4話
ヒトゥリデ・ショルトカは19才である。
だが見た目はどう頑張っても15才がいいとこ。
本人が子供扱いするなとうるさいので、本当は13才程度なのに水増ししている。
なので、見た目年齢15才。そうなっている。
この見た目年齢というのが、現代を生きるエルフの子弟には結構重要だったりする。
ここ数百年の人間による急速な近代化が、エルフの成長速度に個々のばらつきを生じさせたのだ。
本来エルフは永遠とも言える長命の種族。
だから成長に矢鱈と時間がかかる。
100才でも少女の域を出れるかどうか。
が、それは数千年前、ナンバ様と奥様世代の話。
特に人間の統治に移ってからは、如実に変化が出る様になる。
成人までの期間が短くなったのだ。
人間の生活にあわせる側の種族であれば、次第に順応してしまうのも仕方がない。
これはハイエルフの血の濃さによって個人で変わってくる。
永遠の生命を持つ真のエルフに近い者ほど成長が遅い。
前述の見た目が若いというのは、本当に肉体が幼いのだ。
だから自治区ホーの学校では、見た目年齢で中高に進学させる様にしている。
「おはよう、ヒトゥリちゃん」
勝手口からヒトゥリデが城の裏庭へと出て来るのを、赤い髪の美少女が爽やかな笑顔で待っていた。
ホ中3年1組、クラスメートのセシリー・マツシマだ。
昨夜、呪言を口にしていた彼女とはまるで別人の様である。
おっとっと、呪いはちょい言い過ぎた。
嫉妬でヒスっていただけだ。
キッ! とヒトゥリデが後ろに立つ己が執事を睨み付けた。
まるでこの無礼者の思考を読み取り、叱りつけているかのように。
そう、この主従は心で繋がり合っているのかもしれない。
(貴様ホンンンンントにバカやろ!)
ヒトゥリデは心の中で意味不明に独り言ちた。
そして若き執事を更に強く睨み付けながら、赤毛の友人の脇を通り過ぎるのであった。
「あ、テ、テル坊君、おはよう……」
「おはよう。
気にしないでねセシリーちゃん、ツンデレだから」
凶悪な表情で無視するヒトゥリデに少し怯えたセシリーだったが、友人である少年執事のフォローで気を取り直す。
ヒトゥリデのツンデレは彼女も心得ているからだ。
セシリーはもう一度ニッコリ笑顔を見せてふたりの後を追いかけた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
ホー中学校、略してホ中は旧城から歩いて1キロ程度。
堀代わりのオン川を少し登って、支流のイカリ川に沿って右へ曲がると直ぐ。
川土手にグラウンドが面して、そこを突っ切れば校舎がある。
登下校は主に川の土手上の道を歩く事になる。
道幅は広くなくガードレールもない。
車が2台すれ違えば、同一線上に歩行者は並べない。
土手の斜面に避けるだけ。
この世界にも車がある。
原型に大昔から魔動力炉を搭載した自律型ロボットは存在する。
超有名、ゴーレムだ。
ただ動力炉が大きく、搭載しても自重が重すぎて動作が緩慢になる。
これでは防衛には使えても、移動手段にはなり得ない。
この世界でも起きた産業革命による、蒸気機関とピストン、タービンの出現で魔動力炉を最小に出来た。
移動だけ特化するのならゴーレムに拘る必要はない。
色々進化の過程を経ると、自然、僕の知る自動車とそう変わらない形で落ち着く様だ。
まあ、ガソリンなんて無く、魔法が動力なのでエコな世界であると思う。
プップーッ!
そんな事をナレーションしていたらフラグが立ったのか、背後から1台のセダンがクラクションを鳴らす。
狭い土手道なのにスピードを出しているらしく、エンジン音が結構でかい。
でもこういう光景は日常茶飯事。
朝は急いでるモンだし、だから信号少ない土手を走るんだし。
「ヒトゥリ様、セシリーちゃん、後方しゃりょーう!」
僕はマニュアル通り(ボーイスカウトの)大声で後方の車両を前に知らせた。
セシリーはクスッと微笑み、ヒトゥリデはチッと舌打ちした。
うちの主人は己が執事の言動が気に障るらしい。
エンジン音が近い。
馴れた流れで前を歩くふたりは右側の、少し下り斜面になりかける境目辺りまで寄った。
土手側にいたヒトゥリデが草地ギリギリまで寄る。
と、移動し過ぎたセシリーが僅かに肘をヒトゥリデに当てた。
「ごめんなさい」
反射的にセシリーは道路中央に避けてしまった。
「危ない!」
叫ぶと同時に有能執事栗原テルオ、ニックネーム「テル坊」はセシリーを押し退け、彼女より更に車道内側に飛び込んだ。
ドコッ!
鉄板のへしゃげる音と、弾力のある塊が打ち据えられる音、ふたつが同時に響いた。
瞬間、体全身に衝撃と痛みが走り、高速回転する世界ともう一度の衝撃。
土くれと草汁の香りと水しぶき、水の味。
そう、僕は車に撥ねられ、川に転げ落ちたのだ。
「嫌あああああーーっ!」
土手の上からセシリーの叫び声が聞こえる。
そして去り行くエンジン音も。
一瞬の出来事に呆然とし、無言でこちらを見ているヒトゥリデ。
「こんな、こんな事っ!」
しゃがみ込み顔を手で覆い頭を振るセシリー。
執事が酷い目に遭っているのに、涙のひとつも流せんのかと憤る僕。
なんて薄情な主人なんだと。
「さっきから黙って聞いてりゃ執事執事とやかましい!
従者やろが、じゅ・う・しゃ!
ボテクリコカスぞ貴様!」
叫ぶヒトゥリデの剣幕にセシリーは泣くのも止めて、傍らに立つ彼女の顔を見やる。
すると鬼の形相が一転、幼さ残る美少女エルフの笑顔になる。
あ、ツンデレ……
思わずセシリーは心でつぶやく。そしてキュン。
「早く上がって来んか。遅刻するやろが」
ヒトゥリデは黒服従者が水没している川面に向かって声をかけた。
「はい、只今」
水面から上半身が現れる。ザブザブと水を掻き分け岸を這い上がる男友達。
その光景を声もなく、目を皿の様にして見詰める赤毛の少女。
流石に気まずく、
「いやあ、死ぬかと思った」
とセルフフォローを入れてみた。
(フォローになるかバカ)
またヒトゥリデが心で独り言ちている様だ。
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気になる事等、何でもお気軽に。
読んでいただきまして、ありがとうございます。
次話もどうか、よろしくお願いいたします。