88.自分の選択
彩ちゃんの今にも溢れ落ちそうな程にまで溜まった涙をティッシュで拭う。
「しんどいよね。でもなるべく彩ちゃんが大丈夫なように僕も看護師さん達も一緒に頑張るよ。彩ちゃんがつらい時は隣にいるようにするし、もし泣きたければ泣けばいい。別に僕も他の先生や看護師さん達も笑ったりしないからさ。」
彩ちゃんは恥ずかしいような、少し嬉しような複雑な表情をした。その複雑さの中に嫌がっているような様子がないことには心底安心する。
「それでね、MRI検査のことなんだけど。」
彩ちゃんの動きがピタッと止まる。だけど避けては通れない道だ。
「……先生も一緒?」
「検査中は一緒じゃないけど、終わってすぐなら会えるよ。」
「……検査の先生、怖くない?」
「具体的に誰先生が担当するかはまだ分からないけど、みんないい先生だよ。」
好みはあるにしろ、おかしな先生はいないと断言できる。
「……もし受けないって言ったら?」
「もう少し時間も彩ちゃんの労力も使う検査をすることになっちゃうかな。」
今までの話を聞かず大泣きをしていた彩ちゃんとはだいぶ違う。これなら検査を受けることを承諾してくれるかもしれない。
「……やる。」
「よく言ったね!偉い!!」
ほんと? と反射的に聞き返したくなるがその問いかけで自身の気持ちに自信が持てなくなっては困る。
やっぱりこういうことを考えている僕ら医者はずるい。
そんな思いの裏返しで僕は彩ちゃんの頭を精一杯撫でた。
「本当は嫌だけど…………。」
顔を上げた彩ちゃんの瞳は再び涙で満ちようとしていた。彩ちゃんのためにやらなければいけないこと、それは間違いない。だけどまだ13歳の彼女に自らつらい道を選ばせるのは、とても酷なことだった。
「偉いね自分で決められて……。偉い偉い」
果たして僕のこの声がけは彩ちゃんにとって意味をなしているのか。
もし少しでも励ましの気持ちを感じ取ってくれているならば僕がいる意味が見出せる。
医療行為が出来る人間なんてごまんといる、だけどその中で彩ちゃんに必要とされる人間になること……それが主治医としての役目だと僕は思う。
「ねえ、先生?」
しばらくして涙も落ち着いた彩ちゃんが改まって声をかけてくる。
「ん? どうかした?」
「私が良くなかったのは分かったけどさ……でも緋和ちゃんは正しいの?」
「どういうこと?」
「……確かに緋和ちゃん普段は迷惑かけてないけど、昨日も今日も多分今の状態は緋和ちゃんにとって『迷惑をかけてる』にならないのかなって。なってるんだとしたら……それって普段の緋和ちゃんは合ってるの?」
その問いは少し難しい。
勿論、普段の緋和ちゃんは素直に言うことを聞いてくれるし嫌がることも滅多にないから医療行為をする上でだいぶやりやすい患者さんであることは間違いない。
だけど彩ちゃんが言うことも最もで、それでこうして体調を崩してしまっては全く意味がないのだ。
「……そうだね。でも多分、緋和ちゃんも分かってるんだよ。自分が百パーセント合ってる訳じゃないって。」
彼女は冷静で賢い。きっとこうなってしまったことも後悔しているだろう。
「わたし絶対仲良くなれないと思ったけどそんなことないかも……意外とわがままだね、緋和ちゃんも!」
「それは良かった。二人が仲良くしてくれたら嬉しいよ。夏目ちゃんや心晴ちゃんともね。」
みんなしんどいのは同じだ。外で遊びたいだろう年齢なのにこうして室内のしかも「病院」という狭い空間に閉じ込められて。
もちろんそれが本人達のためであることは承知の上だけど……。
だからせめて同じ悩みを抱える子達は仲良くして欲しい。これは僕のエゴかもしれないけど、そっちの方がまだマシな入院生活を送れる気がするから。




