87.気持ちと理解
彩ちゃんの視線がふと緋和ちゃんのベッドの方へ向く。
「わたしがわかってないから緋和ちゃんは怒ったんだよね。」
「何を、かな?」
「看護師さんとか、先生たちとか……病院で働く人たちの忙しさ……みたいな。」
まさか病院嫌いの彩ちゃんが、その病院で働く僕らの仕事に目を向けてくれるとは思ってもみなかった。
「わたしお母さんしかいないし、お母さんも毎日仕事ですごく忙しそうだから迷惑かけないようにしたいっていう気持ちはよくわかる。……つまりは緋和ちゃんが言いたかったことって、こういうことだよね。緋和ちゃんは病院が大切な場所みたい……だったし。」
「……! ……驚いたよ。僕は昨日の時点では彩ちゃんに緋和ちゃんの思いは伝わっていないように見えたから。」
「わたしのこと馬鹿にだと思ってる……?」
彩ちゃんは頬を膨らませる。そんなつもりはなかったが、怒らせてしまったみたいだ。
「全然、そんなことないよ。彩ちゃんが昨日病室から飛び出たことで、どれだけ僕らが心配したかだけでも伝わってくれてよかったよ。」
「……うん、でも先生。わかるのと自分の気持ちはイコールじゃないの……。」
膨れていた頬を縮ませ、真っ黒な瞳は僕の目をじっと見つめる。
「……うん。」
彩ちゃんが言いたいこと……気持ちは理解と結びつくわけじゃない、それは僕もよく分かっている。彩ちゃんにとってどうしようもなく怖いことというのを変えることは難しい。
「いちいち私が拒んで先生たちを困らせたら、わたし以外に影響が出るっていうのはわかったけど……でもそれでもわたしは熱を測るのも、注射をするのも嫌なの。」
彩ちゃんの目元には涙が溜まっていく。
だけど大きな進歩だと思った。
検温を拒んだり、注射で大泣きされるのはまだ全然かまわない。時間の許す限り彩ちゃんに寄り添ってどうにかしてあげたいと思う。でも昨日のような脱走を繰り返されてはいつか大きな問題に発展してしまうかもしれない。
その行動をしてはいけないんだっていう気持ちが芽生えたのなら、きっと脱走したい気持ちを自制してくれる。
そう確信した。




