4話:違和感
きっかけ一つで全てが変わってしまうそんな脆い世界で僕は、僕たちは生きている。
僕は春香に逢った時から、日常に違和感を感じてしまっていた。
「旭ちょっと早くさっきの公園に来なさい、今すぐよ」
短い命令だけ出して、夏菜は電話を切っていた。折り返しても電話はすぐに切断される。 「これじゃあ行くしか無いじゃないか」
僕は急いでさっき二人が口論になった公園に向かうのだった。
公園の中には先程の敗走した夏菜が、自分の震える右手を左手で抑えて僕の事を待っていた。でも両方の手が震えていたのでそれが、どれだけの意味があるのかは僕にはわからないが、いつも僕に憎らしい言葉を掛ける少女と同一人物とは、僕には一瞬解らなかったぐらい。
少女はなにかに怯えている様だった。
「夏菜だよな、どうしたんだよ」
「わたし見ちゃったの」
ますます震えて怯えてしまう夏菜は顔面を白くイカの様にして行く。
「なにを見たんだよ」
「それは」
夏菜は何かを言おうとして
「う・・うし」
僕は後ろを振り向こうとしたけど、出来なかった。夏菜が泡を吹いて倒れたのだ。
すぐに救急車を呼ぼうとするが、春香から着信があった。間違えて電話に出てしまう。
「ごめん立て込んでるから」
「絶対に後ろを振り向いては駄目」
「え、なんで」
「救急車はもう呼んであるから絶対に振り向かないでそのまま夏菜さんをお願いね」
僕は恐らく忠告されなければ、後ろを振り向く事は無かったと思う。
ほどなくして、公園に救急車がやって来た。僕は春香に言われた通り、後ろは振り向かなかったが、先程見た。大きな影がコチラを見ているのが、わかった。
翌日、夏菜は何事もなかった様に学校にやって来た。本当に何事もなかった様にやって来たのだ。
昨日の事は何も覚えていなかったのだが
そう夏菜は何事もなく過ごしているし、春香とも普通に接している。
元々、信じられない事に僕以外には人当たりの良いのだ夏菜は、だから実は昨日の事が全部夢なのでは無いかとさえ思ってしまう。
その後三人で仲良く帰った。
学校の近くの駄菓子屋で駄菓子を買って、夏菜は駅を使わないので、途中で別れたが、春香とたわいの無い、話をして駅で別れて家に着いて今日の楽しかった事を日記に書く事はなかった。
次の日も、次の日も同じ様な日々が過ぎていく、夏菜と春香はお互いを名前で呼ぶようになっていく、そんな二人のやり取りを眺めて居ると気持ち悪いぞ旭と夏菜達から笑って咎められた。
そんな夢の様な毎日が続いている。
でも僕はこの事を日記に書く事は無かった。
だって怖いのだから、それこそ全てがうその様な世界が広がっている。
学校では友絆交えて良く四人で話していたし、嘘つき事件後、疎遠になっていたクラスメイトとのわだかまりも無くなっていた。
友絆は部活で忙しく一緒に帰る事はなかったが、テスト期間などで部活が休みの日は4人で仲良く寄り道とかして帰ったりもした。
「ねえ、これからウチでテスト勉強しない」と夏菜が提案した。
「夏菜、この前もそんな事言って遊んじゃったじゃない、それにゲームのコントロ―ラを買ったらしいじゃない」
「ちゃんと勉強もするわよ夕」
夏菜が春香を名前で呼んで、ばらさないでよみたいな事を言っている。
「へぇなんのゲーム買ったの」
「友絆は、始めから勉強をする気が無さそうな雰囲気だな。」
「心外だなーお菓子でも買って行こうとはおもってるし、8:3ぐらいで勉強する気はあるさ」
「ちなみに勉強は」
春香が聞くとすかさず友絆は
「2の方で」
「勉強の割合が下がってるよ」
と春香は楽しそうに返す。
「ただいまタイムセール中でして」
「試験中にタイムセールしてどうする。」
「いいの、いいの俺勉強出来るから」
事実だけに嫌みにしか聞こえない。
その後、ほとんど勉強しないで、四人でゲームをして過ごした。それがテスト2日前で漸く、勉強を始めるのだが、割とはっきりと4人の点数には差が付いていた。
神様大変不公平だと思う。
僕と夏菜が平均点にも満たないのに友絆と春香は上位に食い込んでいた。
「お前らなんか友達じゃねえ」
「夕の裏切り者」
二人はちょっとなに言ってるか解らないなみたいな顔をして僕たちをからかった。
そんな穏やかな日々が続いていく、どこまでも続いていくきっと中学にいる間はずっと、毎日が楽しいはずなのに、僕は日記を書いていない。書こうとしても書くことが出来ないのだ。
夏菜に電話してみようと思った、あの時公園で何を見たのか聞こうとして、でも僕は振り返る事が出来なかった臆病な僕は、電話に出た夏菜にその事を切り出す事が、最後まで出来なかった。
春香 夕の視線を感じていたからだ、部屋の隅の影が彼女のあの日みた異常に大きい影と同じ様な感じがしたので、僕は聞く事が出来なかった。
僕はいつからこんな臆病になってしまったのだろう。落ち込んだ時は日記を読み返す。楽しかった思い出を思い出して、元気になるのだ。
最近はずっと日記を付けていない。
ペラペラと読み返すと、昔の日記の部分がまるごと一部読めなくなっているのに気付く。
そこには小学生の時の幼なじみとの遊んだ事が淡々と書かれていたのだが、その子の名前が抜けているのだ。
アルバムを探して見るもそこに居るはずのその子は何処にも映っていないのだ。
そこには小さな頃の夏菜が映っていた。
夏菜と出会ったのは中学生になってからだ、その子は名前も思い出せないが、自分にとってとても大事な子だったのに、自分は名前も顔も思い出せない、日記はその子との思い出を残す為に始めたのに、全ての日記にはその子と楽しく遊んだ事が書いてあったのに、思い出す事が出来ない。
次の日、僕は学校を休んでもう一度あの山に行く事を決めた。
震えが体中を掻きむしったが僕は今のこの状態が堪らなく気持ちが悪いのだ、
どう表現していいか解らないがとにかく酷く気持ちが悪いのだ。
気付くと自分の頭から血が出るくらい気持ちがわるかった。
手には真っ黒いどろりとした血が付着していた。
僕の血は廃油のように臭くて黒くて嫌になる、だから?
だから?良くわからない
春香から着信がなった、すぐに電話に出た。
「やあ、少年さびしくて思わず電話しちゃったよ少年も寂しかっただろう?」
・・・どうやら春香は少年呼びモードらしい
「同い年の女の子に少年呼びされるとむずがゆくなるから辞めてくれ」
ただでさえ引っ掻いて血がでてしまったのだから
「なんだい僕くんはお姉さんに甘えたいのに反抗的だね」
「用がないなら切るよ」
穏やかな口調だが少しおこってるよ、僕は
「わあ切らないで切らないで」
「本当になんなんだよ、まったく」
「用がないと電話しちゃだめかな」
不意打ちだった、すこし黙ってしまう
「いや、駄目という訳では」
「くくく、ああごめんごめん、君のモジモジした反応が楽しくてつい」
「////」
本当にこいつ夏菜と同い年なのかよ
「ところで話変えるけど、血って何色?」
「血?基本的に赤とか赤黒いんじゃないかな」
「赤ね」
「ヘモグロビンというか赤血球があるから赤くなるんだったよね」
もう一度手を見てみるとそこには赤い血が付着していた。
「変な事聞いたついでにさあ、お前」
お前はなんだ?
あの日山には何故いたんだ?
あの公園で覗いていた影はお前なのか?
なんで、俺たちの近くにいるんだ?
疑問は尽きないが
「最近太ったよな」
それを聞く事は出来なかった。
「いやいや、適正体重だよ、多分」
僕は酷く臆病なのかもしれない
「そうか、でも同じ身長の子に比べて6㎏ぐらい重いって」
「なぜ、それを」
こいつとこんな風にしゃべれなくなることが酷く怖い