運命少年と創造少女
初短編です
「ようこそ、死後の世界へ」
「ああ、はい」
やはりと言うのか、僕は死んだらしい。
勢いよく突っ込んできた車体と衝突して、身体が宙を舞ったところまでは覚えている。この時点で無傷な服と体という現実に矛盾が生じていたが、死んだというなら納得できる。白装束とか、お駄賃とか持っていないが、大丈夫だろうか。
「大丈夫ですよ。今回は特例中の特例で、何処か他の星ではなく、そのまま地球で生き返ってもらいます」
「そうですか、……ありがとうございます」
僕はというと、異世界チートハーレムに興味が無かったと言えばーー嘘になる。しかし、地球に未練がないかと問われれば、これもまた嘘になるわけで、なんか中途半端な態度をとってしまった。
女神ということにしておこうはその後、特例を認められた理由を話していく。纏めるとこんな感じだ。
悪魔の悪戯で、地球の未来を大きく前進させる少女を失うところだったと。それを助けたのが俺で、本来なら異世界に転移されるはずだったが、僕の死が相当件の少女に重くのしかかった。それでは停滞どころか、悪い変化を及ぼす害悪になるそうで、特例中の特例だそうだ。
意外と長くなってしまったが、少なくとも十分の一に縮めた。もっとも、理解できない神様理論を全て省いただけだが。
「それでは、病院のベッドの上で目を覚ますと思います」
「分かりました」
「よろしくお願いします」
そうそう、すっかり忘れるところだった。そもそも生き返らせるだけなら、僕は神様と会う必要はなかった。とすれば理由は当然あるわけで、悪魔から少女を守れとのお達しだ。
そんな大事な理由をと思うだろうが、長ったらしい理論と混ぜて話す女神神も悪い。
「肉体的なステータスをある程度上げています。それに特殊な力も少し発現させてありますので」
僕は自分の胸が高鳴るのを感じた。
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「ううっ、あー。えっと、朝倉可憐か?」
「うわ~ん。よがっだびょー」
朝倉可憐、彼女がこの世界を救う救世主らしい。
どう救うのかは女神さまから教えて貰っていないし、可憐自身からも聞くなとの忠告を受けている。
同時に俺が命を懸けて?
死んではいないが、守った少女だ。愛着というものが湧いてくる。
泣きつく可憐の頭を優しく撫でながら、俺は……扉の方をじっと見つめていた。夢だと思うのは、これを防いでからでも遅くはないだろう。
ピンポーン。
運命の音が鳴る。
「薬の取り換えに来ました」
「ばい。どうじょ」
「目を覚ましらしたんですね」
看護師が入室してきた。暖かい目を向ける。
悪魔の仕業であって、彼女の意志ではないことは重々承知だ。しかし、看護師の笑みが俺の目には異様な姿として映ってします。
そのまま看護師は注射のタンク?に手を掛けた。医療に詳しくない僕には正しい名称がわからないが、注射する液体が入っている袋だ。
それが今、空になりかけている。
看護婦が取り換えるその前に、僕はその袋を奪い去り、破いた。
仕方なく押し飛ばしてしまった看護婦と可憐は目をぱちくりさせている。しばらく動きを止めていた二人だが、やがて、可憐は俺を心配し、看護婦は医者を呼ぶ……という形でそれぞれ動き始めた。
そして、軽い検査を受けた僕はーー何事もなく退院する。
「破かれた注射液の成分、間違えていたんですって」
「そうなの! ……それは、よかったと言えるのかしら」
僕の耳にそんな会話が飛び込んできた。可憐には聞こえていないらしい。
当然だ。今僕らは病院の外に居るのだから。
僕の腕に抱き着いて、
「ぶつぶつ無茶しちゃダメなんだからね」
と呟いている。
あれは夢じゃなかったようだ。
そして、特殊な力とは十中八九僕と可憐に降り注ぐ危険を察しする力だろう。
刑事事件になりかねない証拠は既に洗濯されてしまっている筈だ。もちろん、責任を追及するつもりもないが……。
病院からすれば、今の僕は恐怖の対象だろう。素直に退散するとしますか。
やれやれ。これからも降りかかるであろう危険にため息を落とす。
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いちど死ぬ前の俺は高校に通っていた。
可憐が同じクラスにいるために退学する理由はなく、ずっと通い続けている。
そして、病院の件から一か月も経たない内に次なる事件がその高校で起きた。
「ちょっと邪魔んだけど」
「ははっ。日奈、酷すぎー。がくがく震えてんじゃん」
「ははっ」
「別にそんなつもりはなかったんだけど」
有体に言えば、可憐は虐められているのだ。
悪魔は可憐の心をじっくりと痛めつけて、自殺に追い込もとしているのだろう。最低な手段だ。多段連弾であるため、病院のようにスパッと解決というわけには残念ながらいかない。僕が下手に手を出せば、可憐への虐めは加速していく一方だろう。
殺すわけにもいかない。
派手に着飾った女子生徒数人に笑われて、可憐の肩はプルプル震えている。
他の生徒は見て見ぬふりをする。
激しい怒りを覚えた。--周囲と僕自身に。
「今日もありがとね。明日は頑張れる気がする」
「何回目だ? 期待している」
「うん、お休み」
時は午後九時半。
事故以降、僕は可憐と携帯番号を交換した。この時間電話で可憐と話すのが毎日の習慣になっている。
曰く、僕の声を聴くと元気が出るそうだ。専ら最近は虐めを振り払えるよう可憐を励ましている。昨日と一昨日と聞き覚えのある覚悟を可憐は繰り返す。風呂に入るからと電話は切られた。
プープーと鳴る受話器を見て思う。
……最低だと。
『僕だけが頼り』
この言葉が特に手出しをせず、今の状況に甘える僕を作っている。それが僕には溜まらなく苦しい。
健康に悪いだろうが、自己嫌悪のままふて寝するのも近頃の俺の日課になっている。
水、木、金と日々は進んで行き、土曜日になった。
「映画見に行きませんか?」
「分かった」
これらは僕が朝起きた時のラインだ。
上が朝九時に可憐から来たもので、下記が十時に送った俺の返答である。
「では、午後四時半からのでいいですか?」
「今日かよ。急だな。明日とかでもいいんじゃないか?」
「いいじゃないですか。それとも用事とかあります?」
「大丈夫だ。分かった四時に駅前集合な」
敬礼する可愛い少女のスタンプが返ってくる。
同じポーズを可憐がとっているのを想像して、笑ってしまった。高校は相変わらず……だから気分転換でもしたいのだろう。
俺は身だしなみを整えて、その時を待つ。
「可憐!」
「あ、同じ電車なんて奇遇だね。それも一つ前だし」
俺は可憐の背中に声を飛ばす。
ずんずんと進んでいた可憐だったが、俺の声が届いたようで、列を外れて俺の元まで走ってくる。
「ああ。先に待っていようと思ってな」
「気を使ってくれたんだ嬉しい。
気を使って……か。そうだな、何事もなく合流出来てよかった。
電車内で事故に巻き込まれたら、同じ電車に乗ってない限りどうしようもないし。
「実は私も燥いじゃって。気が合うのかもね」
「そうだな」
嬉しそうで何よりだ。この笑顔を守れるならなんだってできる。
僕は張り続けていた気が霧散するのを感じた。
その後、ゆっくり向かった映画館で一時間半のラブロマンスを堪能する。
「楽しくなかった?」
「何で?」
映画を鑑賞した僕と可憐は、その足で近くのファミリーレストランに向かった。
映画の感想を言い合っていた僕たちだったが、可憐が急に聞いてくる。
もっと話を盛り上がげるものなのだろうか。今まで異性と二人で映画に行ったことのない僕は何処がおかしかったかと思案しながら、頭を傾げた
「ずっとソワソワしてたし」
「恥ずかしかったから」
「…………私も」
「そうか」
いつも通り僕は適当に思いついた理由付けをする。
すると、可憐の顔がボワッと赤くなった。空になったお皿の上に乗っけるよるように小声を落とす。
僕は返事だけすると、まだ残っている料理に手を付ける。逃げるようにして、可憐も料理を食べ始めた。
「今日はとても楽しかったですね」
「ああ」
食事を終えた僕たちは駅に向かう。
辺りはすっかり暗くなっている。可憐は僕の腕にしがみ付いて、ぶるぶる震えていた。寒さと恐怖がそうさせているのだろう。
ほどよく育った胸の感触は僕の顔を赤らめているだろうか。
僕らは普段なら避けて通るような裏道を歩いている。
僕がそのように先導しているからだ。本当なら僕一人だけがベストなんだが、可憐を置いていくわけには行かない。
それに何故か何かを期待するような眼差しを可憐は向けてくる。
不安に駆られる静寂を遠くから粕かに聞こえる声が壊した。だからといって、僕の心は暖まるどころか急激に冷えていったが。春の夜よりも冷たいかもしれない。
必死に助けを求める高音と耳障りのするゲス声が僕の鼓膜を揺らしたのだ。
……見たところ、可憐も同じ気持ちらしい。聞き覚えのある声だからな。
可憐は僕を置き去りにするかの勢いで、声のする方に走っていく。
というか、完全に僕の腕を離している。
「やめて。はなして」
「おい口と足を抑えろ。一発やればおとなしくなる」
高校で可憐にちょっかいを出していた女子グループの一人だ。
それが四人の不良グループに取り囲まれている。両手を拘束され、口を押えられ、服を脱がされそうになっている時に僕と可憐はその場に合流した。
やっぱり。間接的にも僕の能力は働くらしい。
「何してるの?」
「ふふううっ」
「何だてめー、よく見たら可愛いじゃないか」
「こいつもやっちまおうぜ」
思わぬ成果を拾えた。
可憐が震えながらも前に出て、不良共に物申したのだ。それほどの勇気があれば、虐めなどいかにも対処できよう。
俺は可憐の勇士を見つめていた。
「暴れんじゃねーぞ」
不良Aが捕まっている女子生徒に刃物をちらつかせる。涙を流しながらその少女は力を抜いた。
足を抑えていた不良B、服を脱がそうとしていた不良Cが吐き気を催す笑みを浮かべて、可憐に近づいていく。可憐は既に限界を迎えていたようで、逃げるでも歯向かうでもなくその場にへたりこんでしまった。
「へへっ。楽勝だぜ」
不良Bが可憐に触ろうとしたーーそれを僕が黙ってみていると思うか。
いや、ない。
俺も可憐に接近し、不良B、Cを殴り飛ばした。
身体能力が上がっていることはもう把握済みだ。地面に顔を埋め、伸びている彼らが早々目を覚ますことはないだろう。
「こいつがどうなってもいいのか?」
「まぁ、そう来るよな」
日奈、下の名前しか記憶にない。が、別に困らないだろう。不良Aは日奈さんの首筋にナイフを当てる。
拘束の約八割を解かれ、声も出せる日奈さんだが、特に抵抗する素振りは見せない。押しつぶされているのだろう。
「手を上げろ」
「ほいよっ」
「おい、くそ」
僕は自然な流れで、右手に掴んでいた土を放り投げた。
不良Aは反射的に目を守る。
僕らの勝利が確定した。
その隙に僕はAに接敵して、アッパー。
Aは背後の壁に衝突してからの、白目を向いて倒れた。
最後に残ったDは日奈を突き飛ばして、逃亡を図る。
可憐と僕の顔を見られて、逃がす訳がない。
「やめてくれ。もう手を出さない」
「それを聞いて安心した」
五メートルもしない地点で追いついた僕は記憶が側頭部を力一杯殴った。
「もう大丈夫だよ」
「怖がっだよー」
二人の所に戻った僕が目にしたのは、可憐が日奈を宥めているというものだった。
可憐は泣きじゃくる日奈を優しく包みながら、服に付いた土を払ってあげている。
二人が落ち着くまで僕は黙って隠れていた。
「戻ったの?」
「助けてくれて、本当にありがとう」
姿を見せた僕に日奈は頭を下げる。
「それに可憐も」
「私は何もできなかったよー。全て当摩君のおかげだから」
「私にとっては可憐も英雄だよ」
「別に、ほんとに違うよ」
「はは、恥ずかしがちゃって」
褒められた可憐は大げさに否定する。首と手をブンブン振った。
その姿を見た日奈は笑う。にっこりとは言えないが、これなら安心だろう。
謙遜することはないのに。同性ならともかく異性にとっては計り知れない勇気のいる行動だと思うが。
「ううん。やっぱりが当摩君いたからだよ」
「そうか。可憐一人でも飛び出していたと思うが」
そんな事態は絶対に避けて見せるがな。
「ううん。私一人だったら多分聞こえないふりをしていたと思う。当摩君がいたから元気が出たの」
「それは良かった」
「当摩君はさ、私のこと毎日電話で時には高校内でも励ましてくれるでしょ。実はね、心配してほしくてずっと虐めを我慢してきたんだ」
「虐められる前から電話もしていたと思うが」
「そうだけど、いつかは疎遠になる気がして。なら、このまま頼り続けようかなんて考えちゃって。嫌な女だよね、……だからもっと確かな繋がりが欲しいの」
「そうか」
笑っちゃうな。僕の行動が可憐の足かせになっていたとは。
元々彼女は世界を前進させるだけの行動力を持った人だから
「私の彼氏になってください」
可憐の顔は何処か怪我をしてしているんじゃないかと思えるくらいに真っ赤になる。
「わかった」
可憐の命令で、僕は可憐と付き合うことになった。
一緒にいられる時間が増大する、悪いことは一つもない。
「お熱いこと悪いけど、なら私と友達にならない、可憐」
「うん、日奈」
可憐と日奈は再度、抱擁を交わす。
「当摩君も」
可憐と離れたと日奈はそう言って、俺に手を差し伸べる。
ーー俺は遂にその手を取ることができなかった。
こんかい日奈を助けられたのは彼女が、僕らが助けに入らなかった未来で、可憐を売るからだ。弱みを握られて、要求はどんどんエスカレートしていく。一人では満足できなくなったのだろう。不良は日奈に別の人物を連れ来いと要求するーーそれが可憐だ。
ここまでが俺が予知したものである。
別に日奈を嫌っている訳じゃない。この未来でそうなる可能性は先程失せた。
しかし、いつ裏切るのか……意識せずにはいられない。
「ああ」
そう返事をしたが、僕が日奈と仲良くすることは可憐を支える以外にないだろう。
「まじ、可愛い」
「そ、そう。今更だけど本当いいの?」
「大丈夫。連絡してあるから。それに今日は可憐と一緒じゃないと怖い」
「もう、今日だけだよ」
「えっ、友達なのに。友達ならお互いの家に泊まるなんて普通じゃ」
「そう、だね」
「よしっ」
僕ら三人は帰宅する。近い順に日奈、可憐の家へと送り届ける予定だったが、日奈が可憐の家に泊まると言い出した。
電車に乗り、親にLINEしていた日奈だったが、色よい返事が返ってきたのだろう。公共の場にも関わらず可憐をすりすりしていた。
可憐も本気で嫌がっている様子ではなかったので、そのままにしておいた。
そして現在、僕は可憐を監視中だ。
僕の能力の一つに、俯瞰視点で可憐の周囲を覗けるというものがある。いや、……断じて覗きではない。危険をできれば未然防ぎたいがための必要な処置だ。
決して俺の花からは赤い液体が出ているなんてことはない。
「それで、ぶっちゃけ当摩のどこに惚れたの?」
「それはね……」
聞いてはいけない気がする。
脳内に残り続ける危険信号が回線を閉ざした。真っ暗になった僕の視界。
「お兄ちゃん最近可笑しいよ」
「大丈夫だ」
妹に注意されたからということにして、忘れよう。意識は久しぶりに深く沈み込む。
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その後数週、間自画自賛に過ぎないが、僕はしっかり任務をこなせていると思う。
電車事故や強盗……etcを未然に防いできた。さらに可憐の交友関係にもばっちり目を配っている。今もわいわいがやがや五人の友達と遊んでいる。
そんな楽しそうな視界が特殊な力を通して、僕の目に映っている。
ーー視界がブチっと切れる。それは一瞬で、すぐさまもとの平和な光景に戻った。
しかし、僕は視界を切り替える。脅威に対処するためだ。可憐ではなく、……僕自身の。
「妹か?」
「この体は貴様の妹のものか?」
「そうだよな、妹じゃないことは分かっている。できれば正体を言ってくれ」
ノンフィクションのこの世界で、宙に浮く妹の存在を僕は知らない。
実は僕の妹が浮遊をマスターしていたとしても、少なくとも貴様と呼ばれたことは無い。僕をお兄ちゃんと慕ってくれる大事な家族だ。
「貴様が悪魔だと思っているものだよ」
「なるほど、親玉ってわけか」
「本当に貴様はよくやってくれたよ」
「それはどうも。結構頑張ったからな」
「その通りだ。おめでとう。……これでこの世界は終わりだ」
この時、事態が急変した。
今の僕が未来を知る者ならば、この出来事をそう記すだろう。だけど、今の僕は未来なんて分からない。
なぜ逃げなかったのか、悔やみが後々頭を埋め尽くすとも知らずに。
少なくともこんな馬鹿げたことを考える位には俺の頭は悪魔の言葉に否定的だった。だが、興味一心で耳を傾けた。
「何を言ってるんだ?」
「君は可憐に執着しすぎだと思ったことは無いのか?」
「特には」
「何故、君は今まであ奴を支援してきたんだ?」
あ奴とは間違いなく可憐を指してしるのだろう。
「そりゃ、女神さまにお願いされたからだろ」
「たった自称神に言われただけで、すんなりとしかもあそこまで深く守れるものなのか?」
「そりゃ、生き返らせてくれたからな」
女神さまに救って貰わなければ、俺はどう過ごしているかとんと検討がつかない。
可憐を守れというのなら、この命は可憐の為に使うべきだ。
「どちらも滑稽よの。与えられた命令をこなす人形だというのに」
「何を言っているんだ?」
「よく聞け、人形よ。貴様はあ奴に作られた存在だ」
それに続いて、妹の口から発せられる話は異世界転生よりも信じられないものだった。
将来、可憐はアナザーワールドという技術を発明する。その名の通りに地球を軸にした全く別の世界だ。軸にした全く別の世界、何だがよくわからないが、そういうことらしい。
そのアナザーワールドには魔術と呼ばれる超自然的な力が存在して、医療、人口爆破、災害のダメージは限りなくゼロに近づいた。
「貴様は他ならぬ可憐によって錬成された魔法人形だ」
ちなみに僕を生き返らせてくれた女神さまも可憐に作られた人形で、命令通りの行動に過ぎないそうだ。回復魔法を行使したらしい。
「それにより、貴様の体は半分魔法人形となった。貴様に下された命令は主、可憐を裏切るなと可憐を守れである。人形ゆえにただ命令をこなすのみ。飯もいらず、睡眠もいらない」
--そう言えば、俺がちゃんとした睡眠を取ったのって、生き返って以降、一度だけだったよな。盲目的に信じすぎたと言われれば、……否定できない。
あれ?あれ?あれ?あれ?あれ?
「貴様に罪はない。命令を疑うなど必要ないどころかあってはならないものだ。普段、我々は人間に手出しをすることはない。災害も人の心も自然の中で生み出される。だが、貴様は半分意志を持たない人形体である。それを作った者は他ならぬ人間だが、一考の余地はある。故に我々は貴様に特例を与えることにした」
「また、特例か」
早くしてくれ。
自分がわからなくなった僕はやけっぱちになって、話を促した。
「殊勝な心掛けだ。導く者、可憐は貴様の死と孤独により、新しい世界を求めた。だが、今は好意を寄せる貴様がいる、笑いあえる仲間がいる。そんな今を捨てて、他の世界に逃げることがあろうか」
「つまり、俺が死ねばいいわけか」
なるほど。
今のまま行くと、アナザーワールドが作られないというわけだ。
「もう遅い。既に貴様が死により疲弊した可憐を支える友がいる。貴様の死一つで道は開かれない。また人間に干渉できない我々はその周囲を殺すことはできない」
「俺を殺すのは絶対条件なんだろ。いいのか?」
「運命論では貴様は既に死んでいる。問題ない」
くそ、何だよ。最近の定番は死ぬ運命じゃなくて、からの異世界転生だろ。可憐様の覚醒を手助けすることが僕の運命なようだ。生きてはいけない世界らしい。
「つまり、可憐を孤独にした状態で俺に死ねと」
「肯定する」
そして、どうも最悪な手段を取らなければならなくなった。
ーーしかし、それが全て本当ならばだ。
「神様とでも言っておこうか。お前の理論は可笑しいよ」
「貴様のその意志を砕くことができるならば、やぶさかではない」
「その理論には二点穴がある」
「話してみよ」
「まずはそのアナザーワールドがなくなれば、過去に戻って回復魔法が使えない。僕は自動車事故で死亡するはずだ。そして、二つ目。お前は人の意志に関われないとか言いてるけど、ばっちり関わってんじゃんかよ。一体いくつの事故を防いだと思っているんだ」
そう、奴の理論は矛盾点がある。
アナザーワールドが消えれば、俺が生き続けられる方法はない。この時点で、パラドクスが生じる。更に僕はこれまでに他人を巻き込んだ事件にもいくつか遭遇してきた。そもそも初っ端の病院しかり、絶対に犯人がいる訳で、そいつは意志を捻じ曲げられているからだ。
「判りやすいように二つ目の理由から説明してやろう。そもそもあの事件の数々は我々の所業ではない。貴様が女神と崇めている人形の仕業だ。貴様への言葉を信じさせるため、創造主の命令を果たすための行動である。貴様と違ってあ奴は完全なる魔法人形。人の意志を改変するなど容易い。一つ目と関わってくるが、アナザーワールドの消滅により、彼女はこの世から消え去った」
「マジか?」
「よって我々が貴様と接触できるようになったのだ。貴様が無事なのは単に我々の恩恵に過ぎない。貴様から魔法人形の力が失われれば、今すぐに貴様の体は限界を迎えるであろう」
ふざけるな!
女神が黒幕とかどんな話だよ。
「なら聞いてみるがよい。貴様に創造主の夢を聞くことは命令で禁止さえていない。消え去ったあ奴との約束などなんの効力もない」
そう言って妹は僕にLINEを開いたスマホを手渡してくる。
「幼い頃の夢は何だった?」
唐突感は否めないが、意外にも返信は早かった。
「デートしてくれたら教えてくれる」
アニメキャラクターが可愛くお願いするスタンプも付随していた。
俺も知っているアニメ。だけど今は、ーー苛立ちしか起きなかった。
「今すぐ……おいっ」
「愚策である」
今すぐに教えてくれと打っていたスマホが妹に奪われる。
ピピっと短い音を鳴らした僕の携帯は妹の手により、電源を切られた。消す前に何かを打ち込んでいたが、ほぼ間違いなく了承の胸を伝える言葉だろう。
苛立ちは募る一方だ。……これから詳細な予定を決めなきゃいけない携帯は壊すことができない。別の何かも妹の体を乗っ取っているから手出しできない。
あれ?あれ?あれ?あれ?
案外、僕は冷静だ。プラスと捉えるか、人形には苛立つなんて感情必要ないか、マイナスに考えるか。
--僕は後者だった。
家を飛び出して、走りまわる。
前もより疲れていることを自分自身に誤魔化して、家に戻る。汗を流してストレスを発散した僕は破壊衝動を何とか抑えることに成功した。
「その時まで待つ」
「……ってか、妹の体を普通に乗っ取ってんじゃん」
「規則に例外は付き物だ。だが、多くの誓約は必要だ」
「ほお」
「代表的な一つが、本人に乗っ取りの意志を貰うことである」
「何だそれ。俺の妹最高じゃないか」
「あれ、お兄ちゃんどうしたの?
それよりもーー大変なことに巻き込まれているらしいけど、優しくてカッコイイ舞のお兄ちゃんなら何とかなるよ」
意識が戻った妹は俺を励ましてくる。
大変なことしか理解していないらしいが、逆に有難い。
「舞。お兄ちゃん、泣いていいか?」
「うん。泣けるならね」
「酷いな、舞は」
しっかり俺の体が異常化していることに気付いていたらしい。
家族とはそら恐ろしいものだ。
「どうやお兄ちゃんは死んでいるようだ」
「そうなの?」
「驚かないんだな」
平然としている妹に逆に俺が驚いてしまった。
家を留守にしている両親が死んだとの電話が入れば、気絶する恐れがあるんだが。
「うん。お兄ちゃん諦めてる顔をしていないから」
「ああ。実は可能性が一つある」
判っちゃうか。なんとも頼りがいのある妹だ。
「最近気にしてる女の子?」
「鋭いな。それで……試したいことがあるんだが、抱きしめてもいいか?」
「よしよししてあげる」
なんとも兄思いの妹だ。
頭を撫でる小さくも暖かい手と頬を伝う涙が心強かった。
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デートの予定日は今週の日曜日となった。
無機質な日々を終えて、その日曜日が遂にくる。
「ごめん、待った?」
「いいや、今来たとこ?」
話を信じるならば、可憐が襲われる心配はない。
僕は二つ前の電車で到着していた、始発である。
「今日は一日デートだから、いろいろ回れるね」
「ああ」
「じゃあ、まずは……食事かな」
ググーと鳴る僕のお腹。
残念ながらご飯を食べている時間はなかったのだ。
「いいのか?」
「うん。……やっぱり先に来てくれるって嬉しいから」
そんなもんか。
「おいしかったね」
「しかも安いしな」
腹を満たした俺たちはショッピングモールに向かう。
「これ可愛いー」
「そうだな。これなんかもどうだ?」
「……うん。いいと思う」
可憐の表情に影が落ちた。
「恥ずかしいけど……私、小さい頃からずっと別の世界を探しててね。何だろ、本当の意味でリアルは諦めてたって感じかな」
「そうか」
「でも、今は楽しい。親友の日奈や他の友達もそして、……恋人の当摩君もいるからこの世界が凄く楽しくて、別の世界なんて考えられない」
「それは確かに恥ずかしいかもね。でも、何で今言ったんだ?」
「デートに集中してほしいから」
にっこり微笑む可憐。すぐに走り去っていった。
作戦を決行するには十分すぎる位に筋が通っている。
僕と可憐はデートを続ける。
服を選び、カフェに入り、二人だけの時間を十分に味わった。
そして目的である花火の会場へと足を運ぶ。
「楽しみだね、花火」
「ここら辺でいいか?」
「うん」
僕たちは良く見えそうな穴場スポットに腰を降ろした。
相当楽しみだったらしく可憐ははしゃいでいたが、
「じゃあ、僕が場所取りしてくるから屋台でも見て来いよ」
この言葉が気に障ったらしい。
動きを止めて、薄目で近づき、僕の耳に甘い息を吹きかける。
「やだ。少しでも長く一緒にいたいから」
「そうか。だが、場所とられるかも」
「なら諦める」
決断は数秒もかからなかった。
「どっちを?」
「場所。立ってみても奇麗だし。……手を繋ぎながら」
あと腐れなく可憐は言い切った。
後半は常人なら聞こえない声量だろう。しかし、僕にはばっちり届いていて、可憐の手を掴んで立ち上がった。
「こっちの方がいい」
一度手を開き、恋人つなぎになった手に暖かい感触が広い。単に接触面積が増えただけじゃなく、恋人にしかしないという特別ブランドが僕の心拍数が上昇するのを感じた。
やっぱりあったな、心臓。
距離が近くなったのか、可憐の香りに鼻孔をくすぐる。
「そうだな」
一時間半に渡る花火を満喫した。
周囲はカップルだらけ。悶々とした空気を吸い込み続ける。
「ねぇ、キスしよ」
言わずもがな側にいる可憐も同じで、目を瞑って唇を突き出してきた。斜め上を向き、少し背伸びしている可憐を見ると、愛らしさがこみ上げて来るーー事実だ。
だけど、可憐の肩を引き剥がした――これもまた僕の正直な気持ちである。
「えっ、どうしたの?」
目をぎょっと開けている。
明確な拒絶に頭が追い付いていないだろう。
「ごめん。今の僕では君とキスはできない」
「何で?」
「実は僕の心は半分作られたものなんだ。君への気持ちが正しいと断言できないから」
「ふざけないで!」
述べられる事情は到底信じられるものではない。
頬を叩き、去っていく可憐を誰が責められようか……。
許可しない。他の誰でもない僕の意志だからだ。
「待ってくれ」
「何よ」
少し走った僕は泣きじゃくる可憐と顔を合わせる。
「今の僕はいわば欠陥品だ。でも、君なら本当の僕と出会える。信じてくれ」
「ならキスはいいから、耳元で大好きって言って。それで信じてあげる」
僕は向こう側にいる可憐の元に向かうべく、道路を横切った。
耳元に顔を近づけて……
「夜風が心地いいですね。好きだなんてーーとても言えない」
「馬鹿っ。当摩君何て死んじゃえ」
可憐は僕を突き飛ばした。
動くライトの光が俺の視界を白く染める。
ふわっとした感覚に包まれた。
「なんてことをしてくれたんですか」
「よかった。つまり、アナザーワールドは成功するわけだ」
僕に回復魔法をかけてくれた少女がそこにいた。
「それでも中止させていただきますからね」
「ダメだ」
少女の光始める手を掴んで魔法の発動を阻止する。
「名前が聞きたい。君の名前だ」
「命令に必要のない行為です」
じっと見続ける。
「凛といいます」
「そうか、凛。君はもう頑張らなくていいんだ」
そっと凛を抱きしめた。
「僕を心のある状態で可憐と過ごさせる。恐らくそれが凛への命令だな」
「はい。ですので、当摩様に死なれては困ります」
「大丈夫だ。可能性はある」
「確固たる証拠がありません」
「確かな証拠はないが、僕はさ、可憐に苦労してほしいんだ。折角働いた凛は消える、変化を感じ取った妹は傷つき、心を失った僕は悩み続ける。何も知らずに過ごし続ける可憐が僕は嫌いになるかもしれない。どうせなら必死になって僕を手に入れてほしい。……口に出して思ったが、相当にひん曲がっているな」
今までの可憐も途轍もなく可愛かった。
仕草も匂いも言葉遣いも、もちろん容姿や性格にも全て惹かれていった。
だけど、自分と再び相まみえるためにここまでの努力を惜しまなかった可憐に強く好意を抱いている。僕は尽くしてほしいタイプらしい。
いや、尽くしてほしいし尽くしたいという両刀だな。
つまり、尽くした今の可憐と尽くされた別の可憐、両方合わされば最強ということだ。
「信じられる。必ず僕が完全になれることを。凛や妹も含めた皆が笑える世界を想像してしまったら、今の僕では全然足りない。好きという言葉を聞くのも言うのも今の僕じゃ満足できない」
「そうですかーー信じます」
「分かった」
「ちょうど貴方をひき殺すはずだった運転手が運転する車です」
話はどうやら僕の死に方の話に移ったらしい。
肝心の犯人が変化しない分、やりやすいそうだ。
「死の運命に愛されているからな」
「応援しています」
「これから頑張可憐だけど」
「もし失敗したら、また戻りますからね」
「そん時はまた頑張るさ」
視界が歪み、他の五感まで伝播していく。
ーー車と追突する衝撃を味わった。
辛いぜ、犯罪者は。
犯人だけじゃなく家族にまで目の敵にされる。
正しく孤独道まっしぐらだ。
「信じてるぞ」
最期の声が届いたことを祈るばかりだ。
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It is only naet thing to do.
ー-答えてよ、神様。僕はちゃんと僕を見せられただろうか。
「おはよう、可憐」
「ねぇ、花火を見に行きましょう」
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