3の7話
「う、嘘だ! 嘘だと言ってくれ」
ワンタロウ君は僕を見詰めて叫んでいる。
ごめんね、こればかりはどうしようもない。
そもそも我が師匠、ダイヤ先輩の悪ふざけが原因だったのだけれど。
でもそれを断れなかった僕が悪いんだ。
彼は懇願、哀願するようにして、僕の答えを待っている。
でも、そう、こればかりは、やはりどうしようもないんだ。
「ごめんね、ワンタロウ君。
……僕は、男なんだ」
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「ワンタロウ君、頭の調子は大丈夫?」
端から聞かれると酷い事言ってると思われそう。
でも言葉の通りなのだから仕方がない。
記憶喪失の状態が改善して、何かしら変化ある? とは普通言わないでしょ。
彼、ワンタロウ・ワンコ君はうち、コウカ東高校の1年生。
僕のひとつ後輩になる。
記憶喪失になったのは僕を守ろうとして頭を打った結果だ。
身元自体はダイヤモンドグループの力で直ぐに分かったんだけど、学校にしろ国にしろ、登録している住所にはご家族らしき人が居ないらしい。
誰とも連絡が取れないので、ダイヤ先輩邸で暮らしている。
金持ちだから気にするなと先輩が言うのでいいのだろう。
かれこれひと月も経っているので、何らかの進展があってはほしいんだけど。
「ありがとう、ナツさん」
ワンタロウ君は僕を見つけると、本当のワンコのように駈けてきた。
「でもまだ何も思い出せないんだ」
「そっか。
大丈夫。ゆっくり気長に待ちましょ」
ご家族も心配しているだろうから、早く記憶は戻った方がいい。
でも打った場所も場所だし、慎重に対処しないといけない。
記憶よりも、まずはワンタロウ君の心身の安定を。
師匠が言うにはワンタロウ君は僕を女性だと思い込んでいるらしい。
さらに好意も抱いていると。
だから記憶が戻るまでは僕に女装をしろと言う。
心に負担をかけない為だとか。
絶対に嘘だ。
生粋の腐女子である師匠は、単に自分が観たいんだ。
とはいえワンタロウ君の態度から、師匠の推測が間違ってもいないだろう事はわかる。
仕方ないのでもう暫くは「ナツ」のままでいてあげよう。
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あきれた……
ほんと、あのふたりには呆れ果てた。
ワンタロウ君は最初から記憶喪失になんかなっていないし、師匠も全部分かってて彼を住まわせていたのだという。
知らぬは僕ばかりなり。だっ!
どうせ師匠の「面白そう」って理由だけでこの展開だったのだろう。
もうあのふたりとは口聞いてやんない。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
美術部のみんなでワンタロウ君のお家に遊びに行く事になった。
ここ数日相手をしてあげなかったら、どうやら彼は反省したらしい。
本当は隠れ里なので、誰も入るどころか近づく事も出来ないんだとか。
「まあ、任せてよ。
こう見えて、僕は村長の息子ですからね!」
「父上! 申し訳ございませんっっ!」
お父さんに怒鳴られ、土下座するワンタロウ君。
僕ら美術部一行は、先日怖い目にあった崖道入り口で取り囲まれた。
ワンタロウ君のご自宅、ご近所、隠れ里の人達である。
集団の中心に一際威厳のあるおじ様がいて、現れたら即仰った。
「このバカ息子っ!
どういう了見じゃ!」
ワンタロウ君に任せた時点で失敗でした。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
僕ら一行はもうひと月程、この村で下働きをさせられている。
学校やうちの方には師匠が手を打ってくれてるので助かってはいるのだが。
取り囲まれたあの時、ワンタロウ君は父親にもあの嘘を話していた。
記憶喪失になって、その間親身に看病してくれた僕らを家に招待しただけだ、そんな感じ。
村長さんは、状況は分かった。だが、暫くは逗留してもらう。との事。
その結果、何故か村長屋敷の下人みたいな扱いでコキ使われている。
たぶん監視がついて、僕らと、コウカの家族辺りが調べられているのだろう。
まあ、これは師匠のウケウリ。
「ごめんなさい、ナツさん、こんなつもりでは」
月の明るい夜、庭の池をぼんやり眺めていると声を掛けられた。
縁側から見る庭園は昼夜問わず美しく、見ていると心穏やかになる。
だから本当なら文句のひとつは言ってやりたい相手でも、思わず優しく声を返した。
「分かってるよ。
ワンタロウ君はただ、僕らに遊びに来てほしかっただけだって」
「あ、ありがとうございます。信じてくれて」
「うふふ、嘘つきの言う事もたまには信じるよ」
「ええ~っ、ナツさ~ん」
おどけるワンタロウ君を見て、僕は胸がチクリと痛む。
平気で親にも嘘をつくワンタロウ君。
そんな彼を軽蔑しそうになった僕。
でも出来なかった。
僕にはそんな資格ない。
だって僕は今だって彼を騙し続けているのだから。
僕はまだ、彼に僕が女性ではないという事を伝えていない。
「ナツさん!」
一瞬考えに耽っていた所を、ワンタロウ君に呼び戻された。
ワンタロウ君を見ると、明らかに今までと違う空気を纏っていた。
そして目が、彼の目が熱い。
「ナツさん! お話があります!」
だ、だめです……
それは、だめですよ、わんたろうさん……
「ぼ、ぼくは嘘っぱちばかりの、ろくでもない奴です」
そ、そんなこと……
ぼくのほうが、うそ、ばかり……
うそ、うそ、うそ……
「でも、この気持ちだけは嘘偽りありません」
ひいいい。
だめ、言っちゃだめ……
でも、なんか、ちょっとだけうれしい。
いやいやいやいや。
言わなくちゃ、言わなくちゃ、わわわ……
「僕はナツさんの事が……」
「ちょっと待ったーーっ!」
急に縁の廊下の角から人が入ってきた。
「僕だってナツが好きなんだ。
最近やって来た奴に鳶が油揚げなんて冗談じゃない」
ミチ……
親友ミチル・クニタチだった。
え!?
そうなの?
えええええーーっ!
「ナツキ、もう言っちゃいなよ、本当の事」
「え? あ、ああ、そういう事ね」
そうか、見かねたミチが助け船に乱入してくれたんだ。
ってか、見てたのか、ずっと。
あ! ひょっとして。
ちらと先程ミチが現れた角を見れば、暗がりに鼻血まみれの師匠。
そう、もういいって訳ですか。
そうだね。
これ以上は僕も耐えられないし、ワンタロウ君にも耐えられるのかどうか。
「ワンタロウ君ごめんなさい……僕は」
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ヒトゥリ様、なんかもうウンザリなんですけど。
「あらそう? 私こういう話好きよ」
う~ん、女の人は告白だのBLだの好きですもんねえ。
「いや、これ、BL関係ないでしょ」
そうですか?
まあ、それはそうと。
杖、どうなっとんじゃーーーーいっ!
杖のつ、も出て来んかったじゃないかあっ!
「もう、あんた先が見透視できるんでしょ」
細かすぎると分かりにくいんですよ。
自分では分かっている事象ですから。
ほら、DVDで好きなシーンどこかなあってチャプター検索あちこち探すみたいな。
探してるシーン自体はよく知ってるわけですよ。
「じゃあさ、張本人の視点にすりゃ良かったんじゃない?」
ああ、そうですね。
そりゃそうだ。
じゃあ次はそれで。
「あんた、最近、すごい雑」




