その炎は……
おいしい夕飯をほうばっているとけたたましいおとが響いてくる。ゴォォと何かの鳴き声のような音後に地響きがくる。
何!? グッと体が引っ張られて机の下に入れ込まれる。
「頭を守れ! ここから出るなよ!!」
「アラン! 居るか!?」
玄関の扉がダンダンと乱暴に叩かれる。誰かがアランさんを呼んでいる。
「今行く! いいか、ことが片付くまでじっとしてろ」
「う、うん」
言うだけ言って部屋のすみに置いてあった剣を持って出ていってしまうアランさん。
待って、待って、気迫におされて頷いたけどなんにも理解できてない。どうなってんの? 理解できないまま途方にくれているとまた地響きが伝わってくる。
地震なんて比にならない。今にも全てが崩れてしまいそうだ。何が起きてんの?
机の脚にしがみつくようにして揺れに耐える。揺れが収まっても外の騒がしさが収まらない。ゆっくりと机の下からでて窓の方によっていく。カーテンを少しだけ開けて外のようすを伺う。
は? えっ? 不自然に息を飲んだのが分かった。驚きで言葉が出てこない。だっておかしい。この世界が尋常じゃないことはわかってたよ。でも、それでも、これはおかしい。
だって外は真っ赤な世界。でも炎に包まれてるのに何かが焼けてる様子はなくて。上を見上げればのたうちまわる様に火の鳥が飛び回って雄叫びをあげている。いやに神秘的な炎が目に焼き付いて離れない。
「な、にこ、れ……」
一瞬にしてカラカラに乾いてしまった喉。驚きのあまり舌が上手く回らない。なんだっけ? なにかの本で読んだことがある気がする。炎を身に纏う鳥。
「…………朱雀」
ポロリと言葉が漏れる。
空高くに飛んでいる朱雀の鋭い目と目があった気がする。そんなことあるわけないのに。分からないけど、苦しそうにも見えた。
グッと引っ張られるような感覚になって気づいたら外に出ていた。アランさんに駄目だと言われたこと言われたのを忘れたわけじゃない。だけど、それ以上に助けないと駄目な気がした。
「あとどれくらいで師団は着くんだ!?」
「早くしねぇとどうなるかわかんねぇぞ!」
「知るか!」
ざわつく町を見渡して朱雀の注意を引けそうなものを探す。もし師団って言われてるのが来たら朱雀はどうなるんだろう。捕まえられる? 殺される? わからないけど絶対そんなのは駄目だ。なんでって言われても分からない。使命感のような、奥の方で燻ってる気持ちが訴えてくるだけで。
「朱雀!! ねぇ、聞いて! 朱雀!!!!」
出せるだけの声を張り上げて叫んでもやっぱり届かない。もう一度辺りを見渡して考える。冷静になれ、どうすれば朱雀に声が届く? ……鐘、あれならきっと。お寺にあるような大きな鐘の棟を見つけて走り出す。階段をかけ上っていく。はぁ、日頃の運動不足が悔やまれる。上がっても上がってもきりがない。息がきれそうだ。
「ハァハァ」
やっとのことで登りきって息を整える。
強い風が吹き付けて熱風を感じる。さっきより大分近くなった朱雀が体をうねるようにして雄叫びをあげている。
下を見るとさっきとは大分状況が違う。住民を避難させる人。隊列を整えて朱雀の様子を伺ってる人達。きっと師団って言うのが来たんだ。時間がない。
「朱雀!! 朱雀!!」
さっきより大分近くなったのにそれでも朱雀の耳には届かない。どうすればいいの?
『大丈夫よ。落ち着いて』
「誰?」
辺りには誰もいない。聞こえてくるのは風の吹き付ける音と朱雀の苦しむ声だ。耳からというよりは頭に直接話しかけて来てる。普通なら怖い筈なのに怖くない。むしろ安心する。
『私はねぇ、うーん秘密。自分で思い出してみて』
「私はあなたのことを知ってるの?」
『そうね。でも今は目の前のことでしょう?』
「う、うん。でも、声が届かないんじゃなにもできない」
『話しかけるんじゃなくて、聞いてあげるの。大丈夫よ、あなたなら出来るわ』
「……聞く」
耳を澄ませる。朱雀の声を聞く。
『ーーーい……たい………………痛い!』
聞こえた!
「どうしたの?」
『なんだ!? 誰だ!? うぅ、』
驚く朱雀に鐘をならして場所を知らせる。
「大丈夫?」
『お前か……痛いのだ』
「どのへん?」
『右足』
炎で見にくくなっているが確かに右足から血が出ている。
「こっちにおいで」
ゆっくりと近づいてくる朱雀。不思議と炎に触れても熱くない。さっきまで感じていた熱風も感じない。
「熱くないね」
『この炎は誰も傷つけない』
誇らしげに言う朱雀。よく分からないけどすごいことなんだと思う。服の端を切って朱雀の足をみる。なんだろ、黒いか溜まりが脚に刺さっている。
「少し痛いかも」
塊を抜くと鋭い目を少し細める。すばやく止血をする。少しだけど応急処置の知識があってよかった。
「フウ!!」
「あんた!!」
いきなり呼ばれて肩を震わせる。びっくりした。棟を上がってきたのはきアランさんとキル。二人とも上がったところで立ちすくんでいる。
「あんたが朱雀を鎮めたわけ?」
状況を推し量ろうとするようなキルの固い声が耳に届く。
鎮めた……? この場合そうなるのか?
「鎮めた、というか会話したというか、えっと、つまり、」
「……朱雀と話したのか!?」
上手く説明できず困る。驚いているアランさんとキル。何かやらかしたのだろうか?
『これらは?』
「……うーんと。大家さんみたいな?」
『ふむ、害が無いことは分かった』
すっかり落ち着いた朱雀と話をする。
「本当に、本当なのか……」
自分に言い聞かせるように言うアランさん。
「えっと、朱雀はこれが刺さってて暴れただけだからもう安全なんだけど」
放心している二人に一番言いたいこと伝える。早く下の人達に伝えてほしい。今にも戦争を始めそうな体制で準備されてて怖い。
「それは!!」
「えっ?」
放心していたキルが黒い塊を見るなり驚いた顔をして怒りを露にする。
「これどこで刺さったんだ!?」
「えっ、え? 朱雀どこ?」
『確か、イスナの森だったが』
「イスナの森……? らしいです」
落ち着かせるように一つ息を落とすキル。爪が食い込むくらい手を握りしめて怒りを沈めようとしている。黒い塊を懐にしまって小さく呪文を唱える。一瞬目の前がフラッシュしたかと思うとキルの前にあの緑色の魔方陣が現れる。
ウソでしょう!? その魔方陣には良い思い出がない。それどころか悪い思いでだけだ。あの時ほど強い光も放ってないし大きさも十分の一程度だけど危険だ。大体この世界に来てからろくな目にあってない。自分を守るために腕を交差させる。強く目を瞑る。
「あんた何してんの?」
光が収まるとキルが声をかけてくる。身を守ろうとしたつもりだったが必要なかったみたいだ。ゆっくりと目を開ける。
…………………うん。もう驚かないけど、やっぱりおかしいとは思う。むしろ驚きを通り越して受け止められる自分がいる。だってさっきまで居なかったよ、その鳥。鳥って言っても体に電気を走らせてるやつ。雷が起こせそうなやつだよ。
「……それ何?」
「俺の契約神獣。相棒みたいなもん」
短く説明をすまされる。助けを求めるようにアランさんを見るけど、意識がこっちになさそう。一人だけまだ放心してる。
「国王に報告を」
『あいよ』
朱雀声じゃない。キルの契約神獣の声だ。一言の会話で理解したのか音をたてて翼を広げ飛んでいく。
「それで、状況を整理したいんだけど。あんたはなんでここにいるわけ?」
「朱雀を助けに……」
「それは分かったよ。そうじゃなくてなんであんたが助けに来てるかって話」
「……わからない。考えるより先に行動してた」
これ見よがしにため息を落とすキル。眉間にシワを寄せてハッキリしない私を見定めようとしてるみたいだ。鋭い眼光が刺さってくるみたいで気分が悪い。
「あんた、もしかして……いや、違うか」
何かを言いかけて自己解決をする。
「確認だけど、あんた神獣と会話ができんだよね?」
「うん」
「近いうちにまた連絡を入れるよ」
難しい顔をしたままもう一度呪文を唱える。今度は目を開けていられた。今度は緑じゃなくて青の魔方陣だったけど。そこから出てきたのは世に言うペガサスってやつ。黒い美しい毛並みに柔らかそうな翼が生えている。綺麗だけど、美しいけど、やっぱりおかしい。驚いている間にそれにサッと跳びのって降りていく。
なんとか色々なことが収まったみたいで力が抜ける。その場に座り込む。……怖かった。今になって激しい恐怖に襲われる。情けないことに手先が震えている。
「は、はは」
乾いた笑いが漏れる。風が吹き付けて寒さを感じる。必死だったせいで鈍っていた感覚が戻ってきたみたいだ。ゆっくり血が回り始めたのを感じる。
『大丈夫か?』
「うん。……朱雀は?」
ひっそりと傍らに寄ってきてくれる朱雀。暖かい。寄りかかって熱をもらう。
「朱雀って家どこにあるの?」
気になったことを聞いてみる。私の家は……あの無機質な大きな家。朱雀の暮らすところはきっと暖かいんだろうな。
『イスナの森の奥だが、呼べばいつでも飛んでいくぞ』
「ありがと」
大きく翼を広げて飛び立つ。頭の上で一つ大きく円を描いてからさらに上昇していく。
「帰ろ、アランさん」
「……おぅ」
いつの間に放心した状態から戻ったのかアランさんが私の声に反応する。
「帰って夕飯の続きでも食べるか」
「うん! あれを残すのはもったいないからね」