異世界転移 3
体が痛みの熱さにおかしくなったのか、それとも自分が痛みの熱量に耐えられなくなり神経が鈍ってきたのかは分からない。
不思議なものだ。
意識はそこにあるのに、苦しくて息もままならないのに、体の感覚が感じ取りにくいのに、思考も鈍くなっているのに……嫌に生きていると感じさせられる。
先ほどまで感じていた体を縛っている鎖の冷たさも重量もあまりよく分からなくなってきた。
胴体には色んな機器が取り付けられ、その結果が流れ込んできている大きな液晶と睨めっこを繰り返す白衣の女性はブツブツと小言を言っているようだが、もう自分の耳には届かない。
—————あぁ、ようやく死ねる……かな?
走馬燈が襲ってこない死はやけに遅く感じる。
自分では少しずつのようにしか感じない死のカウントダウンは、きっともうすでに目の前に迫っているのだろう。
—————おい親友。異世界はマジでロクでもねぇ場所だったぞ、ここまで来ると目が覚めなくてよかったかもな
何故か不意に笑いがこみ上げてきた。
高笑いをする力も残っていないが、それでも微かに声が出た。
あまりの痛さに片言になったが
上手く行くと思うなよ
確かにそう言ってやった。
どうやって失敗させようとは考えてもないし、出来るとも思っていない。
ただ、この世界にはあり得ない〝言葉の力〟を呟いて天音の体には大量の魔力が収束されていった……
「ふぅー、ようやくだよー」
汗なんて微塵もかいてないが、やり切ったことを体で表現し実験体のほうを見た。
上手く行けばこの国の魔力の源である精霊を呼び出し、取り込むことが出来る実験。
これが成功すれば魔人族から上の存在……神をも恐れる魔神の力を出に入れることができるのだ。
今までは死んだ人間でやっていた故に魔力同士が引き合わさることはなかったが、今回は生きている上にその体の部位をちぎり取った。
更に言えば魔人である自らの魔力に反応させるためにちぎり取った部位の口をそれで塞いだ。
「これで私が魔人を超えて、地上で最強になって、好きなことをしまくれるんだ!!」
全くもって理解が追い付かないのは、思考回路が妄想でしか考えられていないからだ。
魔人族にとっては魔力が全ての力を底上げする、それに加えて神々が地上を抑制するために自信の力で生み出した精霊とまでくれば一つの種族だけではなくこの世界に存在する全ての種族の頂点に立つことは間違いないのは馬鹿でも分かる。
「あ……あぁ?—————————きたぁ?きたぁ!?きたぁ!!!」
天音の体は光包まれ、欠損した体の部位が魔人の魔力と混ざり合いながら再構築されていくのが目に見えて分かった。
「きたぁ…………けどさ」
言葉が止まり、サシャの瞳はある部分に釘付けにされていた。
それは長年の研究の末に導き出した答えを覆された研究者としての誤りを目の前で正されている屈辱からきているのだろう。
「なんで君は魔力を〝放出〟しているのかな……?」
それは神秘的なものだと、人間であれば誰でも思うだろう。
薄紫の濁った魔力とその内側から溢れ出るように放出されている強大な魔力にはそれだけの魅力がある。
だが、人間であればの話。
人間を召喚し死体を弄り回して研究し尽くし、更に言えば完全に自分らよりも下に見ていた存在が
「嘘……でしょ?」
自分よりも遥か高みの存在に昇華していくことに。
「精霊が降りてる?」
無かった手足は完全に再生されている。否、魔力で元の状態に再構築されている。
『……少し黙れ小娘。今はお前に構っていられるほど余裕がない』
天音の声が誰かに被さっているような二重音声。
それが二人だけの空間に重々しく響くと、天音だったそれは上体を縛っている鎖を魔力の放出で粉々に吹き飛ばす。
『ようやく適合するやつが来たか……、ということは他のもそうなるな』
「な、何を」
『感謝するぞ魔人の女、お前らのおかげで良い人柱を手に入れることが出来た』
サシャを見ることなく話し始める天音であったその何かは鎖の破片を無造作に手にした。
すると、その鎖の破片は一本の剣に変化した。
『だが少しばかり我が強い……この体には死んでもらうか』
黒く輝く一本の剣を心臓に向けてゆっくりと差し込む。
体の血管が浮き上がり口や目の隙間、人間の体の穴という穴から大量の血が噴き出し、見る見るうちに天音の足元には血が溜まっていく。もちろん普通ならば死んでいるが、これが異世界だと言わんばかりに超常現象を起こしていく。
体の色素が薄くなっていき、肌は白くなり髪もクリーム色から雪のように真っ白になる。
顔のつくりは天音本人のものだがその他の全てが造り替えられていった。
『……まだ意志は残るか、人間……とにかく半分以上はもう私のものか』
「ちょっと!!私の話し聞いてる!?」
『ん?』
目の前に迫る魔力の塊を無防備にも直撃。
研究所であるこの一室が揺れた……だが——————
『私の魔力で何を喚くか……本当に目障りだな』
攻撃が直撃した本人は掠り傷すらもおってはいない。
むしろ更に魔力量が増加していってる様子で、放出される魔力が鮮やかな紫に輝き出した。
『返して貰うぞ。それは私の力だ』
「私って……ここの精霊は魔人族である私たちが大昔に殺して吸収したはず……」
『あぁ、私は殺されたな。もう千年以上も前のことだ、それほどの時があれば現世に蘇ることなど造作もないな。神に愛され、忠誠を誓い、創られた存在の我々——————精霊王ならな』
天に向け手のひらを伸ばす。
淡く輝く魔力が月に被さり巨大な魔法陣を描き始める。
『私の名は精霊王クレヴァ、全ての魔を掌る者よ』
その夜——————魔人族の領地は世界の地図から消滅した。




