魔族討伐遠征 7
満を持して外した仮面が、こんな反応になるとは思ってもみなかった。恥ずかしい。穴があったら入りたい。登場までは格好がついてたはずだ。領主もビビってたし、台詞も決まっていた。しかし、仮面外してこの反応。
仮面、外さなきゃ良かったああああああああああああああ。
さて、気を取り直して、仮面をこっそりつけ直す。
「お前たちが、この顔に見覚えがないなら、運がいい。もし、私の正体を見破っていたなら、ここでお前たちの命も潰えていただろう。」
どう? これで少しは仮面外して失敗したこと隠せたよね?
「今回の魔族討伐、あまりにおかしなことが多すぎると思うんだが、全て、隠せるとでも思っていたのかね。まずは、弓使い君。君は本当に正体を隠す気があったのかね。私は君が怪しいとずっと思っていたよ。」
どや顔で言ってみるが、表情は仮面で隠れている。
「まず、魔王討伐に向かう途中の休憩でのひとこま。傭兵が、警戒なしに食事をたらふく食べるのは不味い。まず、傭兵が警戒すべきは雇い主、依頼の条件が良ければいいほど、怪しむべし。昨日の今日で信頼関係も構築する前に遠征に連れ出す依頼主の提供する食事を摂ることは、一流の傭兵なら絶対にしない。そして、1人で参加することもしない。俺に絡んできた馬鹿どもですら2人だったろ。それに、当日来なかった剣士がいただろ。あいつは、仲間と参加するはずだったんだろうが、試験に合格しなかったのだろう。1人で参加した場合、分け前などで揉めて消されることは多々ある話だからな。」
1人で参加した私がよく「そんなの、常識じゃん。」的に言えるなとは、私も思うが、「オレ、サイキョウ、モンダイ、ナイ」と、思う自分の方が強いので、オーケー。ちなみに、結局消されそうになったことはスルーします。
「まぁ、一人と言っても、討伐隊の回りには君のお仲間が数人、監視役でいたようだけど。彼らのおかげで敵が近くにいないのがわかっていたのであろう。そうでなければ、敵襲の可能性があるなかで、あそこまできちんと食事は取らない。初めは、隊長さんたちの為に情報収集しているのかと思ったが、彼らは気付いていていなかったようだしな。もっともお粗末だったのは武器を謁見の間に持ち込んだこと。あれで俺は君が領主の犬だと確信したよ。もちろん、君が俺と上位魔族の戦いを見て、超至近距離の射撃しか当たらないと思ったとしても、あの選択は間違っていたよ。」
ここで、初めて弓使いが感情をあらわにする。
「矢は貴様をかすめたはずだ。なのに、なぜ貴様は生きている。毒は確実に貴様の体にまわったはずだ。まさか、解毒剤を予め飲んでいたのか、いや、あり得ない、調合は私にしか出来ないはずだ。ならば抗体が体に備わっていたのか。いや、しかし。」
前半は威勢がよかったのに、後半はなんだか独り言みたいになってしまって可哀想なので、答えを教えてあげることにする。
「君の矢が貫いたのは、服だけだよ。」
「しかし、血が出ていたではないか。」
「あれは自分の爪で引っ掻いて、さも矢を受けたように装っただけ。あの場で君が矢を放つことも、その矢に毒が塗ってあることもわかっていたんでね。」
「そんな、そこまで見通されていたとは。」
ちなみに、毒が塗っていたのには気付いていてませんでした。「もう終わっているので。」って、台詞聞いてから休憩の時のこと思い出して「あ、毒か。」って思いました。嘘ついて、ごめんなさい。でも、カッコつけたいので許してください。いずれにせよ、普段の癖で相手の罠にかかったふりをする癖がついててよかった。
ハッタリがきいて、弓使いは完落ちしたようだ。
「で、領主様。今回の無茶な魔族討伐依頼を計画したのも、撤退を禁止したのも、全部その木箱が原因だったってわけだろ。」
領主は答えない。
「それって、闇のオーブだろ。」
闇のオーブ。かつての勇者の一族が所持していた悪魔の宝玉。周りの魔素を吸収し、所有者に還元する魔道具。人間の土地では意味をなさない道具であるが、魔族の土地では無類の強さを発揮する。吸収した魔素を利用することはあいつにも出来なかったが、魔族の力を削るという一点においてだけでも、至宝の魔道具であると言える。同時に高濃度の魔素を所有者の周囲に発生するため、普通の人間に使用することは出来ない。魔族にとっては喉から手が出る程の宝物だろう。上位魔族が人間の土地に侵入したのもこの宝玉が関係しているのかもしれない。
確か、国王の罠にかかった際奪われ、封印を施されて王都の保管庫で眠っていたはずだが。
「どうやら封印は解かれていないようだが、どうやって王都から持ち出した。」
「なぜ貴様がそんな情報まで知っている。まさか貴様は国王からの追っ手か。」
「いやいや違うから。違うけど、追われてるってことは、どうやら予想通り正規の手段で手に入れた訳じゃないみたいだな。それなら、その宝玉を悪用させる訳にはいけないので、没収させてもらう。」
「ふざけるな。ワシがそれを手に入れられる為にどれ程苦労したと思っている。ワシはその宝玉をあの方に献上して、今の虐げられているワシの地位を向上させるんじゃ。そして、いつも私を馬鹿にしているやつらを見返してやるんじゃ。」
「くだらねぇ。そんな強力な魔道具を持ち出すぐらいだから、もう少し信念とかもっともらしい理由を期待したんだが、まさか、ただの劣等感とは。」
「黙れ。貴様などにワシの気持ちは理解できん。貴様の様な強者に弱者の気持ちがわかってたまるか。くだらないのは弱者の気持ちをわかろうとしない、貴様らの方ではないか。」
「では聞くが、あなたの言う強者とは、何を指すんですか。単純な力、権力、地位、名誉。それとも全てを備えるもの。一応言っておくが、今言った中で俺が持っているのは力だけだ。反対にお前が持っているのはその他の全て、さぁ、どっちが強きものか。」
「うるさい、そんな正論を聞きたいのではない。もう良い。ワシの望みは絶たれた。後は貴様の好きにせよ。」
「では、とりあえずあの方とやらの正体と目的を教えてくれるかな。」
「それをワシが喋ると思うか。喋れば私は明日にはこの世にいないだろう。もし、どうしてもあの方のことが知りたいなら早朝までここにいるといい。使いの者に闇のオーブを受け渡す約束になっている。」
早朝までここにだと。
無理だ。ことの真相は知りたいが、これから大事なイベントが待っている。そう、フラグ回収だ。これから隊長さんと再び会う約束になっている。闇のオーブだけ回収して、用事が終わり次第また帰って来ることにしよう。ただ、その場合、領主は殺されて、追っ手が私に掛けられる気がする。ものには優先順位がある。
仕方ない。諦めるか、領主の命。とりあえず、弓使いの縄をほどいて、
「俺には今夜、しなければならないことがある。領主を守るのが君の役目なら、今度こそ遂行してみたらどうかね。」
うわー、何か弓使いの死亡フラグ立てちゃった気がするが、元々殺そうとしてきた相手の命を守る必要はないので、兵舎に隊長さんを迎えにいくことにする。
隊長さんは、部屋できちんと私を待っていてくれた。今日のことの真相を闇のオーブのところだけ伏せて、彼女にきちんと話した。彼女は戸惑い、怒り、泣き、そして、私に感謝してくれた。これから先、彼女は領主の下で働くことはないだろうが、今回の教訓を次に活かし、守る為の強さと臨機応変さを手に入れてくれることを切に願う。
そして、私たちは結ばれた。
朝になり、私が目を覚ましたとき、彼女はいなかった。多分、この町を旅立ったのであろう。自分の道を自分の足で歩むと言った彼女の決断を私は応援したい。机の上には彼女からの手紙と金貨100枚が置いてあった。
ん、金貨100枚。領主から没収するの忘れてた。
まだ、生きてるかな。とりあえず、領主の館に向かうことにした。
案の定、そこには領主と弓使いの死体が転がっていた様だ。但し、2人とも自殺という形ではあったのだが。館に立ち入れなかった私には彼らが本当に自殺したのか、偽装され殺されたのか判断は出来ないが、これであの方とやらの手掛かりは失われ、真相は藪のなかになってしまった。まぁ、追っ手が掛かるなら、そいつから聞き出せばいいんだろうし。でも、命を狙われるのは面倒臭い。まぁ、フラグの回収のためにはそれぐらいの覚悟は必要だったので、必要な苦行ということで、我慢することにする。
手持ちの金は金貨100枚。これが半分になるまでには次の目的を決めたいと思う。
これで魔族討伐遠征編は終了になります。ここまで読んでくださった皆様に感謝します。ありがとうございました。
また、新章にもお付き合い頂けると幸いです。