救世主と偽りの信仰 5
作戦決行の日の朝、私はルナから素敵なプレゼントを貰った。それは『赤い石』が埋め込まれたネックレスだ。
「次、置いていったら許さないからね。」
「ありがとう。絶対に大切にするよ。」
そう言って私たちは抱擁する。
「ルナ、これから『偽救世主』がこの町に来て、色々な事が起こるから今日は家で大人しくしているんだよ。」
「わかってる。みんなが騙されないように悪事を暴くのが『真の救世主』であるパパのお仕事なんだもんね。私はパパが『真の救世主』ってばれないように友達にもその事は言わないし、今日は家から一歩も出ない。」
全く『いい子』過ぎて愛おし過ぎる。もう一度、力強く抱きしめる。
「ティア、ルナを頼む。」
「任せておいて。絶対に『ロキ』に手出しはさせないし、『教会』からちょっかいが来そうなものなら教会も壊滅させるから・・・。だから安心して一暴れしてきなさい。」
この人だったら本当に壊滅させそうなので、お言葉に甘えて自由にさせてもらおうと思う。私は出かける準備として宗教用ローブを羽織った。
「じゃあ、行ってくる。」
「いってらっしゃい、パパ。女の人ばっかり追いかけるのは仕方ないけど、私に会いに来るのは絶対に忘れたらダメだよ!!」
胸に響く言葉を頂いた。
「ああ、パパの一番は『ルナ』だから、頑張って今以上に優しくて思いやりのある子に育つんだぞ。」
「うん。」
「じゃあ。」
そう言ってローブを翻し、人混みに消えていく私。めちゃめちゃ号泣していたのは言うまでもないだろう。
さて、気を取り直してやることをやらねば。正直『サーナ』のことも気になるが、王国との争いが本格化する前に希望の民連合をまとめるというのが現実的だろう。そうすれば、人間族も希望の民の土地に今までのように侵略しに行くのは容易ではなくなるはずで、私も自由に動きやすくなる。
町の中心にある時計台広場に私が着いた頃にはもう中心の舞台を囲むように360度人で埋め尽くされていた。時計の針が12時を指す。
ボーン、ボーンと時刻を知らせる音に混ざって、人々のざわめきが大きくなる。みんなの視線が舞台に集まる。その瞬間、
ピカッ
舞台の中心が物凄い光を放つ。
『目が・・・目が・・・。』と、言っている人は誰もいないが、ここに集まった全ての人は視界を奪われたことだろう。かく言う私もまるで前が見えていない。
視界が戻る頃、ぼんやりとだが、舞台に誰かが立っているのが見える。
1、2、3、4・・・。
どうやら舞台上には13人人がいるようだ。
おおおおおおおおおおおおおおおおおお。
突然響いた完成に私はちょっとビビってしまう。
「救世主様ー。」
「我らがメシア万歳!!」
「私たちをお導きください!!」
「この世界に平和を!!」
「おお、12人の使徒様もおいでになってるぞ。」
「約束の地へ、お導きください。」
熱狂的な信者なのか、サクラなのかわからないが、次々と賛辞の言葉がこだまする。まぁ、おかげで12人が使徒で、1人が救世主様ってのがわかっただけでも良しとしよう。
救世主らしき男が手を挙げる。
するとそれまでのうるささが嘘のように静寂が訪れた。
「迷える子羊たちよ。私たちは宣言しよう、我らが『神』を崇め、『救世主様』と歩みを共にしようとするものは、審判の時、神の大地へ共に誘われることを!!」
救世主の隣に立っていた偉そうなおじさんが有りがちな演説を始める。
まぁ、大体この手の話は同じ内容だ。『自分達の神様を信じる人だけが救われて、そうじゃないやつらは地獄へ行く。それを救済するために『力ずく』で改宗させることは『善行』であり、『救済』である。だから、自分達以外の宗教も、自分達を信じない人々もどんどん攻撃して正しい道に導いてあげなさい。ちなみに、『お祈り』とか『寄付』をすることによって『神様ポイント』が加算されるから、どんどんしてね。ポイントは返還されませんが、それにより『救われる度合い』が変わります。基本的に『救われる人数』に限りはございませんが、『度合いMAX』は人数制限ありです。ジャンジャン課金してね。』と。
規律や戒律を重んじ、人を敬い愛しなさいと説き、争いの醜さや愛の素晴らしさを伝えているのに、戦争や争いが起こるのも宗教の為という矛盾が存在する理由がその『正しさ』にあるという悲しい現実。もちろん善意は悪ではないが、善意の押し付けは悪になりうるのではないだろうか?
まぁ、今回はそんな『善意』に関係なく『悪意』に満ちた企みが宗教に含まれているのが問題なのだが・・・。それがはっきりしたのが12人の使徒の存在だ。私の認識だとあそこにいる12人は『救世主様』の次に位の高い聖職者だろう。その中に、例の『男』がいると言うだけで、この教団は完全に『黒』だろう。
偉そうなおじさんの演説が終わり万雷の拍手の後、別の使徒が話始める。
「刮目せよ。これからあなた方の目の前で起こることは『幻』でも『夢』でもなく現実に起こる『奇跡』です。今、あなた方の中で、病などで苦しまれている方を『救世主様』のお力で癒していただこうと思います。『奇跡』を体験したい方は手を挙げていただきますか?」
ざわつく会場。数えきれないほどの手が上がる。
「お静かにお願いします。『癒し』のお力は体力を著しく消耗してしまうため3名治療がもっとも難しいと思う重病人を選抜させていただきたいと思います。」
固唾を飲んで見守る群衆。藁にもすがる思いで手を伸ばす人々。
そして、3名が選ばれ舞台に挙げられる。そこにいる3名は山小屋でみた人達と全く同じだった。
教え込まれた通り、どれだけ『病』に苦しめられてきたかを涙ながらに群衆に訴える『演者たち』。それに共感して涙を流す群衆。『辛かったでしょう、でも、もう大丈夫。』と、語りかける使徒様。この異様な空間は『喜劇』の舞台として完成された雰囲気を醸し出している。
救世主が3名に手をかざす。演出にどんな魔法を使っているかまではわからないが、救世主から『演者たち』に光が流れ込む。
「見える、目が見える!!」
「歩ける、これが歩くということか!!」
「もう苦しくない!!」
予定通り治ったフリをする人たちに対して盛大な拍手とおめでとうの言葉が送られる。そして、『救世主様』への賛辞と喝采。まさに今、『喜劇』がフィナーレを迎えようとしている。
『喜劇』の幕が降りそうな時、それをぶち壊す手段、それは『喜劇』を『悲劇』に変えるか、更なる『喜劇』を盛り込むことしかない。
ドン。
大きな音と共に舞台に怪しいローブ姿の仮面の男が現れる。そう、私だ。
ざわつく会場。これを演出と捉えていいのか不足の事態と捉えていいのかわからない様だ。
「『救世主様』、お初にお目にかかります、私は『救世仮面』と申します。」
自分で名乗っていても恥ずかしいが、『喜劇』にピエロは不可欠だ。
「『救世主様』のお力、この目でしかと拝見させていただきました。なるほど、この世にはないとされている『回復』の奇跡、実に素晴らしい。」
手をパンパンとならし拍手する私。
「しかし、それでこの世が救えるのですかな? 拝見したところたった3人で奇跡は打ち止めのようですが、それではこの大陸中の憐れな子羊たちは救いきれないのではないのでしょうか?」
自分で言うのはなんだが悪役がすごく板についている。演劇を少しかじったのがこんなところで生かされるとは・・・。
「いきなり、『救世主様』に話しかけるなど、無礼にも程がある、下がれ!!」
その言葉に反応して舞台下に待機していた教団の警備隊が私を取り囲む。
「やれやれ、私はただ話がしたいだけなのですよ、『救世主様』。その様な『奇跡』で本当にこの世界を救えますか? とりあえず、救えるとお思いなら、この憐れな教徒たちを救ってあげていただけますか?」
「いい加減に黙れ!!」
隊長らしき男の掛け声とともに一斉に私に襲い掛かってくる教徒たち。私はその彼らを容赦なく舞台下に吹っ飛ばす。
「ほら、今ので10数人は傷ついたと思いますが、彼らはお救いにならないのですか?」
不謹慎だが『悪役』が楽しくなってきた。私が討伐対象の『亜人の王』になる日はそう遠くないかもしれない。
悲鳴が上がり、会場は大混乱し出す。
「落ち着け!!」
透き通った綺麗な声が響いた。そのたった一言で群衆は落ち着きを取り戻す。
「賊の一人で浮き足立つな、我らが同胞よ。『救世主様』のご使命は世界の救済。そして、我らが使徒の使命は、その障害を排除すること!! 我ら12人がいる限り、『救世主様』には指一本触れさせない。そして『救世主様』が居られる限り、世界は必ず浄化される!!」
歓声が沸き起こる。どうやら使徒12人はかなりの武闘派らしい。さっきまで『喜劇』のピエロみたいでいい気分だったのが、今はヒーローショーの悪役になった気分で少しテンションがさがった。
「『救世仮面』とやら、貴様がどういうつもりでこのお方の前に姿を現したかはしらん。しかし、このお方の邪魔をするなら問答無用でこの十二使徒が一人『疾風のサーナ』が貴様を排除する!!」
!!
まぁ、正直、声を聞いたときから薄々は気付いていたんだよね。いくらフードを被っていても、この距離なら顔も完全に見えるし・・・。
はぁ~。
私が会いたいと願っていた『サーナ』は保護されたどころか、すっかり『洗脳』されて、自ら『疾風の~』とか名乗る立派な中二病患者なって、最悪のタイミングで私の前に現れたのだった。




