やだやだッ!
八時半くらいだろうか。ご飯をとってから先生がきた。
「やあ彩ちゃん。調子はどう~?」
「ふ、普通です」
やっぱりお医者さんが来ると何かされそうで本当に怖くて嫌だ。
「ん~普通じゃあ分かんないな~痛みとかある?」
「な、ない。」
本当は横になると息が苦しい。でも、これを言ってしまったら何か痛いこととか嫌なことをされそうでとても言う気にはなれなかった。
「嘘、ついてるでしょ」
さらっと見抜かれた。
「そ、んなこと……」
言葉に詰まるわたしを見て嘘だ、と確信したようだった。わたしは嘘をつくのが下手すぎるようだ。
「はいはい、でどこか痛い? それとも苦しい?」
「……ベッドに――横になると。」
「息が苦しい?」
わたしは小さく頷いた。先生はホッと小さく息を吐くと首からかけていた何だっけ、あの胸の音を聞くやつ……。それを耳に付けた。
「ちょっとボタン開けるよ~」
「いやっ!」
わたしはわたしの元へ伸びてくる手を思わず払った。たかが聴診だけで何が嫌なんだって? 先生の手が怖い。
次、どこに動いて何をされるかわからないその感じがたまらなく嫌だ。勿論カーテンは閉まっているから周りに見られる心配はない。まあ、声は聞こえるだろうけど。
「大丈夫、ちょっと胸の音きくだけだからさ」
お願い、と先生はわたしに優しく言った。でもそれで先生の手の侵入を許すわけがない。これで許すならわたしはきっと病院もお医者さんも嫌いじゃない。
「やだやだッッ!」
どうしても聴診をさせてくれないわたしに先生はため息をついた。もうあと三十分くらいで消灯時間だ。それまでいけばきっと今日は諦めて帰ってくれるはず。
明日もくるんだろうけど、明日でいいなら一日でものばしてほしい。
「顔色は……微妙だね。」
さほど自分では気にならなかった顔色を指摘され、どう反応すればいいか戸惑った。
「呼吸も今はまあまあ安定しているかな~彩ちゃん運ばれてきたとき結構ヤバかったからよかった~」
「そんなに?」
「そっか、意識なかったのかな~」
わたしはまた小さく頷いた。先生はもう諦めてくれたのか、そう思ったとき。
「はい、ちょっとごめんね~」
パジャマの下からスッと手を入れられた。聴診器が思ったより冷たく、それがよりわたしの恐怖をあおった。
「いやだ、やだ、やだッ! 出して」
必死に抵抗した。でも成人男性の力にこの間まで小学生だったわたしが敵うはずがなく、先生は胸の音を聞いていた。
「はい、終わり。何も怖くないでしょ~? やっぱり雑音があるね~今日ももしかしたら寝たときに発作とか起きるかもしれないから、そしたらそこのナースコール押してね」
「そんなに心配なら、先生が一緒にいてよ」
「ごめんね~僕まだ別の仕事があるから」
そう言われると言い返す言葉がなくなっていった。よいしょ、と立ち上がった先生。消灯までは残り二十分を切っていた。
「カーテン開けとく?」
「うん……」
カーテンを開けて、先生は出て行った。最後におやすみ、と言い残して。