欠片
「と、いうことで帰りますよ。クリエス」
「はいはい」
どっちが立場が上なのかわからなくなりそうだ。すねた子供のように不満げな顔をしながらもクリエスをつれていくように衛兵に指示を出す。
「あんたも今日は一緒に行くから」
「どこに?」
「は? 決まってるでしょ。城」
そんな当たり前でしょ、みたいな感じを出されても困る。今、初めて聞いた。
「特に王城に行くようはないと思うんだけども」
「そんなことはどうでも良いから。アランにも言ってあるから行くよ」
「アランさんにも……!?」
不可解に思いながらもついていく。
「ジン」
「な、なに!?」
光を放ちながら現れたのはこの前も見た黒いペガサス。
「ペガサスのジン。前も言ったけど俺の相棒」
「ジンって言うんだ。よろしくね、ジン」
『おや……珍しい者をつれている。御子の生還かい?』
御子、さっきクリエスも言っていた。なんなのかはわからないけど。
「ねぇ、御子って何?」
『あぁ、君とはあれ以来だから覚えてないのか。御子っていうのはね、』
「ジン、余計なことは言わなくていい」
『おや、怒られてしまったよ。ごめんね、私の口からは言えないや』
「ううん。気にしないで」
キルがジンの上に乗る。伸ばされた手を掴んで私も乗せてもらう。ウィルズさんやクリエスもそれぞれのペガサスを呼び出して乗り込んでいる。
もう驚かないけどさ、やっぱりズルい。ペガサスを乗用車のように使ってるのはどうかと思うんだけど。
ジンの大きな翼が広がっていく。ゆっくりと上昇していって、2、3度翼を大きくはためかせる。
待って! 待て待て待て待て、高い、たかい、タカイ、たーかイー!!
「高い!! 落ちる、ちょ、スットプ!!」
「うるさいよ。ちゃんと手綱を掴んでおけば落ちないから」
手綱を握りしめて目をぎゅっと瞑る。
「落ち着いた? 目開けなよ、気持ちいいから」
言われた通りゆっくりと目を開ける。
「すごい!」
いつのまにか空高くまで上昇して街が一望できる。風が頬をきっていく。
「見えてきたよ。あれが王城」
「…………知ってる」
一面が淡いオレンジ色でコーティングされた大きな城。
私は、ここを知ってる。なにかを思い出せた訳じゃない。けどここに忘れてはいけないはずの思い出を置きっぱなしにしてしまっている気がする。
「そりゃ、ここに住んでたわけだし懐かしさはあるんじゃないの」
「うん、それもそうなんだけど、もっとなにか大事なことをここに、」
「ごちゃごちゃ考えても思い出せないものは仕方ないんだからほっとけば」
王城の上を回る。そのまま今度はゆっくりと下降をしだす。今度は怖くない。中庭のようなところに次々とペガサスが降り立つ。
「ジン、ありがとう」
『あぁ』
「わかってたけど、あんた本当に会話できるんだね。神獣と」
「よくわからないけどそれって珍しいことなの?」
「普通は契約を交わさないと神獣とは会話できないから。契約を交わすにしても神獣が出す試練とか条件とかを満たさなきゃいけないし」
「大変だね」
「当たり前でしょ。神獣は容姿が違うだけで意志を持って生きてるんだから。俺らといつでも対等でなくちゃならない」
「フウ様、こちらです」
ウィルズさんに呼ばれてそちらに向かう。
ウィルズさんには説明してもらいたいことが山ほどある。自分が王女だったこととか、この世界で生きてたとか実感が湧かないことばかりで受け止められたわけじゃないけど。それでも今日感じた街の活気や美しさは失って良いものだとは思わない。守りたいみたいな大層なところまではいかないけどいつまでも知らないを通して生活することはしてはいけない気がするから。
通されたのは生活感がある部屋。趣味が良くて好みも私と合うと思う。
「フウ様のお部屋です。内装はフウ様が向こうに行かれたときから変わってません」
「………ありがとうございます」
趣味が良いとか恥ずかしい。好みが合うもなにも元々私が揃えたんじゃないか。
「それでは。ご用があればキルや使用人に言いつけてください」
「あ、待って!」
「はい、いかがいたしましたか?」
「……ウィルズさんは私に、なにを求めますか?」
ウィルズさんが少し目を見張って驚いたのがわかった。聞き方が良くないのはわかってる。でもどうしたって警戒が抜けなくて、こういう言い方になってしまうんだから仕方がない。
「……そうですね。私はフウ様に何かを強要するつもりは一切ありません。もちろんこの判断が宰相としてなくウィルズ・ダイトンとしてを優先していることはわかっているつもりです」
「じゃあなんで王宮に連れてきたんですか?」
「フウ様の耳にどう届くかわかりませんが私はフウ様のお父様の思いを大切にしたい、そう思っているだけなんです」
返す言葉が、返せる言葉がない。
なにも覚えてない。それがこんなに重く感じたのは病院で目覚めて両親と顔を合わせた時以来だ。わかってたのに、覚えてないことがどれだけ人を傷つけるのか。わかっててまた間違えたんだ、私は。
「ごめんなさい」
「フウ様が謝ることなんてありませんよ。今日はもうお休み下さい。色々あってお疲れでしょうから」
ウィルズさんが穏やかな笑みを残して消える。あの香りが一瞬鼻をかすめた気がしたけどすぐに消えてしまう。
部屋に付いた窓から見える景色はあの世界とたいして変わらない。庭があって、空があって、星があって、ゆっくり陽が落ちて暗くなっていってる。
どれだけ眺めていたのかわからないけど長い間そうしていたと思う。最初は空の向こうの方に夕焼け空が見えていたのに今はもうどこを見ても暗い。
色んなことがあったせいで身体は疲れているはずなのに、頭の方はなかなか落ち着いてくれなくて眠くならない。なんとなく外の風を浴びたくなってバルコニーに出る。