クリスタルテイル
幸せな時間は永遠に続かない。
だからこそ、その時間は宝物になる。
かけがえのない宝物に。
『リクドウ、わたし、とても幸せよ』
『あなたに会えてよかった』
最期を迎える彼女の笑顔とても美しく。
そして、慈愛に満ちていた。
彼女へ手を伸ばすけれど、それは虚しく空をさ迷う。
触れられそうなその距離は触れることを許さない距離のように感ぜられた。
『あなたのことを愛しています』
消し去ることの出来ない胸の痛みと愛おしさがわたしの心に去来する。
彼女は微笑む、美しく慈愛に満ちている。
再び、わたしの胸が痛む。
愛おしさすら感じるその痛みにわたしは目を閉じた。
いつか死がわたしを迎えに来るその日まで、この痛みと愛おしさは変わることなく、わたしと共に生き続けていく。
ああ・・・
今もまだこんなにもあなたを愛している。
誰よりもあなたを愛している。
遠くからわたしの名を呼ぶ声がする。
とても近くからだ。
わたしは導かれるように目を覚ました。
「リクドウ!リクドウ!おきて!おきて!」
「どうかしたのか?サイ?」
どうやらわたしは夢を見ていたようだ。
夢の内容までは思い出せない、ただ悪夢ではなかったことはわかっていた。
「リクドウ、どうしたの?なにがあったの?どこかいたいの?」
不思議な質問を受けて答えられずにいると、サイの小さな手がわたしの目元や頬に触れた。
わたしは夢を見ながら泣いていたらしい。
サイは異変が起こったのだと察知して、わたしを起こすことに決めたのだろう。
「どこも痛くない。大丈夫だ」
心配そうに見つめるサイを安心させるため、それから形容し難い恥ずかしさを隠すため、わたしは取り繕うための言葉を選んだ。
夢の内容までは思い出せない。
泣いてしまった原因は夢なのだろう。
わかっていても恥ずかしさが勝って、わたしは正直になれなかった。
「リクドウ!うそつくの、めーっ!なの!サイはエアリアとやくそくしたの!リクドウをまもるってやくそくしたの!うそつくの、めーっ!なの!」
「サイ、わかっ・・・・・・」
「やくそくしたの・・・っ!サイ・・・っ!やくそくしたの・・・っ!まもるって・・・っ!まもるって・・・っ!やくそくしたの・・・っ!」
わたしの言葉を遮り、サイは主張した。
小さな体を震わせながら、サイは心のうちを・・・気持ちを伝えてくる。
必死に涙をこらえるその姿は小さな体に反して力強くわたしの目に映っていた。
ああ、そうか。
この子もまた、彼女を・・・エアリアを愛しているのだ。
「夢を見た。エアリアの夢だ」
サイのためにホットミルクを作りながら、わたしは涙の理由を話していた。
夢から覚める瞬間に見たのは、エアリアの笑顔だったのだから、間違いないだろう。
「リクドウ、かなしいの?」
「いや、悲しくはない。ただ悲しくないときでも泣くことはあるということだ」
わたしの答えにサイは満足げにしている。
エアリアとのことがわたしの中で悲しい思い出になっていないか、サイはずっと心配していたのかもしれない。
サイはその小さな体でわたしを守り続けていくつもりなのだろう。
・・・いや、守るのだろう。
『ともだち』との約束を果たすために。
「うわー!すごーい!」
いつの間にか窓辺に移動していたサイが、窓ガラスに貼りついて歓声を上げる。
掛け時計へ視線を向ければ、今が真夜中であることを告げていた。
真夜中に見られるものといえば、星や月くらいのものだが・・・他に何かあったろうか?
「リクドウ!はやく!みてみてー!」
サイはとても優秀な子だ。
天性の好奇心旺盛なところがそうさせているのだろう。飲み込みも早い。
だが如何せんまだ幼い、無邪気さもあいまってか、語録が追いつかないのだ。
「どうかしたのか?」
「おそら!おそらがすごーいの!」
わたしは招かれるままに窓辺へ向かい、音を立てないよう慎重に窓を開けた。
空には放射状に広がる一群の流星。
流星群だ。
「これは凄いな」
「すごーい!すごーい!すごーいの!」
流星群がどういうものかを説明することは簡単だが、小さな体を目いっぱい動かして無邪気に喜ぶサイの姿を見ると、その説明は陳腐に感ぜられた。
「リクドウ!リクドウ!クリスタルテイルがいっぱい!クリスタルテイルがいっぱい、おそらにあるのー!」
そうか、サイの目にはそう映るのか。
そうすると何とも不思議なものだ。
幾億幾万のクリスタルテイルが天から降り注いでいるように見えるのだから。
エアリアの声が聞こえたような気がした。
わたしは指先でそっと左耳に触れる、そこには『クリスタルテイル』がある。
そして、右耳には『メモリーローズ』だ。
『リクドウ、わたし、とても幸せよ』
『あなたに会えてよかった』
「ああ、クリスタルテイルがたくさん空から降っている。壮観だな」
―――― いつの日かあなたのところへわたしは逝くことだろう。あなたに再会したわたしはこう告げよう。
もう二度と離しはしない
誰よりも愛している ――、と
【了】