救世主と偽りの信仰 1
新章です。今後ともよろしくお願いします。
ちょっと毛色が違う章になってしまうかもしれませんが、お付き合い頂けると幸いです。
今回の話の中で直接ではないのですが、残酷な表現が出ています。苦手な方は、次話『救世主と偽りの信仰 2』からお読みいただくことをお勧めします。
シーズの町近くまで帰ってきた私は狩りをするときに使っていた山小屋で『作戦』を建てることとした。町に入ると知り合いが多数いるし、『最低の浮気男』のレッテルが張られている以上、上手くやらなければきちんとこちらの意図を伝えられる前に町から再び追い出されてしまうだろう。
身から出た錆とはいえ、今回の状況はかなりの難易度を擁するミッションだ。
「ガウっ。」
ルークが何かに気付いたようだ。私も警戒レベルを一段階上げる。どうやら複数の人がこちらに近づいてくるようだ。気配がだだ漏れなところを考慮すると一般人だろう。大方山菜採りか狩りの途中の休憩場所にここに向かっているのだろう。私は念のために小屋の中の秘密部屋に隠れることにした。刺客と言うことはないと思うが、町の知り合いという可能性は大いにある。作戦が完成する前に姿を見せるわけにはいかない。
ちなみにこの秘密部屋だが、当時王国からの追っ手が来たときのために一生懸命作ったのだが、結局役目を果たさずに終わったという悲しい歴史を持ついわく付き物件だ。今回、陽の目を見ることとなり、この部屋も喜んでいるだろう。
数分後、15人もの大所帯が小屋に辿り着く。
「おい、外を見張っておけ。」
偉そうな若い男が屈強な男に命令する。
「はい。」
そう言うと小屋の外で男は仁王立ちしながら周囲の警戒を始めた。こんな男が入り口に立っていたらまともな人は入って来ようとはしないだろう。
「では、交渉を始めましょうか?」
『交渉』といえば聞こえがいいが、この雰囲気は交渉というよりも強制的にここに集められたという雰囲気だ。その証拠に男と同じ服装をしている数人以外は苦虫を潰したような表情をしている。
「ふざけるな。我々は交渉をしに来たのではない。娘を返してもらいに来ただけだ。ここに娘がいると聞いたからこうしてお前たちについてきたのに『交渉』だと!?」
初老の男性が興奮して男を怒鳴りつける。が、男は全く気にした素振りを見せない。
「まぁまぁ、娘さんが『今』ここにいないのは事実ですが、もしあなた方が私たちのお願いをに聞いてくれたら、5日後の夕方にはここに来てあなた方と再会するでしょう。が、無理にとは言わないので、嫌ならお帰りください。」
最もらしく話しているが、それは『交渉』ではなく『脅迫』である。初老の男性もさっきまでの勢いを失い席に座る。
「では、ここにいらっしゃる全員が私たちのお願いを聞いていただけるという事でよろしいでしょうか?」
沈黙が流れる。
「やれやれ、返事も出来ないとは・・・。そんなんだからお子さんたちはあなたたちを見限ったんじゃないですかねぇ?」
全員から苦悩の色が見てとれる。どうやら子どもたちを人質にとられ、言うことを聞かそうとしているようだ。そして、その子どもたちは自発的に親元を離れたという感じだろう。
「わかった。協力するから約束しろ。絶対に5日後の夕方に娘をここに連れてくると!!」
「ええ、勿論です。ただし、娘さんがそれを望めばですがね。彼女にも拒否する権利はありますから。」
「・・・わかった。それでいい。」
「他の皆さんはどうですか? お願いを聞きたくない人はここから出ていってください。今すぐに。」
誰もその場を動こうとしない。
「沈黙は肯定と受け取って、お願いの説明に入りたいと思います。ちなみに説明に入ってからの拒否は認められないので、よろしくお願いします。」
丁寧にお辞儀をする男が話し邪悪な笑みを浮かべている。
「今から3日後にシーズの町に我らが救世主様が現れます。貴方たちには救世主様の『奇跡』の体現者になって頂きます。」
体現者? どう言うことだ? まぁ、救世主なんて嘘くさいが『奇跡』を体現するのに、なぜ『お願い』なんてする必要があるんだ?
「まず貴方、貴方は目が見えない設定でお願いします。そして、妻の貴方はそれを健気に支える『役』、次に貴方、左足が生まれながらに動かないと言うことにしましょうか? 次に貴方は・・・。」
その後もそれぞれに役目が与えられる。どうやら『奇跡』の体現者ではなく『詐欺』の片棒を担がせるようだ。
「冗談じゃない。俺は娘の様にお前たちに騙される人々を増やす行為には絶対に協力しないぞ。」
先程とは違う男性が声を荒らげる。
「今から、村に行って、お前たちの悪事をばらしてきてやる。」
そう言って男性が席を立った瞬間、
「やれやれ、拒否は認められないとお伝えたでしょうに。まぁ、でも、貴方がそういう反応をするのは『予知』でわかっていたので、お土産を持ってきました。」
そう言って箱を男性の前に置く。
「ふざけるな。娘に会わす以外で俺を説得できると思うなよ。」
「ええ、思ってません。だから娘さんです。」
場の空気が一気に冷える。30センチ四方程度の箱に人が入っているわけがない。入るとしたら・・・。
恐る恐る箱を開ける男性。中を見た瞬間、絶望に声をからせ吐き出した。他の人々も同胞の反応を示す。
「さあ、我らが救世主様に歯向かおうとした愚か者には天罰がくだりました。とりあえずこの異端者には退席していただいて・・・。」
顎で合図を送ると部下が男性を外へ引きずり出す。嗚咽はそれからすぐに聞こえなくなった。
「私たちの『予知』によると残りの皆さんは喜んで協力していただけると出ているのですが、間違いないですね。」
一生懸命頷く人々。
「ありがとうございます。では、先程お伝えしたお願いを実行するためにこれから演技指導に入ります。お願いが成功するかは皆様の熱意に掛かってきますから、くれぐれも手を抜かないようにしてください。ちなみに、今日1日で完全にマスターしていただいたら、明日は町に潜って、3日後をお待ち下さい。宿はこちらで用意するのでご心配なく。」
家族をロキから守る為に、きちんと元妻に情報を伝える方法を考ようと滞在した山小屋でいきなり超ヘビーな展開を見せられることとなった私は今にも飛び出したい感情を必死に抑え、そのまま1日を秘密部屋で過ごしたのだった。