人事は尽くす
入院病棟にも小さな診察室がいくつかある。それは共同病室で他人に聞かれるのはプライバシーの侵害になるような話だったり、患者がまだ子供の場合は、子供に話を聞かせたくない親もいるためそういう理由がある場合にも使われる。
「この入院では、手術を行うという目的で行われたものだということはお分かりいただけていますよね?」
「はい」
僕は一つ一つ確認しながら話を進めた。
「手術前から検査だったり、そういうのは何度もある、というのもお分かりいただいていますか?」
「はい」
今日は昨日、話せなかったことや、昨日と今日の緋和ちゃんの様子を話した。
「そうですか。緋和はいつも他人に気を遣いすぎるところがあるので、どうかそこのところのフォローをお願いいたします。」
「人事は尽くします」
まだ緋和ちゃんを見ている時間はそれほど長くない。でも、なんとなくだが緋和ちゃんはそういう性格なことは分かった。
また四〇一号室から賑やかな声が聞こえた。でも今回は内山さんだけの声ではないように思えた。
「あ、ぱぱっ!」
目を輝かせてお父さんにとびつく市禾ちゃん。賑やかなのは山内さんと市禾ちゃんだったようだ。
「ごめんな緋和。もう帰らないといけない。また来るから」
「ねえね、まだ帰らないの?」
「ごめんね市禾。わたしはまだしばらくここに泊まるから。またね」
「……いちか、またくるから! ぜったい! もものおねえちゃんもヤクソク! またね」
「またね~市禾ちゃん」
いつの間にか市禾ちゃんは内山さんと「もものお姉ちゃん」と呼ばれるほどに親しくなったのか。少しお父さんと話していただけで。子供は親和力に大層長けているようだ。
「市禾ちゃん何歳なの?」
「四歳です」
四歳なのにあんなによく話すのか、少し驚いた。
緋和ちゃんは病弱だが、市禾ちゃんの方は元気で健康なようだった。
走り回って楽しそうな妹を見て緋和ちゃんはきっと自分と重ねて見ただろう。自分ができないことを容易に行う妹にきっと僕じゃ理解できないほどの感情が生まれたことだろう。
「仲いいね~わたしは一人っ子だから、あんな可愛い妹が欲しかったな~」
内山さんが言った。
「市禾がいて楽しかったですよ。」
「いいな~」
本当に? 恨んでも手に入ることのない「健康な体」をもった妹に本当は嫌気がさしていたのではないか。
緋和ちゃんは、手術後でも市禾ちゃんたちのような生まれつき健康な人との差は生まれてしまうと思われる。それでも身近に健康な同じくらいの年の子がいても、緋和ちゃんは耐えられる、いてよかったと言えるのだろうか。
「ひよりんの先生、顔怖いよ~?」
「ひよりん?」
聞き返したのは緋和ちゃん本人だった。どうやら同意の上でのあだ名ではないらしい。
「何考えてるんですか~?」
「そんなに強張ってたかなぁ」
「はい! 結構」
ニコッと笑って言われた。確かに、あんまり医者としてはよくない考えをしていたかもしれない。
僕の役目は、緋和ちゃんが術後、普通に走って遊んで、そういう生活ができるようになるために人事を尽くすことだ。それを忘れていた。
「じゃあ、僕はもう戻るよ。また来るからね~」
結局その日は忙しく緋和ちゃんたちの部屋に行くことは、かなわなかった。




