2の5話
目の前に立つ獣人族の少女はご立腹だった。
自らの種族に誇りを持っているらしい。
猫型獣人と一緒にするな、そんな口振りであったのだ。
じゃあ何の獣人か、そう思ったら名乗る途中で口籠る。
本人はサーの後、たどたどしくバルと続けた。
そのまま信じればサーバル。
サーバルキャットという事だろうか。
この「のじゃっ娘」ネコミミ少女、いや、サーバルミミ少女か。
その彼女の耳を改めてしっかり見てみると。
確かに大きい。普通のネコミミよりも。
だが、形は猫と少し違う様に感じる。
若干丸みを帯びている気がする。丸くやや後ろ向き。
まん丸って訳ではないけれど、少なくともサーバルとは違う。
サーバルは尖っていたはずだ。猫よりも。
「な、何なのじゃ、何なのじゃ!
サーバルの何ふぁ悪いのじゃ……」
噛んだ。
僕らの視線を受け、明らかに動揺している。
だが……
その様がもう、身悶えするほどに愛らしい。
握った両手をジタバタ上下に揺らして抗議してくるのだ。
「そっか、ゴメン。
全然猫じゃないもんな」
とりあえず僕はのじゃ子ちゃんに謝った。
「そうであろう、そうであろう」
「ほら、これ返すよ。驚かせて悪かったね」
そう言って今度は不躾に脇差の柄を向けるのでなく、横にして刃を寝かせ両手の平に乗せて差し出した。
一瞬だけ少女は目を丸くしたが、やがて相好を崩しガッシと受け取り鞘に収めた。
「お姉ちゃん、悪い人じゃなさそうじゃのう」
そう言いながら照れ隠しか、右手人差し指で鼻の下をゴシゴシッと擦った。
その仕草でテルミーナの母性は限界を迎えた。
油断したのじゃ子にガバッと、頬と頬がくっつく様にハグをした。
「お、おにょれ! 謀ったな!」
「あああ~っもう限界! かわいすぎるう~っ!」
頬と頬をグニグニ擦り合わせるスキンシップのテルミーナ。
逃れんとするのじゃ子をしっかり抱き締め離さない。
「ずるい! 私も!」
更にヒトゥリデも参戦。
3人もみくちゃに抱き合いまさぐり合う。
「やめるのじゃ~っ!」
「怒った顔もかわいすぎるう~っ!」
「耳触らせて~っ!」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「ごめんね、本当にごめんなさい」
座り込んで泣く女の子に、頭を撫でながら心配気に顔を覗き込み謝る黒髪美少女。
そのふたりを、どうすればいいのかオロオロしている金髪エルフ。
薄暗い山道に聞こえる音は、えっく、えっくと泣き声だけ。
「ホント恐がらせるつもりはなかったんだよ……」
「そうそう。あなたが可愛くて可愛くて仕方なくて」
そんな言い訳になっているのか、ならないか。
とにかく平謝りのセクハラ主従。
「んな!
大体貴様の我慢が足りんとやろが!
なんが母性の限界か!
貴様男やろが、母性がある訳ゃなかろーが!」
「もう、ヒトゥリ様、今大声出したらこの子が……」
「ううっ……」
またもヒトゥリ様の癇癪が出た。
やっと少しだけ落ち着いて来た様だったのに。
またびっくりさせてしまったのでは……
恐る恐る、僕らは彼女に視線を移す。
しかし、のじゃ子ちゃんは泣き止んでいた。
そしてゆっくり顔を上げると驚いた様に僕を見て来た。
「ほ、本当?」
「「んん?」」
「本当に、おぬしは男なのか?」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
少女の名はランコ。
のじゃ子ちゃんとさっきまで呼んでいた子だ。
のじゃ子の方が可愛いと思うが、それは彼女のせいではない。
痛て。ヒトゥリデに小突かれた。
彼女の村……隠れ里なのだが、その村長はランコの父親との事。
ランコちゃんもヒトゥリデと同じく王女みたいなもんだった。
このわんわん峠には2つの村があり、どちらも古き歴史と血を繋げて来た。
ランコの村はケンシ村。
猫科の、と言ってもその原種みたいに古い種族。らしい。
もうひとつはワンコ村。
その名の通り犬科の村。やはり古い種族との事だ。
この2つの村が、想像するまでもなく仲が悪い。
だがお互いに世俗と離れ、山中に隠れて暮らす者同士。
コウカ側をワンコが。
ホーから来る侵入者はこちらの村が。
それぞれが阻む、ある種の協力体制を築いているのだ。
「それで私達への頼みって何なの?」
先ほど謝る僕らにランコは、さっきの事は許すからお願いを聞いて欲しいと言ってきた。
唐突な話だったので、その前置きのように村の事を聞いていたのだ。
どうやら頼み事というのは、この2つの村が関わっているらしい。
「うむ。
ケンシとワンコは普段顔を合わせぬのじゃが、稀に交流があるのじゃ」
ふむ、と頷く主従。
流れからいって、その交流が厄介事なのだろう。
「それは嫁取りがほとんどで、今回もそうなのじゃ」
「「嫁取り?」」
んん?
なんか嫌な流れになってきたぞ。
「狭い村の中だけでは血が濃くなっていくのじゃよ。
それで時折どちらからか、嫁取り仕合を仕掛けて来るのじゃ」
「「嫁取り仕合!」」
もう不穏だしキナ臭いし。
なんかもう、嫌な予感しかしない。
たぶんアレでしょ。絶対アレだよ。
「そう。
その仕合にテルミーナさん、出て下さい!」
やっぱりーっ!