91.暗くて狭い検査
「じゃあ彩ちゃん、ちょっとチクっとするよ~」
「いやだ、やだやだ!」
必死の抵抗を試みるも意外に強い看護師さんの力の前では私の抵抗など赤ちゃんのそれと大差ないようにすら感じる。
頑張ってねって春上先生とお母さんに送り出されたのが数分前。
この点滴をして機械の上に寝転んでいたら検査は終わりらしい。つまりは点滴さえ乗り切ってしまえば他はどうってことはない……そう思っていたのに。
まるで目隠しをされた状態で工事現場に放り出されたような感覚。
目の前数センチまで迫る機械の側面と、何の音かも定かではないが工事現場くらいゴンゴンと鳴り響く機械音に何となく得体のしれない恐怖感が付きまとった。
別に痛いところはないし、痛いことをされる様子もない。なのに不安感と焦燥感はだんだん積もっていく……。
それに加えて検査を仕切っている知らない先生の指示で息を止めたり、深呼吸をしたりするのも、緊張している今この場でするにはしんどい。
掌の中にある「何かあったら押してね」と渡されたボタンを押そうか迷ったけれど、それはそれで検査が長引きそうだし、また何か追加で痛いことをされるのはまっぴらだったからやめた。
早く終われ、早く終われ、心の中で呟きながら必死に耐えた。
閉所恐怖症じゃなかったはずなのに、怖い。
「じゃあ点滴抜くからね~」
大体一時間くらいだった検査はようやく終わりを迎えて爆音のする部屋から出た後、点滴を入れられた場所にもう一度座らされた。
検査前と同じ看護師さんに同じように抵抗するけど、それも慣れていると言わんばかりの手つきで抑え込まれ手際よく針を抜かれる。
「彩ちゃん、おかえり。お疲れ様。」
検査室を出るとすぐに聞こえたのは春上先生の声だった。
「狭いしうるさいし、怖かった。」
「そっかそっか、そうだよね。でもちゃんと受けられて偉いね!」
我慢していた分、一度流れた涙は数滴では止まらない。
「せんせ、嫌いっ! 怖くないって、言ったのにぃ……。」
何度も何度も反射的に鼻をすすってしまう。
「ごめんね、でも頑張れたんだから! 彩ちゃんえらい! だからね、ほらゆっくり呼吸して。」
「やっ……!」
呼吸を促されるのは先ほどの検査を思い出させてまた得体のしれない恐怖に襲われる。
「大丈夫、大丈夫。」
先生の手がやさしく背中をさすっていく。
そして半ば過呼吸のようになっていた呼吸がだんだんと平常通りに戻っていった。
「……ちょっと、落ち着いたかな?」
小さくうなずく。
「ごめんね、怖かったね。もう何もしないから、お母さんのところ戻ろうか。」
そのまま手を引かれてお母さんの待つ病室までゆっくり歩いて戻った。
痛くはなくても、怖いことがあるんだ……。
あの感じたことのない、言葉で表すことも難しい不安感はしばらく私の胸の内をもやもやとさせた。
――「緋和のことなんですけど!」
そう俺を呼び止めた彼女に問い返そうと口を開いた時、不意にピッチが音を上げた。
「はい市能川です」
要件は端的に人手が足りないから応援に来てほしいとのことで、緋和ちゃんのことももちろん大事ではあったが呼ばれている以上そちらに行くしかない。
「ごめんね、えっと……」
「木原夏目です。」
「夏目ちゃん、ごめんちょっと行かないといけないからまた今度でいいかな。」
「呼び止めてごめんなさい。」
大丈夫だよ、っと声をかけた後俺は足早にそこから去った。
今度時間を設けて彼女の話を聞こう。




