1話
「悪役令嬢よ! 悪役令嬢を探すのよ!」
エルフの美少女は、また突拍子もない事を口走った。
普通、プロローグの後の1話冒頭といえば自己紹介だろう。
こっちはまだ主人公の名前も紹介していないのに。
何の為に勿体ぶって、前回名前を言わなかったと思っている。
今でしょ!
……い、いや、もとい。
今だろう!
仕事の邪魔はしないでほしい。
初夏の風は未だ優しく、窓枠に腰掛けた少女の髪をそっと撫でてから通りすぎる。
ドワーフの金細工でも表現出来得るだろうか。
レースのカーテンが揺れる度、その髪も黄金色に輝き流れていく。
そこから突き出ているのは長く美しい、耳っ。
「やめろ!」
王家の象徴ともいえる、通常のエルフよりスックと、ニョッキリと、立派にそそり立った長い耳が。
「貴様!」
見事な、それは見事な、むぐぐぐぐ……
エルフは少年の首を絞めると、前後にガクガクガクガク揺さぶった。
「使用人の分際で!」
僕の首を今、手加減なしの全力で締め上げている美少女エルフは本作品の主人公。
「殺ス!」
かつては世界を支配していたエルフ族。
しかしその地位は人間族に譲り、今では小さな自治区を治めるのみ。
舞台はエルフ自治区「ホー」
主人公はショルトカ元王家の女の子「ヒトゥリデ」
あらすじより抜粋。
「ふざけやがって……フン」
エルフの少女、ヒトゥリデ・ショルトカは飽きたのか諦めたのか、少年の首から手を離した。
そう、この少年を殺す事は叶わない。
だから気がすむまで八つ当たりしたのだろう。
「ぐむむむむむっ」
「ヒトゥリ様、それより何なのですか? 悪役令嬢って」
黒の燕尾服を着込み執事然とした、しかしまだ幼さ残るマッシュルームカットの少年。
その見たところ14、5才の若き執事は、すっかり用件を忘れてしまった美しい主人に問うてみた。
「ったく。
あのさ、悪役令嬢を探してよ」
「悪役令嬢?」
ヒトゥリデから出た言葉に若き執事……
僕、栗原テルオは疑問符を浮かべた様な顔をする。
「時代は今、悪役令嬢らしいじゃない。
悪役令嬢を見つけて、仲間に引きずり込むのよっ」
プロローグで言った、ケモミミ時代を早くも撤回してきました。
「してないわよ。
悪役令嬢と一緒に、猫耳探しの旅に出るの」
ほう。
「そしたら堂々と作品のキーワード欄に『悪役令嬢』って書けるでしょう?」
なるほど!
「ヒトゥリ様冴えてる! 珍しく」
「ハッハッハ、そうでしょうとも……ムッ」
テルオは喜色を浮かべて主人に賛辞を贈り、ヒトゥリデは従者の言葉に誇らしげに頷いた。
最後にちょっと不満気だったが。
「まったくあんたは、主人を主人とも思っていない態度よね何時も」
「そんな事ないですよ」
「あんたにその能力がなければ、とっくにお払い箱だ」
ヒトゥリデはか弱い少年執事見習いに、冷酷な言葉のナイフを突き刺した。
いくら不死身の彼であっても、心の傷は鈍く永く痛み続けるというのに。
「はいはい。分かったから、探すの手伝ってよね」
「勿論ですとも。あくまで……」
「あんたさっきから執事だ、執事見習いだとか言ってるけど、従者だからね!」
黒……従者、の少年。
名は栗原テルオ。
そう僕は日本人だ。
物語の世界という変わった形の異世界へとやって来ている。
お決まりのチート能力もある。
それはさっきヒトゥリ様がちらと言ってたヤツ。
それはナレーションの能力。
僕はナレーター。
この物語の語り部だ。