顔はしておらぬ様だが?」
「「わははははは」」
実に愉快そうなふたり。
どちらも遠い昔、ホー国に従属した過去を持つ。
ドワーフ族とテング族、それぞれ国の王として……
かつては宗主国の姫君と、今度は敵として相対す事になりそうだった。
「失礼します」
入って来たのは壮年山伏。
座卓に主の分の湯呑みを静かに置く。
線の細い整った顔立ちだが、やや冷たい印象も受ける。
アカイ・カンジは秘書の様なブゼンボーの片腕だ。
「赤井殿、ご息女はリキ殿とご一緒かな?」
「はい。先程連絡がありました。
曲者を捕らえた故、こちらに向かうとの事です」
彼の娘タツミはリキの付き人。
幼い頃から常にリキと行動を共にしている。
この父娘もテング族で、代々族長の補佐をする家柄である。
『そうか、今では念話や思念伝達は古いな。
御坊は持たぬが、赤井殿ならピッチで連絡か』
心の中で苦笑するドワルドン。
因みにピッチとは携帯電話の古い奴で、彼がケーキ職人時代に所有していた物だ。
残念な事にドワルドンの中では、スマホとピッチは同じ存在なのだった。
「タツミ殿も、すっかり次期党首補佐が板に付きましたな」
「いえいえ、まだまだヒヨッ子で……
直ぐカッとなり、自制心が足りな過ぎます」
「ははは、手厳しい。
コウカの頃よりだいぶ、大人の女性になっておりますぞ」
ドワルドンがケーキ店「ドワーフの洞穴」をコウカの街に開いていた頃、ちょうどリキとタツミもコウカ大学の学生だったのだ。
彼女らは勉学と仕事の合間によく、ドワルドンからケーキをたかっていた様だ。
「いやはや、あの頃は御迷惑をかけ通しでした。
確かに、あの頃よりはマシでしたな」
「うむ、確かに」
「確かに」
「「「わははははははは」」」
徐々に剣呑とした空気が高まってゆく屋敷の外とは裏腹に、座敷内は男達の小気味好い笑い声で満たされた。
「失礼しますっ!」
不機嫌そうな声に障子が開くと、鮮やかな赤い髪の山伏美女が入って来た。
髪もそうだが殊更目を引くのは、その上にある大きな山猫の様な耳。
いや、耳だけでなく、瞳も大きく背も高い。
そして何と言ってもデカイ胸!
たわわ、たわわと実っている……失礼しました。
「何のんきに談笑してんのよ!
さっき思念飛ばしたよね!」
一番デカイのは態度だった。
彼女がサソリヅカ・リキ。
ブゼンボーの孫娘で次期テング党党首。
母の血で猫耳だが、外見以外は真に近いテング族。
十分に将来皆を引っ張って歩いて行ける存在だ。
「お前は先ず礼節を学びなさい」
「分かってるわよ!
とにかく曲者連れて来たから!」
彼女に続いて黒髪メガネのクールビューティー山伏が、フード姿の実に怪しい男を伴って、いや、引き摺る様にして座敷に入って来た。
アカイ・タツミとオジャルマである。
「あははは、いい格好ですなあ」
「笑い事ではないでおじゃるよ」
「いやはや、うちの孫が失礼した様で」
「御坊、どうせオジャルマ殿は楽しんでおられる」
「オジャルマじゃないでおじゃる!
セバスチャンでおじゃるよ!」
「え!?
おじいちゃん達、知り合いだったの!?」
「彼はドゲン様の直臣です。
セバスチャン様、娘が失礼いたしました」
アカイ・カンジは己が娘の紐を引ったくると、急いでオジャルマの拘束を解いた。
死ね、ゴミムシ!
侮蔑の言葉とともに蹴りつけていた娘タツミは、顔から血の気が引いて嫌な汗が流れるのを感じていたのだった。




