久々の病院
わたし、西尾彩はとても元気で健康な中学一年生だった。
でもある日、冬のマラソン大会の練習初日。わたしは息が苦しくなって倒れた。そこからわたしの意識はないが、あとで聞いた話によれば救急車で運ばれたらしい。
わたしは小学生以来の病院へと足を踏み入れることになってしまった。
「今日から君の担当医になりました春上准です。よろしくね」
わたしは病院と何より医者が大の嫌いだ。本当に本当に心の底から嫌い。
「に、西尾彩です……」
名前を言う最中、段々と声が小さくなっていったのを感じた。もう喘息の発作はおさまっており、今はいつもと変わらない。
「すみません、この子病院が苦手で」
そうママがフォローを入れてくれた。
「そうでしたか。通りで目が合わないんだね~彩ちゃん」
わたしの顔を覗き込むようにして目を合わせようとしてくる。これからしばらくは一緒にやっていかないといけない先生だ。でも、そんなことは分かっていても病院は嫌いだし先生だって大っ嫌い。
「まあ、じっくり僕に慣れていってよ」
どうしても目を逸らすわたしに先生は諦めたようでママとわたしのことについて話し始めた。どうやらわたしは「喘息」らしい。風邪をひいた状態でいきなり何キロも走ったから、というのが喘息になった理由ではないか……と話していた。あとは中学生になって慣れないストレス……などそんな感じ。
でも先生の話が聞き取れたのはそのくらい。他は何か難しいことを言っていてわたしには到底理解できなかった。
先生からの話も終わり、わたしは病室へ案内された。
「どうして入院!?」と聞くとママは「救急車で運ばれるくらい大変だったんだから当たり前でしょ」とのこと。先生によると大体一、二週間くらいで退院予定らしい。
嫌で嫌で仕方がないが、どれだけ泣いても先生は困った顔をするだけで入院を取りやめるとは言ってくれなかった。
四人部屋で一つ空いていたベッドにわたしが入るようだ。他の三人は皆、同じ中一らしく、その点では安心できた。帰りたい気持ちは全く変わらないけど。
「皆さん、今日からここに入ることになった西尾彩ちゃんです。仲良くしてあげてね~」
看護師さんの明るい声が室内に響いた。
「じゃあ、彩ちゃんは左の窓側ね」
そうわたしに告げ、看護師さんはいなくなった。ママは面会時間を過ぎていることからもう家に帰ってしまった。
「よろしくね~わたしは夏木心晴」
何かふわふわしている子が話しかけてくれた。隣の子はとてもいい子そうだ。仲良くできると嬉しい。一つ気になったのは、わたしの前のベッドのカーテンが閉められていたことだった。
「よろしく、西尾彩です」
「あたしは木原夏目」
斜め前の子も挨拶をしてくれた。名前は可愛いが、なんだか少し怖そうだった。
「よろしくね。ねえ、夏木さん」
少し声のボリュームを下げて夏木さんにそう問いかけた。
「心晴でいいよ~なに?」
「じゃあ心晴ちゃん、わたしの前の子ってどうしたの? あ、あと彩でいいよ」
どうしてもカーテンが閉じ切ったそのベッドが気になって仕方がなかった。
「ああ、緋和ね~今はいないはずだよ。まだ検査から帰ってきてないから~」
「じゃあ、何でカーテンが?」
「なんでだろうね~」
緋和、というひとはいい人だろうか。怖い人だったらどうしよう。上手くやっていけるかな。
ガラガラガラっとドアが開く音がした。緋和さんが帰ってきたのだろう。
「誰? あなた」
緋和さんはわたしに気づくなり、そう問いかけた。
「今日からここでお世話になることになった西尾彩です」
「そう、わたしは神原緋和。よろしく」
そこからは誰も口を開かなかった。わたしも今日は疲れていたし、煩いよりかはずっとよかった。