90.どれが迷惑か
緋和ちゃんが倒れた次の日、俺は朝から緋和ちゃんの様子を見に病室へ向かった。
「緋和ちゃん、おはよう。お熱だけ測れるかな?」
頭が痛むのかこめかみに皺を寄せながら目を開け頷く。
「……あ~これはちょっとつらいね、点滴しようか。」
緋和ちゃんが小さくうなずいたのを見て看護師に用意の指示をする。
体温計が指し示す温度は三十八度五分だった。緋和ちゃんの平熱は大体三十五度後半だからいつもより三度近く体温が高いことになる。これはかなりしんどいはずだ。
点滴などの痛みを伴う医療行為をすんなり受け入れる子はそう多くはない。この潔さも長年の経験からくるものなのだとしたら少し同情してしまう。
「まだ寝てて大丈夫だよ。」
うっすら緋和ちゃんは頷くのを確認して病室を後にした。
少しの音や光でも普段は起きてしまうと聞いたがさすがに熱のしんどさにその敏感さが勝るわけはないだろう。いくら小児の多い病棟と言えど病院だ。そこまでうるさい時はまずない。
早く治るといいけれど……。
彼女の熱が完全に下がったのはそれから三日ほど経った時だった。
「うん三十五度九分。結構時間かかったね~、今しんどいところある?」
「いえ、もう大丈夫です。」
「本当に……?」
今回の一件で俺を含め医者や看護師からの彼女への信頼は確実にすり減った。
「はい。」
確かに以前から聞かれたことには答えるものの自分から進んで何かを訴えてくることはなかったが、まさか体調を崩してその場から崩れ落ちそうになる程の体調不良も隠すとは思ってもいなかった。
ご飯も全部食べられたかという質問には首を振ったが、食べ物が好きじゃなかったと看護師に答えたと聞いている。
「体調が快復してすぐで悪いんけど、話聞かせてくれる?」
「はい。」
「体調が悪いのを隠したのはなんで?」
「……迷惑かけてすみませんでした。」
「理由はなんかある? 言いたくなかった理由。」
「いえ……別に、」
別にとは何なのだろう。別に理由はなかったけど黙っていた?
「それじゃわからないんだけどなぁ。」
「もうこんなことにならないように気を付けます。」
「うん……それも大切なことではあると思うけど、だけど俺たちに言わないのはどうして?」
「……。迷惑をなるべくかけたくなくて。」
「迷惑じゃないよ。迷惑じゃないから教えてくれない? 俺たちへの迷惑より自分の体を心配して欲しいかな。」
緋和ちゃんは何も返してくれなかった。
沈黙が流れる。
「……話すことは、ないって感じかな……?」
やはり返答はない。
「……また後で来るね。」
ここで折れるわけにはいかなかった。カンファレンスで春上先生や唯木先生も言っていたようにこれは彼女の大きな課題であることに違いなかったからだ。
病室を後にすると聞きなれない声に呼び止められた。
「市能川先生!」
「……君は、たしか。」
その少女は先ほど緋和ちゃんのベッドの隣にいた子だった。面識はない。
「緋和の、ことなんですけど!」




