救世主と偽りの信仰 8
救世主を誘拐してから2日後、私たちは約束の山小屋に向かった。朝早く着いた所為もあり、まだ教団の関係者も演技させられた人々も来ていないようだ。
数時間後まずは例の男が約束通り、子どもたちを連れてやってきた。彼らの年のころは20歳前後であろうか?『救世主』の姿を見るとひれ伏し、敬愛の情を示したあと、男は私に話しかけてきた。
「おはようございます『救世仮面』さん。どこであなたが私たちの話をお聞きしたかは存じ上げませんが、『約束』とは、この同胞たちと『体現者』の皆様を会わせることでよろしいんですよね?」
何故か余裕を感じるその態度に私は違和感を感じつつも返事をする。
「ああ、そうだ。」
「ありがとうございます。では、こちらが『約束』を守ったら、そちらも『救世主様』をお返ししていただくという事で間違いございませんね。」
「ああ。」
「『救世主様』申し訳ございません、私たちが不甲斐ないばかりにこの様な状況を作り出してしまって。」
「よい、ユバ。これも『神』が与えた試練の1つであろう。」
その場で畏まる『ユバ』と呼ばれた男、子どもたちはどうしていいかわからずオロオロしている。
それから沈黙の時が流れてから数時間、『演技をさせられた人々』が到着する。しかし、私はその家族らの姿を見て絶句する。全員が教団のローブを羽織っているではないか。
「これはこれは皆さん、お揃いで。では約束通り、家族と再会していただきましょう。」
動揺を隠せない私の前でユバ勝ち誇った笑顔を見せる。
家族が感動の再会を果たすのを私はどこか夢の中にいるような気持ちで見つめている。
「さて、これでこちらの『約束』は果たしました。次はそちらが『約束』をお守りください。」
「待て。あの人達に何をした? どうして彼らが教団のローブを来ている?」
「これはこれは人聞きの悪い。彼らが教団のローブを着ているのはきっと『奇跡』を体現し、『神』を信じる気になったのでしょう? それを私たちが何かしたなど変な勘繰りを入れられては困ります。」
「ふざけるな!! 偽りの『奇跡』を強要しておいて、よくもそんなことが言えるな!?」
「ふざけてはいませんよ。『救世仮面』さんが何を持って『偽り』と仰っているかはわかりませんが、納得がいかないようなら彼らに直接お聞きになればよろしいのではないでしょうか?」
「ああ、そうさせてもらおう。」
私は家族たちの前に歩み出て、直接質問する。
「何か脅されたりしてるんですか? 数日前はあんなに教団を恨んでいたではないですか?」
「私たちが愚かだったんですよ。『救世仮面』様も早く『神』を信じて過ちを正してください。」
!?
「いやいや、あんな『演技』を強要されて、どこに『神』を信じる要素があるんですか?」
「『演技』ですか? 何を仰っているかはわかりかねますが、私たちは『奇跡』を体現し、心を改めたのです。お恥ずかしながら、子どもたちに方が私たちより『真実』を見抜く目を持ってたということです。」
どう言うことだ、これは? 記憶の改竄? もしくは洗脳か? 言い知れない不気味さを感じる。『救世主』本人の事といい、教団の中にそう言う『魔法』を使えるものでもいるのか? いや、しかし、そんな魔法が存在するはずが・・・。いや、ないと言われている『回復魔法』が実際に存在するのだから可能性はゼロではない・・・が、それならなぜ最初からその魔法を・・・。
「もうよろしいですか? 彼らの意思で我らの同胞となったことがわかっていただけたなら、約束通り『救世主様』をこちらにお返しください。」
混乱している私に、ユバが催促をする。相手の能力や戦力が未知の状態で『救世主」を拉致していても意味がない。実際に『救世主』がこちらの手にある状況で向こうは『演者』を『信者』に変えてしまった。下手に相手を追い込むのは逆効果になる可能性もある。
仕方なく私は『救世主』を解放する。
「ありがとうございます。では『救世仮面』さん、私たちはこれで失礼させていただきますが、我らの同胞になりたくなった暁にはいつでも私を訪ねてきてくだだい。歓迎いたしますよ。」
「『救世仮面』とやら、この数日、私が話したことをよく考え、『神』に仕えることの意味をきちんと考えてくれることを望む。今回のことはきっと『神』が私にあなたを道を説けとの思し召しだったのであろう。そう考えれば、あなたもきっと私とは違う重要な任務を『神』から授けられているのかも知れませんね。」
どこまで言っても『救世主』は『救世主』だ。
「いずれ『神』を信じる同士として会えることを期待していますよ。では。」
そう言って一団は去っていった。
周囲を警戒していたルークが私のもとにやって来て異常が無いことを伝える。
しかし、私は全く上の空でその報告を聞く。
ルークが心配そうに私を覗き込む。
「くそっ。」
思わず口からこぼれる本音。結局私がしたことは事態を悪化させただけで、誰も救えなかったのだ。『未知の相手』とはいえ結局は人間と思い、私が想像している以上の『能力』を有している事など全く考慮していなかった。結果、作戦は大失敗し、救おうとした人々は『敵』の手に落ちてしまった。
完全敗北。
それ以外の言葉が思い浮かばないほど、私と『聖天救世教会』の初遭遇は完膚なきまでに私が打ちのめされるという結果に終わったのだった。




