81.担当医じゃない
部屋に戻ると市能川先生がもうすでに到着していた。近くにいたのかもしれないが、きっと急いできてくれたのだろう。
「緋和ちゃん、熱と頭痛あり吐き気はなしです。先ほど計ったときは三十七度九分でした。」
「ありがとうございます。緋和ちゃん、今から点滴をします。」
一度倒れて緋和ちゃんの体調がよくないことがわかると、体調の悪さは見てわかるようになる。赤くなった顔で小さく頷く緋和ちゃん。これはまだ熱が上がるかもしれない。
「準備している間にもう一度体温を測ろうか。」
自分の胸元の体温計を緋和ちゃんに差し出した。
緋和ちゃんに緋和ちゃんの現担当医、市能川先生は僕がまだこの病院で働いていた時にはいなかった。どうやら僕がいなくなった後にこの病院へ来たらしい。
「んー、上がってるね。」
体温計の表示は三十八度一分。これはまだ上がるかもしれない。
「緋和ちゃんどこかつらいところはあるかな?」
「少し腰が痛いのと、頭が痛いです……。」
二人の様子を見る限り、市能川先生に任せても大丈夫な感じだ。
「では僕はこれで。」
「か……春上先生、ありがとう……ございました。」
「うん、つらかったらちゃんと市能川先生に言うんだよ。」
さて、僕は彩ちゃんたちのところへ戻ろう。結局変なところで話が終わってしまった。
緋和ちゃんはこんな入院だらけの生活を、人生を、これでよかったと言った。緋和ちゃんに何を言われようと「それは違う」と断言できる。
多分、緋和ちゃんは『良い』の基準が低いのだ。これからもっと大きくなって高校生や大学生になればきっと楽しくなる。あの頃はどうしてあの生活がいいと思っていたのかと疑問になる日がきっとくる。そうなってほしいと僕は心から望んでいる。緋和ちゃんだけじゃない、僕が担当した子たち、入院している子たち、病気を患う子たち全員に。
「彩ちゃん、夏目ちゃんお待たせ。」
「緋和は!?」
「まだ熱は上がりそうだけど、緋和ちゃんの担当の先生がついていてくれているから大丈夫だと思うよ。」
「緋和のそばにいればよかったのに……」
「心配だけど、僕はもう緋和ちゃんの担当医じゃないからね。」
また。ちょっと何とも言い難い顔をする夏目ちゃん。
夏目ちゃんは緋和ちゃんが心配だから、緋和ちゃんが一応信頼を置いている僕が彼女の近くにいてほしいのだろう。
だけど医者はそうはいかない職業だ。今僕が一番に考えなければいけない患者は彩ちゃんであって緋和ちゃんではない。緋和ちゃんには緋和ちゃんで彼女を一番に考えてくれている医者がいる。ここは僕の出る幕じゃない。
「…………はい。」
夏目ちゃんは緋和ちゃんが心配だから、緋和ちゃんが一応信頼を置いている僕が彼女の近くにいてほしいのだろう。




