3話
魔法王国ホー。
それは4千年前まで、この世界を統治していた国。
魔法を以て全人類を支配する、エルフを頂点とした王国。
いや、国などという概念は存在しなかったのかもしれない。
何故なら世界全てがホーだったのだから。
遥か神話の時代、地上に精霊と妖精と遅れてヒトが現れた。
ヒトとはいっても、それはエルフを指す言葉だった。
エルフは世界に永き時間を掛けて拡がり、その後ヒトに他の種族が出現する。
妖精から進化したのか、ドワーフやリザードマン、ゴブリン等……
そして最後にニンゲン族が現れた。
ニンゲンはどうやらゴブリンから進化したようで、ゴブリン程ではないが強い繁殖力。
それでいて、エルフ程ではないが高い知能。
加えてドワーフ、リザードマンには劣るものの、それなりの力強さを持っていた。
他の種族よりもバランス良いスペックで、瞬く間に人口比率を上げていったのだ。
1万年前ではそう驚異でもなかったニンゲン族も、5千年前に即位した最後の王ナンバの時代には、エルフ族1に対し、ニンゲン族の比率は1000人を越えていた。
賢王と名高いナンバは緩やかに権力を移譲し、4千年前に世界は全てニンゲン族が統べる事となった。
エルフ族による王都近辺の自治だけを残して。
それからヒトとは人間を指す言葉となった……
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
旧王城の朝は早い。
年取ると起きるのが早いってのは仕方がない。
それは異世界だって変わらない。
じいちゃんは6時前には庭の畑の手入れを済ませ、チャボ小屋から生みたて卵を持って居間に上がってくる。
ばあちゃんと奥様で、それまでには朝食の準備を全て調えておく。
親より遅く起きた旦那様が座卓でひとり朝刊を読んでいると、
「貴様、たまには畑でん手伝わんか」
とじいちゃんが挨拶代わりの小言を言う。
「ん? 今度ね」
「お前ん今度は何時来るとか」
「分かっちょう」
代わりというか、これがこの親子の挨拶そのものなのだろう。
ふたりが座卓に着くと純和風、僕の世界ではそう言われるスタイルの朝食が並べられる。
黙ってチャボの卵を割る、似たふたり。
チャボの卵は鶏卵よりずっと小さいが、お茶碗にはこのサイズがちょうどいいのだ。
旧王城の朝は早い。
年取ると早起きになるのは仕方がない。
だが、ゆっくりしていると観光客で騒がしくなるのでその方がいい。
今日は平日だからいいが、休日ともなると開城の10時を待たずに、門の前が行列で一杯になるからである。
「テル坊、ヒトゥリデ起こして来て」
僕は奥様に頼まれる。
「テル坊、早よ食べれ。卵旨いぞ」
「はい! 急いで呼んで来てから食べま~す」
僕の返事に、じいちゃんは相好を崩す。
僕はじいちゃん……ドゲン様に、実の孫と変わらぬ様に愛されているのだ。
いや、ドゲン様だけでなく、旧ロイヤルファミリーみんなに愛されている。
それは確実に僕には分かっている。
何故ならナレーションの情報として自然と知っているからだ。
「もーう! 起きるって!」
「さっきから口だけだからでしょうが!」
最初は優しく体を揺する程度だったのだ。
だが僕は無理矢理ヒトゥリ様の体を起こす事にした。
口で言っても埒が明かない。
このままでは今日もまた、朝食がくわえパンになってしまうからだ。
冗談じゃない。
僕は生みたてチャボ卵かけごはんが食べたいのだ。
「お前だけ食べてくるがよい! 許す」
「あんたが許しても食べづらいっちゅーの! 執事として!」
往生際悪く、まだ布団をかぶろうとしている。
僕はそれをまた、ひっぺがす。
もうこれだけ体動かしてんだから起きりゃいいだろ。
「黙れ従者! 執事のセバス以外で我を起こせるとは思うなよっ」
「セバスチャンは9時出社だろうがあっ」
僕の上司のセバスチャンはお城オープン前に出勤なのだ。
城詰めの家臣なんてのも、今の時代にはもういない。
僕はヒトゥリ様の襟首を掴んで引きずるように居間に向かった。
「そげん事やきニンゲンに舐められるとて!」
「だから父ちゃんは考えが足らんとて!」
こちらはこちらで騒がしかった。
この親子は何かと直ぐに喧嘩になる。
昔気質のじいちゃんと、今の風潮に柔軟な旦那様だからだ。
またやってる、とウンザリ顔のヒトゥリ様。
「ヒトゥリデ、こっち来て食べなさい」
うるさいのでキッチンのテーブルで4人、食事を取る。
せっかくの生みたて卵も美味しさ半減。
因みにヒトゥリデ母子はパン食である。
「グラグラこく! だから渡すなち言うたとて!」
「まだそげな事言うて……時代が変わったとやろがっ」
じいちゃんが激昂している。
元から短気なので、しょっちゅう激昂するんだけど。
でも、ドゲン様の気持ちも分からないではない。
満を持して5千年前に王座を譲ったというのに、その息子がさっさと他人種に世界を譲ってしまったのだ。
そりゃグラグラこく、エルフ語で「頭にくる」だろう。
「今どきそんな古いエルフ語使うモンおらんばい。
でも、まあ、こんなに同族で戦争ばっかりするんじゃなあ」
譲った張本人ナンバ様もため息をつく。
「そげて。同族で国を別けて争うてばかり……」
どうやら朝刊に載っていた、どこぞの国家間での戦争の記事が口論の原因らしい。
政から退いても、やはり世界を憂いているのだ。
ドゲン様にしても人間を憎んでいる訳ではない。
そう、僕だって人間族なのだから。
ピンポーン♪
勝手口にあるチャイムが鳴った。
正面口は扉が大きくて重いので実用的じゃない。
それに観光客が出入りするので、ばあちゃんが早朝に床を磨いている。
同級生には勝手口に回る様に伝えてあるのだ。
「ヒトゥリ様、セシリーがもう来たよ」
僕は主人に、友人の悪役令嬢セシリー・マツシマが迎えに来た事を伝えたのだった。
旧王城は、某白川云々の合掌なんちゃら○○さん宅、みたいに一般公開しています。
城内の端の方に「ここからは住居です。入らないで下さい」と貼り紙がしてあります。
入城料は日本円で500円です。
高い?
読んでいただきまして、ありがとうございます。
次話もどうか、よろしくお願いいたします。