5章のおまけ
『ヤバイのじゃ……
エマージェンシーなのじゃ』
僕らのアイドル、のじゃっ娘ネコミミ超絶かわいいランコちゃんが、脂汗を掻き掻き心の中で呟いた。
夏の午後5時前では夕方と呼ぶにはまだ早い。
僕ら一同は、合流したドワルゴともベンチでそのまま話し続ける。
もう小一時間ほど経ったと思うが、話を終える気配は見えない。
そんな中、ひとりランコだけが心ここにあらずといった感じ。
美味しいからと調子にのって、愛すクリームを5個も食べた。
こういうのは食べてる最中や、直後ではまず起こらない。
そう、奴は遅れてやって来る。
嵐はまず予兆から訪れる。
グリュッ、グリュリュリュ……
『これはヤバイのじゃ。
この感じは、前と同じなのじゃ』
襲ってきた「腹下し」の第一波をやり過ごすランコ。
だが、本当のビックウェーブが迫っている事を彼女は知っていた。
既に3日前、これと同じ現象を彼女は経験していたのだ。
『母上の目を盗んで、かき氷をおかわり3回した時と同じなのじゃ』
ランコは3日前にも似たような事を味わっておきながら、またやらかしたと言うのだ。
お前、学習能力ないだろ!
その時は自宅だからまだいいが、今回は出先だろ。
ちょっとは気をつけなさいよ。
『ううう、今のうちにトイレに行っておきたいのじゃ。
でも、でも……大きい方は恥ずかしいのじゃ』
年取ってくると何をそんな、って思えるけれど、十代女子にはそれこそ重大な問題なのだろう。
思い返せば小、中学生の頃が一番恥ずかしがってた気がする。
おっとと、僕も今は中3でした。恥ずかしい恥ずかしい。
『もう、そんなゴタクはどうでもいいから。
ランちゃんが可哀想でしょ。どうすんの』
あ、ここにもいました。年齢詐称のヒトゥリ様。
『誰が年齢詐称よ!
それに、もっと逝ってる女がそこにいるでしょ!』
だからその字当てないで下さい……
う~ん。
気にしてるランコちゃんに、他人が行けと言うのはどうなんですかね。
『そうよね、逆効果よね。
あ、私が行きたいから、ついて来てってのは?』
そうですね。そういう感じでしょうね。
ヒトゥリ様、ちゃんと大便したいって言わなきゃだめですよ。
ランコも安心して用を足せないから。
『う……分かってるわよ。
私は大人なんで、気にもなんないわよ』
お、さすがは実年齢19才。
「ランちゃん、トイレついて来てくれない」
ヒトゥリデはランコに声を掛けた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
『ううう、我慢なのじゃ……
身命を賭して……なのじゃ』
さすがにトイレ内の描写はやれないだろうと、ヒトゥリ様に任せていたのだが。
苦しそうな心の悲鳴が聞こえて来ては、そうも言ってはいられない。
なんだ、どうしたんだランコ。
『ええ! なんで?
私言ったよ。ランちゃんも一緒にって』
すみません、ちょっと女子トイレ見透視ますよ。
あ!
ダメです、ヒトゥリ様。
ランコちゃん、入り口近くを警備してます。
『ええっ!?』
『昔から風呂場と厠は暗殺に格好の場所なのじゃ。
妾が一緒に用を足してる最中に、万が一なぞあってはならぬのじゃ!』
うう、忠臣でした、ヒトゥリ様。
ランコちゃん……すぐにでも個室に飛び込みたいでしょうに。
『もーう! どげすりゃいいとっ!』
そこに居れば居るだけランコちゃんがピンチです。
取り敢えず、早くこっちに帰って下さい。
『そ、そうね、そうする』
2人は急ぎ、噴水広場のベンチへ戻って来た。
顔の青ざめたランコと、それを心配気に見ながら歩くヒトゥリデ。
ランコの歩き方がヨタヨタ覚束ない。
「おお、ヒトゥリデ遅かったな、大の方か」
ダイヤ先輩の無神経な一言に全員息を飲む。
「もう師匠! ヒトゥリデさんに失礼でしょ!」
そう、カヨ先輩のいない今、ダイヤ先輩を抑えるのはナツキ! お前の仕事だぞ!
「ほう、私が失礼だと?
じゃあ、どう失礼だか説明しろナツキ!」
「ええっ!」
ダメだ。コイツには荷が重い。
いつもなら「ダイヤちゃん!」「フフン」で終わってるんだ。
先輩に反論のチャンスを与えるな。
「違うのじゃっ!」
めんどくさい展開になりかけた空気を遮ったのは、ランコの悲痛な叫びだった。
「違うのじゃ。妾なのじゃ。
ヒトゥリデちゃんは待っててくれて……」
「ランちゃん……」
主に恥を掻かせまいと……忠臣でしたね、彼女は。
「妾のお腹が、い、痛くって……」
『ううう、もう、ダメなのじゃ……』
いけない!
もう限界が近い。
おそらく動く事も出来ないだろう。
「ワン太! 早く!」
「はい!」
僕の言葉を聞いた時には既にワン太は飛び出していた。
ベンチに向かう途中での会話だったので、ランコは皆から4、5メートルは離れていた。
ワン太は僕にも見えない速さでランコの脇へ移動し、彼女の体を抱え跳び去った。
「どうもランコの体調が良くないようで。
ワンタロウに頼んで帰らせました」
僕は唖然とする一同に、苦笑混じりに説明した。
変だと思ったかもしれないが、ランコの調子が悪いのは見てとれたので納得したようだ。
「少々強引に帰さないと、あの子頑張り過ぎちゃって」
ヒトゥリデもフォローを入れたので、成る程ね、といった具合に場は収まった。
『あとはワン太に任せましょ』
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
ランコを胸に抱えた……お姫様だっこしたワン太は、風のように跳び駆けた。
向かう先は公園の管理事務所が入った施設。
公衆トイレより綺麗なハズだ。
「ワン太、どうしたのじゃ?
あ! 腕がフサフサじゃ!」
そう、ワンタロウの腕は狼の毛に覆われている。
服で見えないが下半身も獣化している。
精神力で、獣化を部分的にコントロールしているのだ。
「ヒトゥリデ様とトイレに行っている間にテルオさんに言われたんだ。
ランコちゃんがお腹壊して、ヒトゥリデ様がトイレに誘導してるけど、上手くいかなかったら俺に任せると。動けなくなったら抱えてあげろと」
「ええっ!
ヒトゥリデちゃんとテルオさんも?」
「ああ。あの方達にはお見通しだよ」
「ううう、恥ずかしいのじゃ」
羞恥心に思わず、この許嫁の胸に顔を埋めてしまう。
「ワン太……せっかく彼女って言ってくれて……
こんな脱糞女……嫌じゃろう?」
ワン太は最後の跳躍を終えると速度を落とし、優しく壊れ物を運ぶ様にそっと施設に入る。
ランコは俯きがちに胸の中からワン太を見上げた。
血の気が引いたままの顔は、余計不安気な表情に見える。
「ランコちゃん、もうすぐ僕らは夫婦になるんだよ。
妻がトイレに行くのを嫌だなんて思う訳ないじゃないか。
これから100年、200年とずっと一緒なんだから」
「椀太郎……」
「ほら、着いたよ。
僕は施設の外で待ってるから」
「ハイなのじゃ!」
取り繕う余裕はもう無い。
ランコはダッシュで女子トイレに駆け込んだ。
その姿を笑顔で見送り、ワンタロウは建物の外へ出る。
ランコちゃん、君がヒトゥリデ様を庇った姿。
僕らの時代はそういう盾の形もあるんだって気付かされたよ。
一緒に……夫婦で伴に、ヒトゥリデ様と歩んで行こう。
彼女を待つ間に、そんな事を胸に誓うワンタロウであった。
5章も終わり、6章からは秘境へと冒険する予定です!
お楽しみに。
読んでいただきまして、ありがとうございます。
次話もどうか、よろしくお願いいたします。




