救世主と偽りの信仰 3
「お母さん?」
玄関の方からルナの声が聞こえる。
「誰かお客さんが来てるの?」
話し声を聞かれたのか、人の気配を悟られたか、鋭い質問をしてくる愛娘。
「誰もいないわよ。それよりあなた、学校はどうしたの?」
「先生が会議があるから今日は早く終わるって伝えたよ。なんでも、人がいっぱいこの町に来てるから、それの対応を協議するんだって。」
「ああ、そうだったわね。」
客間の横の廊下を通り過ぎるルナ。ああ、たった半年なのに凄く成長している。
「あれ、どうしてカーテンがしまってるの?」
いちいち鋭い子だ。その辺はティア似だろう。
「ちょっと気分を変えるために模様替えしようかどうか悩んでいたところだったのよ。」
咄嗟の嘘としては説得力がある。
「ふーん。私はそのカーテン好きだけどなぁ。」
「そう、じゃあ、そのままにしておきましょう。」
「お母さん。私はポールが『新しいお父さん』になるの嫌じゃないからね。」
ブーーーーーーーーーーー。
ティアが飲み物を吹き出す。
「な、な、何を、いきなり、言い出すの?」
ティアはかなり混乱している。そして、それ以上に私は混乱している。
「だって、ポールが来てたんでしょ? この間も私に見つからないようにこっそりデートしてたみたいだから、きちんと伝えておこうと思って・・・。お父さんが家を出ていってから数ヶ月、そろそろお母さんも新しい恋をしてもいいと私は思ってるよ。」
出ていったお父さんは『秘密部屋』でその会話を聞いていますけど!!
「ポ、ポールとは、そういう関係じゃないのよ。だから余計な気を使わないの。わかった?」
「じゃあ、他の人とは?」
「ルナ。私は今誰かとお付き合いする気はありません。」
「まだ、パパのこと好きなの?」
「それは・・・。」
『はぁ。』と溜め息を付いて観念したようにティアが私への思いを語り出す。
「いい、ルナ。『パパ』は確かに夫として父親としては最低の人だと思ってるわ。だけど、1人の人間としては素晴らしい人だと私は今でも思ってるわ。」
「あんなことがあったのに?」
「そう、あんなことがあったのに。私は彼がしたことは絶対に許せないし、夫婦としてやり直す気は全くないわ。でも、ルナ、あなたの父親は『パパ』なの。私はあなたと出会わせてくれた『パパ』に感謝してるのよ。ルナはパパのこと嫌い?」
「ううん。最低だとは思ってるけど、今でも好き。でも、パパは私のこと好きじゃないのかも知れない。」
「そんな事はないわよ。『パパ』はきちんとあなたのことを見守っていて、この半年間でのこともきちんと知っているわ。だって、あなたのことを『愛してるから』。」
「じゃあ、私が泳げるようになったこと知ってる?」
「もちろん。」
「じゃあ、学校で表彰されたことは?」
「知ってるわ。」
「魔法の才能があるって魔術の先生に言われたことは?」
「あなたが将来有数の魔術師になるって言われたことも知ってる。」
「それから、それから、私がもう怒ってないって知ってる?」
「それはお母さんも初耳だけど、今、パパも知ったと思うわ。ねぇ、パパ?」
ガチャリと『秘密部屋』のドアを開けて姿を現す私。
「パパ!?」
「ルナ、ごめんな、最低の父親で。」
私もルナも、顔は見れないがきっとティアも大粒の涙を溢しているだろう。
「パパ!!」
私に走りよって抱き付いてくるルナ。力強く抱きしめる私。
「ごめんな、中々会いに来れなくて・・・。」
「ううん、いいの。今来てくれたから。」
健気すぎて悲しくなる。私は今までどれ程この子を傷付けてしまったのだろう。
「パパ、これからはまたずっと一緒にいられるの?」
言葉に詰まる私。
「ルナ、パパはこれから『世界を救う旅』に出なきゃいけないの。」
ティアが助け船を出してくれたが、その船は『ドロ舟』な気がする。
「世界を救う?」
当然の様にルナの頭には『?』が浮かんでいる。
「そう、パパは『家庭を守る』より『世界を守る』ことをしなきゃいけない人なの。もし、ルナの為だけにこの家にいたら、たくさんの人が苦しんでしまうの。だから、我慢してルナ。でも、数日は一緒にいてくれるって。」
言葉の端々にトゲを感じるが、まぁ、仕方ない。
「じゃあ、パパが『救世主様』なの?」
子どもの発想力は本当に凄い。確かに今の会話と町の状況を組み合わされるとそんな答えが導き出される気もするが・・・。
「違うのよ、ルナ。今からこの町に来る『救世主様』は偽物で、パパこそが本当の救世主なの。でも、家族以外にこの話をしちゃダメよ。救世主はいつも『悪者』から命を狙われる運命だから。わかった?」
「うん、わかった。」
「ルナ、真の救世主様は、世界を救うため大陸中を旅しなきゃいけないけど、それでもルナの事が大切だから、1年に何回かは帰ってくるって。ねぇ、救世主様?」
「本当に?」
目をキラキラしている愛娘にNOなんて言えるはずがない。
「もちろん。」
こうして私は1年に数回は愛娘に会いに来る『救世主様』となったのだった。