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春香さんがやって来る!!  作者: 潜行花火
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1話:出会い

春香さんという少女の話をしよう。

一言で言うなら変わった奴だ、だがしかし、

そんな一言で言うには彼女は少々異質だった。

そんな彼女の話をしよう。

 僕は多分ここで死んだ。

 

 頭がおかしくなった訳では無く、

僕こと秋津あきつあさひはここで一度死んだのだ。


人口の道路から少し山に踏み入ると、整備されていない獣道を少し進んで行くと、さっきまで居た古びた町並みが嘘のようだ。

 そうしてたどり着いた、この木々に囲まれた森の中で、幼なじみのあの子と一緒にこの世から消えたのだ。

 地元の人間でも滅多に訪れない様な場所だ、熊注意の看板が少し手前に有る。東京の奥多摩は山梨と埼玉の境目にある。

 そこはまだ高速が通っているので都会だ。そこから車で多摩川の上流に進むと山々に囲まれた奥多摩町がある。

 四方が山に囲まれているので登山に訪れる観光客は多いのだが、登山をする人も入って来ないような場所だった。

 僕は辺りを見渡す、恐らくここだろうと想うのだが、本来あるべき目印が何処にも無いのだ。本当にここには何処にも無いのだ。

 「ここなんだよな、ここであってるはずなんだよな、自分は確かにここで」

 自問自答するようなつぶやきを繰り返す、自然と意図せずに涙が出てきた。

 「うううううう」

僕は地面に這いつくばる様に泣いていた。

 泣いている理由さえ僕には思い出せないのに僕はここであの子と一緒に死んだんだ。

 そしてここはあの子と一緒に遊んだ思い出の場所のはずなんだ。

 なのになのに僕はあの子の顔さえ思い出せないその想いはなんのか表現することは難しいが様々な感情が渦潮のようにぐるぐると渦巻いて僕の中を駆け巡る。

 「あなたどうしたの?」 

僕以外居ないはずの場所で声を掛けられた。 予想外の事で動揺を隠せない僕は涙で滲んだ目を声の主に見えない様にこすりながら、声がした方を向いた。

 「大丈夫?」

 僕と同じ年くらいだろうか、中学生ぐらいのあどけなさを残した少女は心配そうにこちらを見ている。

 「あ、えっと」

突然現れた少女を直視して言葉を失う、だって余りにもその子がきれいだったから、特におしゃれな格好をしていた訳ではない、大人の女性の様に化粧をしている訳でも無い。

 肌がとにかくきれいだった。生まれたての赤ちゃんの様な弾力がある頬に、初夏に差し掛かろうと言うのに日焼け跡が無い手足、山の中なのにヒラヒラした赤いワンピースは、夕焼けの様に赤く汚れ一つない。

 そこまで少女をジロジロと見ていた事に気付き目を逸らす。

 「大丈夫?」 

 少女はこちらに近づいて来てそっとハンカチを渡してきた。

 「ハンカチ使う?」

 どうやら少女に自分が泣いていた姿を見られていた様だ。先程とは比較にならないような気恥ずかしさが僕の中に生まれる。

 「大丈夫、大丈夫だから」

 と、その場を一刻も早く去ろうと少女に背を向けて走る様に道路沿いの町に戻る。

 後ろで少女が何か言っている気がするが、振り向かずに一目散に家に戻る。


 家に帰っても手足が震えるようだった。


てな事があってさ、翌日学校の友達のともきにこの話をしていると、勿論泣いていた事は秘密だ。

 「夢でもみたんじゃ無いのか」

 友絆ともきはスマホのゲームをしながら大して興味なさそうに僕の話を聞いている。

 「だっておかしいだろ、前に一度お前がどうしてもって言うから行ったあそこだろ?」

 ゲームから目を離してともきはコチラを向いて諭すように話す。

 「お前に言われてクラスのみんなで行った場所はなんも無かっただろう。」

 「変な怪物に襲われったって言ってた場所の辺りをみんなで探したけど、倒木の一本も無かったし、またこんな話しても嘘つきあさひとか言われるだけだぜ」

 僕はクラスメイト十数人を引き連れてあの森に入った事がある。

 正直一人で行くのが怖くてみんなを騙して連れ出したのだ。


 正直なにも無かった時のあの時のみんなの顔の方がずっとずっと怖かった。

 未だに嘘つきあさひと呼ばれている。


 ともきにその話をしているとよく僕をからかってくる夏菜なつなが、新しいおもちゃでも買って貰った子供の様に嬉しそうに近づいてくる。

 「あさひがまたウソついてるの?今度は何星人が攻めて来たのかな?」

 「ウソばっか付いてると友達いなくなっちゃうよって、ごめん、ごめん友達いないか」

 「うるせえよ星人じゃねえし、それに友達いるし」

 ともき、このタイミングで目を逸らして、えっ誰の事って雰囲気がだすの辞めろ。

 「ともき君って嘘つきあさひの友達だったの?」

  不思議そうになつながともきに話し掛ける。ともきは「ん。」と首を傾げる。

 「裏切り者ーーー」

 僕は教室から飛び出そうとする所を先生に捕まってしまった。若い桜先生はみんなから桜ちゃんと呼ばれているが、名前ほど可愛らしい感じは無くどちらかと言うと

 僕の首根っこを捕まえている様にどちらかというと怖い先生のタイプだろう

 「いいから席に着けホームルーム始めるぞ」 桜ちゃんに無理やり逃走を阻まれた僕は仕方なく自分の席に戻った。

 桜先生はそれでもみんなから桜ちゃんと呼ばれて慕われていた。素っ気ない態度に見えるが何故なのか一人一人の生徒に真剣に向き合う姿に中学生の僕らはみんな桜ちゃんが大好きだった。桜ちゃんって言うと怒られるけど、噂では家族仲が悪く離婚寸前の家庭を助けたとか、自殺しようとした少女を救ったとか、暴走族を一人で壊滅させたとか、色んな噂が一時飛びかった為に、PTAからクレームが来て、ペコペコと頭を下げる教頭先生の横で「事実無根です」と一言で黙らせたとか。 とにかく頼りになるかっこいい大人な女性という事で、男女ともに人気が高い先生なのだ。


 「えーという訳で今日からみんなと一緒に学ぶ事になった子を紹介します」

 どういう訳なのだろう何も話を聞いていなかったので、わからないが転校生なんて初めての事にクラスがざわめきだす。

 その子が入って来てざわめきが静まり帰った。普通の女の子ならざわめきが少しづつ静かになるだろうし、美人ならざわめきが歓声に変わるだろう。


 静まり帰った生徒達の前を彼女の小さな足音が後ろの席の僕にまで聞こえてくる。

 ドクンと心臓が捕まれた様な感覚に襲われる。間違いない昨日森で見た少女だ。

 同じセーラー服を着ている女子生徒を毎日見ているのに彼女からみんな目が離せなかった。文字通り釘付けにされたのだ。


 彼女は黒板にきれいな文字を並べる。

春香 夕 と書かれた。

 「春香はるか ゆうです 」

 少女が周りを一瞥する。

 「えっそれだけ?」

 桜先生が声を掛けると少女はコクリと頷いた。先生はクラスで唯一隣の居ない僕の席に彼女を座らせた。

 あさひの嘘つき事件のすこし前から、なぜか僕の隣の席は空席だったのだ。

 「あの昨日」

 と僕が言いかけると彼女ははっきりと言った。 

「はじめまして、春香ですよろしくね」

 その言葉に思わず、僕は口が出る。

 「昨日森で会ったよね、僕たち」

 少女は不思議そうな顔をした。

周りからはまた嘘つきあさひの嘘つきが出たぞとはやし立てられた。

 「そいつと話してると嘘つきが移るよ」

 「嘘つきのとなりだなんてかわいそう」

 一同に僕の事を罵る声が聞こえてくる。

 ひときわ大きな声は夏菜の声だ。

しまった余計な事言ったと俯いてしまう。

 「嘘つきは移らないから大丈夫だよ」

 「ところであなたの名前を教えて」

 まただ、彼女の声は大きくは無いが透き通っているのだ、凄く響いて聞き取りやすい。スッと野次が止まったのだ、先生だってこんな事は出来ないだろう。

秋津あきつだよ、よろしく」

 だけどみんなから注目されているので、素っ気なく返してしまう。

 「あきつ、どんな漢字を書くの教えてよ、それに下の名前はなんて言うの」

 「え、なんで」

なんでこの子はそんな事を知りたいのだろう。いきなりフルネームを聞くのはまああるかもしれないけど、漢字まで聞くのは変だ。

 「私は黒板で書いたわ」

 だから変じゃないでしょと言いそうな顔をしているが、うーん初めてかもしれないけど

 「秋津あきつ あさひ、春夏秋冬の秋に津波の津で秋津、旭は漢数字の九の隣が日曜日の日だよ」

 上手く説明出来たと思う。

 「そう、私は春香はるかゆう、春に香るで春香、夕は夕方の夕」

 握手を求める様に手を出された。クラスメイトの視線などこの子はなんとも思っていないのかもしれない。

 そうなるとこの握手を避ける事は敗北を意味するのだ。そうこんな握手なんて握手なんて、なんともないはずなんだ。

 差し出したその手を握ると彼女は笑顔で

 「よろしくね秋津くん」

 「こぉちらきょそ」

 彼女の声とは対照的に酷く上付いて噛み噛みの声を出すのが精一杯だった。

 周りからは茶化す様な声が聞こえるが、全く頭には、入って来なかった。

 夏菜なつなの響く様な声だけが、耳に残っていた。


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