異世界転移 2
ふと香ったのはヤニの匂い。
鼻元を掠め、目が覚めた。
「……起きたぁ!」
耳元で響く叫び声に体がビクっと反応し、体を起き上がらせる。
「あぁ、そんなに怯えなくてもいいよ」
荒い鼻息で迫る白衣をきた女性に素で引いてしまう天音だったが、それ以外では何も恐れることはなかった。
例え相手が人間ではないにしろ異世界に来て二次創作的な内容ではいかないことを知ってしまった今の感性では正直なところ「もうどうにでもなれ」という諦めがはやった。
「で、生きてる人間で実験するんだっけ?」
「おろ?案外冷静だねー、意識のある人間は初めて見たけどみんなこんな感じ?」
「いや。たぶんそれぞれだと思う、基本的には泣きわめくか騒ぎ立てるかのどれかじゃね?俺がおかしいだけと思ってくれ」
「ふーん」
白衣に入っていたのか葉巻を取り出し指を鳴らし火をつける。
一回の吸い込みで半分ほど、一回の吐く時間は数分で妙な間が開いた。
「臭い……」
「へぇ、これは臭いんだ——————嗅覚はそれほどでもないのね」
(もうすでに研究は始まってんのか……それなら)
異世界という夢の世界に来てから早々に離脱していったクラスメイトたちの後を追いたい気持ちと、どうせ死ぬならこの世界に人間の情報なんかやるかよという少しの反逆心を持ちながら
「それは何を巻いてんだ?流石に臭すぎるだろ」
「〝人間の体〟」
「へぇ」
物凄く淡泊な返答に少しだけ憤りを感じたのか、表情が強張った女性はトテトテと歩いて近づいてこちらを見上げた。
「うーん、なんだか普通の反応でつまんなーい」
ちらりと額に見えたのは角だった。
確実に人間ではないと分かった瞬間に、更に心が澄んでいった。
死にたい
いなくなりたい
痛い思いをしたくない
血を流して死にたくない
一瞬で消えたい
心の中では〝生きたい〟という気持ちが微塵もなかった。
「つまらなくていいよ。いいからしたいことをしろよ、俺は別に何も教えることはないけどお前らの知りたいことは生きている人間から知ることができるんだろ?」
「む。人間って全員君みたいな感じなの?」
「さぁな、俺は友達が一人しかいなかったから知らん。予想と違って悪かったな」
「まぁいいや」
ジロジロと体を観察し始めると少し首を傾げると天音の両腕と両足を見て頷いた。
「とりあえずなんだけど、足と腕はいらないね」
急に雰囲気が変わり両腕を軽く引かれた——————その瞬間に両腕は引きちぎれた
「え?」
痛みも感じる間もなく視界がガクッと下がり、自分の身長よりも低かった目の前の女性も見上げていた。
「うん、これでいいね」
加えていた火のついた葉巻を握りつぶすと首を掴まれて持ち上げられる。
だが、天音はそれどころではなかった。
一瞬の出来事を認識してしまった途端に、体中が痛みを越して熱さを感じた。
まるでバーナーで肉を炙られているような感覚が襲い、痛みは声を出すのすらも億劫に感じられるほどだ。
「さぁ、これから実験開始だよ」
◆
何百と人が出入りすることの出来そうな豪華な広間。
そこには外が見渡せる大きなガラス。
そのガラスから外を眺める一人の男がいた。
まるで血のように真っ赤なワインを片手に回し、椅子に肘をかけユラユラと前後に揺れながら何かを待っている様子だ。
「サシャは無事だろうか……」
「ご心配なさらずとも、研究を熱心にやられております。私の【視界】では捕らえた人間の四肢を吹き飛ばしたところで終わっていますが」
背後から真っ白なタオルを片手にワイン瓶の注ぎ口を塞ぐ若い男性の執事。
「……あの人間は、何か危険な香りがした」
「そうですか?私が視たところではそうでもありませんでしたよ?簡単に四肢を吹き飛ばされ、研究室へと運ばれて行きました。今頃は胴体当たりを鎖で縛り大量の魔力を吸収させている実験をしているかと」
「うーん」
ため息交じりに返事を返しワインを一気に呷るが、どこか納得がいかない様子の男に執事は
「そこまで心配なら行けばいいでしょう。ヴァラナ様はサシャ様のお兄様なのですから、会いに行けば喜ぶでしょう。それに私らが人間如きに負けるわけないでしょう」
そんなことは分かっていると言わんばかりに無言でグラスを執事に向けると、静かにワインを注いてくれる。
「前にサシャが言っていた……人間は魔力を吸収する特性があると」
「はぁ……」
「それがどうにも気にかかる。ここの辺りには魔力はあまり存在しないことはお前も知っているだろう?」
「もちろん。私たちの体にも吸収されていきますので辺りにはほんの僅かな……残りカスともいえないほどの量しか存在しません」
「それだとしてもだ。残りカスしかないはずのこの国で、我々が感知できるほどの魔力が人間には吸収できていたという事実が俺の疑念を払拭出来ないでいる」
それから数分後、魔力を手に入れ神をも恐れない鬼の成れの果て————魔人族は地図から消滅した。




