2の6話
ケンシ村とワンコ村。
この2つの隠れ里が行う「嫁取り仕合」それは……
仕合とは名ばかりの、正しく「死合い」である。
犬猿ならぬ犬猫の仲。その仲とは良かろうはずもない。
まるで敵地のような互いの村に、好き好んで嫁に行く奴がいるハズもなかった。
基本そこで揉めるのだ。
嫁取りに乗り込んで来た者は、相手の村に嫁を指名し仕合を申し込む。
何もなければ男女しばらく打ち合った後、男の方が是非を決める。
新しい血として優秀であるかの確認なのだ。
だが、まさかすんなり、そんな流れになる訳ゃない。
この仕合、真剣勝負。
指名された女性は拒否したければ相手を斬り殺せばいい。
また女性に恋人等がいるのなら、異を唱える為に立ち合えばいい。
その権利も許される。
とどの詰まり、嫁になりたくなくば斬り殺せ。
嫁に獲られたくなくば斬り殺せ、という事だ。
誇りある真剣勝負の結果では遺恨になるまいと、そんな浅い考えの制度が却って、怨嗟、怨恨を繰り返す元になっている。
「じゃあつまり、テルミーナは嫁として出るの?
それとも嫁の恋人として阻むの?」
村へと続く、獣道に毛が生えた林道を進みながら、一通りの説明を受けたヒトゥリデはケモミミのじゃっ娘ランコに問うた。
「うむ、嫁の指名は既に先方から受けておる。
じゃから、その、恋人、じゃな」
ランコは答えながら、後半は俯いて顔を赤くしている。
もうこれは、誰が嫁候補か言ってる様なもんだ。
「あんたが指名されてんの?」
ヒトゥリデが気付いて声を上げる。
ニブチンのヒトゥリデでも流石にこれは気付く。
痛て。また小突かれた。
「ううううう……
そうなのじゃ~、嫌なのじゃ~」
ランコは人生終わった、という様な顔をしてそう呻く。
そりゃあ見たとこまだ10才ちょっとの女の子に、さあ嫁に行けって言ったって、
「はい、そうですね」
なんて思えるハズがない。
ましてや敵視しているも同然の家中にだ。
「あんたの親とか親戚は文句言わないの?」
そりゃそうだ。
こんな可愛らしい女の子、向こうも欲しいだろうが、親御さんはそれ以上に渡さんだろう。
それこそ血を見たって構わんだろう。
いや、もう、僕が見せるのも吝かではない。
「ぐむむ……それがのう……」
ランコは分数の掛け算の公式を理解出来ない小学生の様な表情を見せた。
難しい問題を抱えているのだろうか。
「仕合を申し込んで来たのはワン太の奴でのう……
妾の許嫁なのじゃ」
「「はあああっ?」」
僕ら主従は素っ頓狂な声を上げた。
何だそれは?
何で許嫁がわざわざ「死合い」になるかもしれない手を打った?
「それで父上も叔父御も、仕合って阻むも憚られると」
「何で、許嫁が嫁取り仕合でその許嫁を指名すんのよ。
そいつは何考えてんの?」
ヒトゥリデが、私もう頭パンクでめんどくさい! という風に説明を求めた。
すると、モジモジしながらランコは小声で答える。
「妾の事を好きすぎて、5年も待てんと……」
「「ぬあにい?」」
「妾も嫁に行くのは嫌じゃとは言っておらんのじゃ。
まだ早いというか……もう少し自由でいたいというか……」
「「ぬあんだとお?」」
「だからちょこっと村から離れて、やり過ごそうとした所にそなたらが現れたのじゃ」
この愛すべきのじゃ子を毒牙から守るというシチュエーションは完全に崩壊した。
ノロケか!
オノロケなのか!
色気付きやがってガキんちょ如きが!
「お願いなのじゃ! テルミーナは刃に傷ひとつ付かぬであろう」
僕は隣のヒトゥリ様の表情を見てみる。
先程までは僕と同様に苦虫を噛み潰していたのだが、必死に懇願するランコに少し心動かされてもいる様だ。
ヒトゥリ様、どうします?
『うーん、さっきのセクハラをチャラにしてもらう約束だし。
仕方ないわね。テルオ、一肌脱いでやってくれない』
はい。仰せのままに。
「分かりました。
ランコさん、仕合には僕が出ましょう」
その瞬間、ランコの瞳は輝いて、テルミーナの胸に抱きついた。
少し前には抱きつかれて泣き出した彼女も、すっかり心を許している様だ。
あの時も本当に嫌だった訳ではなく、驚きの方が強かったのだろう。
僕は優しく頭を撫でてあげた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
わんわん峠の山道を上へ上へ、奥へ奥へと歩いた先、急に視界が開けると其処が隠れ里ケンシ村だった。
村のメインストリートをしばらく進んだ所に中央広場といった感じの広い空間がある。
その広場にいた村長含め、十数名の村人全員が、今平伏している。
そう、土下座して、頭を地面につけるぐらいだ。
「ようこそケンシ村へ。ヒトゥリデ様」