アリア
太陽の光を感じて目をあける。機械音じゃないもので目が覚めたのは久しぶりだ。
「……………………ここどこ?」
起き上がって辺りを見渡すと広がってるのは見たこともない光景。教会のような所で見上げれば天井も窓もステンドグラスになっていて色鮮やかだ。どれだけ手を伸ばせば一番上まで届くのか、空高くまで続いてる。光の角度で色を変えるステンドグラス。
確かに神秘的ではあるがこの際それはどうでもいい。切実に、誰かこの状況を説明して欲しい。あの摩訶不思議な光に包まれてからの記憶がない。ウィルズさんが言う向こうがここなら、会いましょうとか言ってた癖になぜいない。
「誰?」
自分以外の声がして振り向くと入り口に藍色の髪をした人が立っている。
「子供? ここ、今立ち入り禁止なの知らないの? さっさと出ていってよ」
辛辣な口調で出ていけと言う藍色の髪。見た目だけで推測するなら同い年か少し上くらいだと思う。だから子供って言われるのは納得いかないんだけど。でもこの何もわからない状況でせっかく出会った人を逃すわけにはいかないから、グッとおし黙る。
「あの、助けてもらえませんか?」
「は? 意味わかんないんだけど」
どうやら言葉は通じるようだ。少し安心してこの状況をどう伝えようか迷う。
「あの、私……」
いいかけてやめる。ある日、ウィルズって言う人が訪ねてきてその人と話してたら知らないうちにここに来てましたなんて誰も信じるわけもない。
「もしかして、ワケ有り?」
この人が言うワケ有りがどんなんものか分からないがとりあいず頷いておく。深いため息を落としてじっとこっちを見てくる。
「あんた名前は?」
「えっと、」
いきなりのことにとっさに出てこない。
「それもわかんないの? まぁいいや。俺はキルね」
「キル……」
確かめるように復唱してみる。これは名乗るべきなんだろうけど、もたついているとキルが言葉を重ねてくる。
「あんた名無し? それとも覚えてないの?」
「覚えてない。何も分からない」
名前は覚えてないわけじゃないけどそうしておいた方が都合が良さそう。それに何一つ分からないのは本当だから。ここがどこなのか、なんでここにいるのか。疑問なんて上げだしたらきりがない。
「あっそ。どうでもいいけどさっさとここから出るよ」
聞いてきたくせにさして興味はないようだ。強引に腕を引っ張られながら出口に向かう。
外に出るとやっぱり知らない光景が広がっている。知らないと言うか想像できない光景。道に並ぶ商店は活気に満ちてるのはまだ受け止められる。たとえそれが中世ヨーロッパを漂わせる感じであっても。けど、空を見上げると竜が飛んでいる。流石にこれはおかしいでしょ!?
「なにしてんの? さっさと行くよ」
呆然としているとだいぶ先にキルの姿が見える。
「待って!」
「あんた、驚いてるけど外にも出たことないわけ?」
「そういうわけじゃないけど……。ここがどこかわからなくて」
「ここはプリエナ、ジティーム国の王都だけど」
ジティーム国……そんな国聞いたことがない。
「ちなみに世界地図でいうとどの辺?」
「は? 太陽島って言われてるでしょ?」
ん? 話が噛み合ってない? えっ? 一気に思考を巡らせてある可能性にたどり着く。考えたくない。けど、もしかして。
「ここは地球じゃない……?」
「地球? なにそれ?」
わかってた。空に竜が飛んでた時点で尋常じゃないし。見渡せば耳が長かったり、獣耳みたいな人がいるし。やっぱりそういうこと。頭の中がおかしくなって座り込みたいのを我慢してさっさと歩くキルについていく。
「キル、確認したいんだけどここは何て言う世界?」
「はぁ? あんた頭大丈夫? ここはアリアでしょ」
アリア……。聞いたこともない。地球では考えられない生物が沢山いる。この事実を地球に持って帰ったら私は世界から称賛されるのだろうか。そもそも、帰れるかも分からないけど。
「ついたよ」
中からいい香りが薫ってくる。パンが焼ける時の香りだ。
「アラン?」
キルが中の人に声をかける。顔見知り? それにしてもなんで私はパン屋なんかに連れてこられたのだろうか。パンをご馳走してくれるとか? 言っちゃ悪いけどキルがそこまで優しい人間とは思えない。
「キルか、何のようだ? 今日はもう店じまいだぞ」
「あのさこの子預かってくんない?」
この子……? 私のことか、私しかいないし。つまりキルは行き場がない私に家をくれようとしていると?
前言撤回。
キルってめちゃくちゃいい人だ。パンをご馳走してくれるよりもずっとありがたい。
「また拾いもんか。つか、物に飽きて人まで拾うようになったのか?」
「そんな趣味はないよ。この子ワケ有りらしんだよね。ここがどこかもわかってないし」
さらっと貶された気がする。でも、全部本当のことなのでなにも言えない。反抗して今の話をなしにされても嫌だし。
「じゃあよろしく。俺、まだ仕事残ってるし」
「おー、頑張れよ」
手短に話を済ませていくキル。
「お前名前何て言うんだ?」
「……覚えてない」
「そうか。……フウ何てどうだ?この国の御子と同じ名前だ」
「御子と同じ?」
「御子はこの国の一番の神獣使いだ。今は体調を崩されて姿をお隠しになられてるけどな」
よく分からないけどすごい人から名前を貰ったってことは分かった。それにフウって響きがいい。神秘的な雰囲気を持つこの世界とよくあってる気がする。
「名前をくれて……ありがとう」
ありがとう、か。初めていった気がする。
「おう。今日はもう店じまいだから家に行くぞ」
アランさんの後ろをついていくと店の裏側に回る。木で出来たかわいらしい家が建っている。ここが家。なんか想像していたのと違う、というか見た目と似合わない。アランさんは堅いが良いからちょっと圧がある。だからこんなかわいらしい家に住んでるとイメージが……。
「夕飯用意するから待ってろ」
中に入るとフワフワの絨毯の上に丸い木の机と奥にキッチンが見える。奥のキッチンに入っていくアランさんを見送って絨毯の上に寝転がる。フワフワで暖かい。動物の毛みたいだ。
眠たくなってくる。でも、ここで寝るほど図々しくない。いや、寝転がってる時点で図々しいもなにもないか。
「フウ、飯出来たぞ」
「あ、はい」
良い香りだ。鮮やかな色の食べ物たちが美味しそうに並んでいる。
「座れよ」
促されて向かい合うように座る。
「いただきます」
「それ、なんだ?」
怪訝そうな顔をして料理に手を合わせている自分を見てくる。こっちの世界には「いただきます」を言う文化がないのか。
「えっと、食材にありがとうって言うの。命をいただいてる訳だから」
「そうか。偉いな、ちゃんとそういうことが言えるのは」
誉められて視線をさ迷わせる。普段、誉められることがないからこれは対処の仕方が分からない。
「いただきます」
同じようにアランさん言って料理に口をつける。
「おいしい!!」
思わず高い声が出る。でも本当においしい。
柔らかく微笑むアランさん。大きな手が伸びてきて頭を撫でられる。ワシャワシャと豪快になで回され髪の毛はぐちゃぐちゃになる。でもなぜかそれが心地よい。なんか、懐かしい気分になる。
今日はこんなことばっかりだ。知らない世界に連れてこられて不安な筈なのにどこか安心を感じている気がする。なんでだろ?
「どうかしたか?」
「ううん。なんでもない」
「……フウ、今から聞くことは言いたくないなら言わなくて良いぞ」
「うん」
「フウはどこから来たんだ?」
「分からない」
「名前も分からなかったよな。……記憶喪失か?」
「たぶん」
こんなにおいしい料理をくれた人に、アランさんに嘘をつくのは申し訳ない気がするけどなにも分からないのに自分のことを教えてあげられるほど私は警戒心がない人間じゃない。
「思い出せると良いな」
返事の変わりに曖昧に笑って見せる。
どうせこの世界に来てしまったんだ。今さら記憶を取り戻しても仕方がない。