痛い! やだ!
「西尾彩さ~ん、どうぞ。お母様はそこでお待ちください」
ドアから出てきた看護師さんにそう言われた。嫌だ。逃げたい。でも、今逃げても看護師さんやママに捕まってしまう。
「ほら、行って来なさい」
ママは笑ってわたしを送り出した。でも、それでも恐怖は拭えない。
「じゃあ肘の上まで服、まくってね~」
看護師さんは、口調は優しいし、特に大変なことをするという意識もないようだった。看護師さんにとってはいつもの日常でも、わたしにとってはとても怖いこと……ということを分かってほしかった。
「はいはい、素直に服まくる~」
次は看護師さんではなく、先生がそう言った。そして無理やりわたしの服を引っ張ってまくった。そしてゴムチューブ? のようなもので腕をギュッと圧迫された。
「嫌だッ! やだやだぁッ!」
振り払おうともしたが押さえられ、抵抗する余地もなく直ぐにササっとアルコールシートのようなものでこれから針が刺されるであろう場所を拭かれた。
なんとなくスース―する感じが嫌気をさらに膨れ上がらせた。
「じゃあ、チクっとするね~あ、目つむってた方がいいと思うよ~」
見たくはないのでぎゅっと目をつぶった。
痛みがはしった。そんな大げさなものではないかもしれないが、感じたことのある注射のときの痛み。
「痛いッ! やだぁぁぁ!」
「動かないッ!」
先生の言葉なんて聞かず、泣き叫んだ。たかが注射で……って思ったかもしれない。
だけど、たかが注射、けれど注射。
「大丈夫だから、ね。深呼吸して。守山さん、押さえて」
「はい。ごめんね、ちょっと我慢してねー」
「やだやだぁぁ! 痛い、痛い!」
「もう終わるよ~」
「離してよぉ、痛い!」
「よし終わり。」
たった数秒だった。
けど、わたしの顔は涙と鼻水でグチャグチャだった。男の先生にこんな姿を見られるなんて正直、少し恥ずかしいけど、でも泣かしたのは先生だ。看護師さんだってわたしの敵だ。
「よく頑張ったね~」
先生は注射針を刺していたところに、シールを貼って言った。
「先生なんて、大っ嫌い。」
わたしは呟くように言った。でもその言葉は先生にしっかり届いていたようで先生の顔が少し歪んだ気がした。