3の6話
僕は何故か、ベッドで横になっていた。
まず目に入ったのは、見知らぬ天井。
次に見知らぬ部屋を見回した。
近くの椅子には、腰掛けた見知らぬ女性。
長い黒髪に太めの眉。
強い意思の力を感じる、切れ長で大きな瞳。
ちょっと恐そうだけど、すごく綺麗な女性だった。
「おお、気が付いた様だな」
やや低めだが、話し掛けられると声には掴まれるかの様な強制力を持っている。
カリスマとかリーダーオーラとかいう奴だろうか。
「先ずは礼を言いたい。
君にうちの後輩を助けてもらったみたいだ。
ありがとう、本当にありがとう」
その凛とした女性は、椅子から一歩進み出て腰を直角に折って頭を下げた。
「じゃあ、彼女は無事だったんですね!」
僕は何が何やら理解出来ずにいた。が、礼を言われて、意識も覚醒してきて……
状況が朧気に見れてきた所で、あの時助けた女の子を思い出した。
「彼女? あ、ああ、ナツ……
ナツの事だな。ああ大事ない。君のお陰だ」
「そうですか……良かった」
僕は心の底から安堵した。
「まあ、一応用心の為に隣室で休ませている。
それにしてもあの高さから……
それを助けた方も助けられた方もこの程度で済むとはな」
「いやあ、たまたまですよ」
まずい!
一瞬背中にゾクリと寒気が。
この人は本当に目の力が強い。
全てを見透かされている様な気分になる。
「その剣ダコで硬くなった手もたまたまかな?」
やっぱり鋭い。
うう……こ、こうなったら……
「ああっ! 頭が、頭が痛い」
僕は頭を抱えて苦悶の表情を作った。
記憶喪失作戦だ。
「だめだ、落ちてきた娘を助けた辺りの記憶しかない」
不自然に思われるかもしれないが、ここは黙秘に徹して逃げ切ろう。
そして隙を見てこの場も逃げ出そう。
あの娘にもう一度逢いたい気持ちはあるけれど。
そうも言ってはいられない。
「アハハハハハッ!」
意外にも向かいの彼女は大声で笑った。
実に愉快そう。演技ではない様だ。
こんな豪快に笑う女の人は初めて見た。
「面白い奴だな君は。
良かろう! 君をしばらく養おう」
「養うっ!?」
「申し遅れた。私はアケミ・ダイヤモンド。
この屋敷のほぼ主人だ。
記憶が戻るまで、うちで面倒をみよう」
「えーーっ!」
「うちは金持ちだ、遠慮をするな。
カヒガシへはうちから通うといい」
ええっ?
カヒガシって……
「偶然だが我々も君と同じ、コウカ東高校の生徒なのだよ。
私もナツも椀子椀太郎君、君の先輩だ」
「んな! どうして名前……」
「君のブリーフに『わんたろう』とマジックで書いてあったからな。
うちの情報網だと10分と掛からず身許が特定だ」
うう、母ちゃん、だから止めろと言ってたんだ。
高校生でブリーフって、しかも名前って。
そもそも父さんと僕のしかないのに書かなくていいじゃん!
「ハハハ、申し訳ないとは思ったが、ケガの有無をな。
因みに立派な中身も無事だったぞ」
アッハハハハハッ!
ニヤリと口角を上げたあと、また高笑いするダイヤモンド先輩。
こんな品の無い女性の笑顔も初めて見た。
直ぐに朝飯の用意をさせると言って、先輩は部屋を出ていった。
記憶喪失が治るまであまりウロチョロするなと、軽く釘も刺された。
警備の家人から間違って討たれるぞ、と冗談にもならない事を笑って言っていた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「ナ、ナツ……です。
助けていただきまして、ありがとうございます」
遅めの朝食……とはいっても、日曜日の8時過ぎだと一般的には普通なのか……に呼ばれると、先にナツさんが座敷の隅で待っていた。
20畳程の座敷には大きな黒檀の座卓が敷いてあり、上には焼いた塩サバ、玉子焼き、味噌汁が6人分並べてあった。
僕が部屋に入るとこちらに向きを変え、三つ指をついてお礼を言われた。
ナツさんは紺地に白の絣を上品に纏って、顔を上げると頬がほんのり赤らんでいた。
僕の心臓が見えない彼女の手で鷲掴みにされる。
昨日のジーンズ姿もいいが、これは別次元でいい!
「いえ、そんな、あた、あたり前の事でしっ……」
ううう、噛んでしまった。
こんなのサラッと言い捨てなきゃなのに。
カッコ悪すぎるだろ。
「僕も……わ、私もごめんなさい。
助けてもらったのに、実は全然覚えてないんです」
僕? 今一瞬僕って言った?
ナ、ナツさん、ボクっ娘なんだ。
うおおおおお、なんて可愛いんだあ!
ああ、心臓が、心臓が……
「でも、すごく嬉しいんです。
あの高さで放り出された時、こ、恐かった……」
「大丈夫です。もう大丈夫ですよ」
思い出したのか少し震える彼女に、僕は自然な感じでその肩へ手を置いた。
ああああああ……
もうダメだ、心臓がもたん、助けて、いや、助けなくていい!
うううう、この時間が永遠に続いてほしいっ。
「おい、随分仲良くなっておるではないか」
おおっふ!
後ろからダイヤモンド先輩の声。
一部始終みられてた?
なんか恥ずかしい……
僕は恐る恐る振り返った。
なぬっ?
「どうしたんですか、鼻っ!」
「ん? どした?」
先輩は両の鼻から大量の血を流しながら微笑みかけていた。
純白のブラウスが袖以外の前面全て血に染まる。
だのに本人は気付いていないようだ。
「ダイヤ先輩、鼻血!」
ナツさんが先輩に声を掛ける。
「なんですとーっ!」
やっと自分の現状を把握した先輩は「ギャー」と叫びながら床をドスドス去って行った。
先程寝起きの僕と接していた女性とはまるで別人だ。
いや、気配はあったな。
「まったく……
師匠、興奮すると鼻血出ちゃうんです」
ナツさんはフォローを入れる。たぶん師匠とは先輩だろう。
部活かサークルなのだろうか。
そうだった、ナツさんもカヒガシの先輩なんだよな。
「普段はこんなに出ないんだけど。
よっぽど興奮しちゃったんだね」
そう言ってニッコリ笑顔をナツさんは向けてくれた。
僕の脳内で心臓は今、ナツさんに握り潰されてしまった。
ああ、居よう。ここに居よう。
これは仕方ないのだ。
僕の記憶喪失が治るまでは、このまま此処に居るしかないではないか。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
ねえ、ヒトゥリデ様。
なんでこんなダメ人間の様子を観察してるんですかねえ。
「あらテルオさん、あなた彼はイイ奴とか言ってなかった?」
イイ奴とヘタレと優柔不断は同類項で括れるんです。
そんで、そいつ等みんなダメ人間です。
「まあ、半分理解できなくもないけど。
う~ん、もう少し先を見た方がいいのかしら」
そうですね。
相当腑抜けてますから、先月辺りから見ときゃ十分でしょ。
どうせナツキの尻ばっか追っかけてますよ。
男の尻なのに!
「ああ、なるほど。
あんた、ナツキ君に美少年で劣ってるのが癪なのね」
んな訳ないじゃん!




