約束
風が気持ちいい。地球にいた時は室内に閉じこもってばっかりで外に出ようなんて思わなかったから新鮮だ。
さすが王城って言うべきなのかベランダの手すりがベンチくらいに大きい。装飾も綺麗に施されてて、細かいところまで気を使われてるのがわかる。そこへよじ登って空中に足を遊ばせる。
吹き上げてくる風が髪を揺らして銀色の髪が視界の端にちらつくたびに違和感を感じる。やっぱり慣れないなぁ。
「っ!!」
いきなり後ろに引っ張られて体が傾く。視界が反転して一瞬空が目に映った次の瞬間には頭を打つと思って強く目を瞑る。けれど衝撃は無くて、変わりにキルの怒声が鼓膜を揺らす。
「何してんの!? 死にたいわけ!?」
ゆっくりと目を開けてみると怒っているような悲しそうななんとも言えない悲痛な表情を浮かべたキルがいる。なんでキルがそんな顔をするのかわからない。
でもキルが支えてくれたおかげで頭を打たなかったみたいだ。いや、引っ張ったのもキルだけど。
「えっと……?」
「死にたいの!? そんなにこの世界が、俺たちが嫌い!?」
「え…?」
「俺は、また……」
「待って、待って!!」
勝手に突っ走っていくキルを止める。
「え?」
「死のうとしてない! 風に当たってただけだって!」
確かにさっきの状況をを客観的に見れば飛び降りようとしてるように見えるかもしれない。むしろ、そうとしか見れないかもしれないかも。
「………死のうと、してなかった…ってこと?」
「うん。わけわからないことの方が多いけど、嫌いとかイヤとかじゃないよ」
大きなため息をついてが砕けたように私を掴んでいた手を離す。
「やめてよ、また失うかと思った」
また、か。
「ごめん、不安にさせたね」
「いや、早とちりした俺も悪い」
落ち着きを取り戻したキルが体制を立て直して正面から向き合う形になる。
………光ってる。夜目でもわかるほどにキルが光ってるのがわかる。月光を遮ってしまうほどにキルの周りを光が包んでいる。藍色の髪が蜜のような髪色に変わって金色の瞳に私が映る。
「まぶしいね」
率直な感想が思わず口から漏れる。
キルは双眸を少しだけ揺らしてから1つ瞬きをする。その瞳にはさっきみたいな悲痛な色は伺えなくて少し安心する。キルが自分の髪を引っ張って自分の姿を確認する。それから眉を下げて笑う。
「同じことを言うね」
金色の瞳が一回空を仰いだ後、しっかりと私を捉えて思わず吸い込まれそうになくらいに見入ってしまう。それくらいキルは輝いてた。
「ちょうどいいや」
「え?」
「俺、精霊族とのハーフなんだよね。だから感情のコントロールが効かなくなったりすると今みたいに力が制御できなくなって姿が変わる。」
「精霊族?」
「北方に住む光のマナの加護を受けた種族」
「……なるほど」
わからないことも多いけどなんとなく状況はつかめた。
「驚かないわけ?」
「記憶のない私からすれば魔法陣から神獣が出てくる方が驚くよ。それに私も朝起きたら姿が変わってたから」
「あんたの姿が変わったのとこれは全然違うものなんだけど」
「そうなの?」
訝しげに眉をひそめて私をみるけど、その目は柔らかい。
「そうなの。はぁ、あんたにとってはこれもそういうものなんだろうけどね」
「うん? えーと、よくわからないけど、私がいた世界では全部あり得ないことだから」
「……やっぱり、そうなんだよね」
キルが何かを懐かしむように目を細める。ゆっくりとキルが右手を出してきて私の左手を取って重ねる形になる。
「我が名はキル・アリスト、その名はフウ・ジティーム・リン。我、これを主と認めん。主の名を命、我が名を言質とせん」
繋いだ手から光が溢れ出し、キルが言葉を紡ぐたびに魔法陣が広がっていく。待って、待って、何が起きてるの? 一言発せられられるたびに蔓のように伸びていき魔法陣が重なってやがて私とキルを包むような形になる。キルが最後の一言を言い終わると魔法陣の光が弾けて空に舞う。雪よりも細かくて、優しい光の雨。
「これは……?」
「俺があんたの剣であるっていう証明」
「それって、すごく凄いことなんじゃ……」
うまい言葉が出てこない。驚きと状況についていけないのと、剣とかもよくわからない。よくわからないけど何か凄くて、大切なことだっていうのはなんとなくわかる。
「凄いっていうか、誠意表すもの。果てるときまで主と共にありますっていう意味で精霊族に古くから伝わってる誓約だけど」
「……それって私でいいの?」
聞けば聞くほど私じゃいけない気がする。その誓約っていうのはすごく大切なものなんだと思う。私なんかがふさわしいとは思えない。だって、記憶も無くて、ここで生きていたというのを受け止められてもいないのに。
「あんただから結んだんだけど。誓約を結んだからにはあんたのこと今度こそ守り抜くから」
キルの金色の瞳から強い意思が感じられて何も言えなくなる。
「……それは、私の、味方でいてくれるってこと?」
「そうだね」
「ありがとう」
胸のあたりがくすぐったい。嫌な感じはしない、けどよくわからない感覚に戸惑う。
誰かに何かされたわけじゃないのに味方でいてくれるというその言葉にすごく安心している自分がいる。私が思っている以上に私はこの状況が怖くて仕方がなかったらしい。安心したのか、いきなり疲労を感じて視界がふらつく。
急な眠気に目が開かなくなる。
「ごめ、ん、もう……」
「は? ちょっと!?」
キルの声は聞こえているけど、もう瞼を持ち上げるだけの気力もない。どんどんキルの声が遠のいていく。