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2の10話

「ヒトゥリデ様! 伏せて!」


 僕は庭の隅で侍女数人とビクついている我が主に向かって叫んだ。

 その声が聞こえたのだろう、彼女と回りの女性は直ぐに頭を押さえてしゃがみ込んだ。


 屋根の人狼……ワン太郎は、その一角へ飛び降りながら腕を大きく横に振う。

 鋭利な爪が伸びた腕は、立ててあった野点傘のだてがさを薙ぎ払った。

 日除けと、ヒトゥリデの姿を座敷から隠す為にエイコ村長が用意していた物だ。


 その事がワン太郎の動きを二手遅らせた。

 ヒトゥリデの位置を屋根上から確認させなかった事。

 その傘をまずは初撃で破壊させた事。

 これが実に大きかった。


 ランコが間に合ったからだ。


「ガアアアアアアーッ!」


 着地して一拍止まった人狼に、横から人影が咆哮を上げ襲い掛かる。

 速さで残像の様に見えた影は、太陽の色にキラリ輝きワン太を一瞬で連れ去った。

 彼は首を鷲掴みにされたまま、来た方向に後ろ向きで飛ばされる。

 そのまま二体は母屋の土壁を破壊し、体を床板にめり込ませて止まった。


 獣人はゆっくりと、一体だけが立ち上がる。


 揺れるオレンジの髪と伴に……

 手足、顔、素肌部分は同じ色の毛に覆われ、陽の光を反射して黄金に輝いている。

 そして口許には大きな牙が。

 犬歯というにはあまりに大きい、まるで剣の様に長く鋭い牙。


 彼女の名は剣歯蘭虎。

 サーベルタイガーの獣人だ。



 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

「ヒトゥリデ様だと!?」


 村長椀子椀太夫は我が耳を疑った。

 懐かしく尊い御名。

 そしてこの状況。


 仕合は終わったと胸を撫で下ろしたその刹那、愚息椀太郎は獣化した。

 突進したかと思えば屋根に跳び、隣家屋の屋根へと更に移る。

 一体何がしたいのか、このバカ息子。

 と心で呟いた時にテルミーナ殿の叫んだその言葉。


「ヒトゥリデ様! 伏せて!」


 思わず声の向かう先へ目を凝らす。

 野点傘に隠れて見えなかった者の中にそのお姿があった。

 金色の髪、長い耳、そして美貌と面影。


 ならん!


 背筋が凍りつく。


「いかん! 止めろ蘭虎!」


「はい! 父上!」 


 影虎親娘も叫んでいる。

 此奴ら……何故なにゆえ……ヒトゥリデ様を……

 いや、そんな事より今は。


「やめよ! 椀太郎! 逆臣ぞ!」


 しかし椀太郎は飛び降り、野点傘を払った。

 何という事を!

 眩暈を覚え倒れそうになる。


 が、吹き飛んだのは傘だけで姫様は無事じゃ。

 ホッとはしたが終わってはおらん。

 遅蒔きながら、やっと足が前に出る。

 間に合え! と全力で駆け出した瞬間、バカ息子は視界から連れ去られて床にめり込んでしまった。


 蘭虎殿が止めて下された……

 

 我が愚息には、あのバカ息子には勿体ない。


 よう鍛えられた、美しき御息女じゃ。




『フフン! そうでしょう、そうでしょうとも』


 いや、誉められてるの、ランコだし。

 ヒトゥリ様じゃないですし。

 誰かさんはヘタレて、うずくまってただけですし。


『何ちか貴様きさん! お前が伏せろち言うたとやろが!

 何で早目に逃げろち教えんとか!』


 うん、流れは分かってたんだけど、ヒトゥリ様が勝手に動くのが一番怖いのですよ。

 だからあのタイミングであの指示がベストです。


『ぐぬぬぬぬ、人を幼児みたいに……』


「ヒトゥリデ様、やはり御不快でござりましょうな」


 エイコ村長が気を遣ってますよ、そんな顔して。

 まあ、いつもみたく声に出してなかったのは成長を感じますけど。


「んな! あ、いや、そんな事ありませんよ。

 ラ、ランちゃん、サーベルタイガーだったんだ~、びっくり」


「ヒトゥリデちゃん、ごめんなのじゃ。

 ぜつめつしゅ? で内緒だったのじゃ」


 テケテケと丁度父親の脇に寄ってきたランコに、ヒトゥリデはごまかしの声をかける。

 返事の感じからして、性格が変わったりとかはないらしい。

 ちっちゃい虎っ娘ちゃん……

 なんて可愛らしさだっ。

 ガオウと言ってほしい……


「うふふ、いいわよ、気にしない。

 その代わり、ガオーって言って?」


「えーっ!? う、うん。

 ……ガオーゥ、なのじゃ」


 ああっ、テルミーナの母性が!


「なんじゃ! やめるのじゃ~!」

「ずるい! 私も!」

「かわいいっ、可愛すぎる!」


 またしても油断したモフッ娘のじゃ子をほおずりする主従であった。



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 アハハハハと場が和んだ後、我が子の襟首を引き摺ってワンコ親子がやって来た。

 土下座し謝る親子とその家中。


「いや、内緒にしてた私も悪いんだから」


 と寛容さをアピールして不問にした。

 結婚にはまだ早いと、友達として応援しに来ただけと説明。

 穏便に済ませたかったので隠れていたと。


「それにしても、聡明な其許そこもと何故なにゆえこの様な?」


 かつての親友が未だ膝をつく友に問うてみた。


「うむ、今回、このバカ息子の我儘は切っ掛けであってな。

 形だけになるであろう仕合の後、内々で其許と話し合いたくての」


「やはり、何か別の……」


 ドゴーンと、少し離れた村長の屋敷の方から爆発の音がした。


「まずい!」


 ワンダユウは立ち上がると、


「兎に角説明は後じゃ、急ぎおぬしの屋敷へ!」


 そう言って己が家人を伴って、脱兎の如く駆け出した。

 他の者も一拍遅れて、その後を追って走り出した。


 

 

とりあえずの2章は終わり、3章に入ります。

次はお宝編でーす。


読んでいただきまして、ありがとうございます。

次話もどうか、よろしくお願いいたします。

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