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人魚の里と赤い悪魔 13

さらにそれから数日が過ぎた。体の方はすっかり元通りになったようだ。朝早く目が覚めた私は少し体を動かしながら湖を覗きこむ。


あの後、まだ人魚族の人には会っていない。


湖に潜って薬を持ってきてくれるサラサによると、喪に服しているため水面に出てくることはないのだという。


喪は予定通りなら今日開けるらしい。


体が回復してからは『何をどう伝えたらいいのか。』ばかり考えている。多数の死者が出たことはもちろん、人間族が襲ってきたことの憎しみも私に向けられそうで・・・。もちろん、人魚族の人たちが心の底からそんな事を考えていないのもわかっているが、人はどうしようもない悲しみに直面したとき、その悲しみを転換して誰かにぶつけたくなる生き物と言うこともまた『真』であると、私は思っている。


ザバッ。


突然、湖の水が盛り上がり、中からジュゴンが現れた。


「おはようございます、ゼロ殿。巫女様と長老様がお待ちです。一緒に里までおいで頂けますでしょうか?」


ついにこの時が来た。私は逃げ出したい弱い自分を一生懸命抑えながら、


「おはようございます、ジュゴンさん。承りました。その前に、仲間に湖に潜るとだけ伝言だけさせていただいても宜しいでしょうか?」


「もちろんです。」


私はテントの入り口を開け、中で寝ているであろう仲間たちに小さい声で、


「じゃあ、行ってきます。」


と、だけ伝えた。


「わたくしもともに・・・。」


と、弥生が小さく返事をするが、


「弥生は水中では息が続かないだろう? 帰りを待っててくれ。」


と、言い残しテントを出る。後ろで『それならゼロ様も、息が・・・。』と喋っている弥生を振り返らずに片手で言葉を制し、なにも言わずに手を振る。彼女が息のことだけを心配しているのではないことは100も承知だが、もし、『憎しみの目』を向けられるのなら私だけの方がいい。


「では、参りましょうか。」


その言葉とともに私とジュゴンは湖に潜る。予想通り息は普通に出来るし、泳ぐ能力も信じられないほどに上がっている。ジュゴンもその事は特に気にしている様子はなく、ただ淡々と目的地を目指す。『大蛇』のことも、『人間族の軍隊』のことも、『死者』のことも、一切私たちは話さずに里に着く。


「ようこそ、ゼロ殿、私たちの里へ。」


ジュゴンが形式上の挨拶をする。そこに現れたのはまさに竜宮城のような素晴らしい街・・・の破壊された姿だった。戦っているときは無我夢中で気にしていなかったが、ここは正にあの『大蛇』が暴れまわった場所であった。戦いの傷跡が生々しく残っていて、私は言葉を失う。里は静まり返っていて、誰一人泳いでいるものはいない。喪があけたとは言っているが、とてもそうは見えない。


「さぁ、宮殿に入りましょう。」


私は案内されるままに宮殿と呼ばれるエリアに到着する。そこにはアリスタと共に長老たちが私を待っていた。ただし、10人いた長老たちも今は9人しかいない。今回の件で怪我をして療養中か或いは・・・。


「お待ちしておりました、ゼロ様。」


アリスタがいつもと違う口調で話し掛けてくる。


「アリスタさん、今回の件、本当に申し訳ありませんでした。亡くなった方たちのご冥福をお祈り申し上げます。」


「ありがとうございます。ゼロ様。しかし、ゼロ様が謝る必要などどこにもありません。まずは里を代表してお礼をのべさせてください。私たちの里をお救いくださってありがとうございました。」


アリスタだけでなく、長老たちも頭を下げる。


「やめてください、アリスタさん。私はこの里を救いきることが出来なかった。仲間から300名もの人々が犠牲になっていることを聞きました。この美しい里だってこんなに破壊されて・・・。」


「正確には309名です。負傷者も多数出ました。しかし、それはゼロ様の責任ではございません。私たちに『大蛇』を倒す力がなかったからです、私たちの『守る力』が足らなかったからです、そして何より私たちに『協力』すると仰ってくれたあなたたちを信じる『心の強さ』がなかったからです。始めからあなたに我々の『秘術』を使い、能力を授ければもっと被害は少なくて済んだでしょう。」


やはり私が今水中で息ができていること、泳ぎのスピードが魚並みになったことは『秘術』と関係しているらしい。


「初対面の私たちを信じられないのは当然です。特に私は今回里を襲った『人間族』と同じような種族ですし、仲間も多様な種族の集まり、急に押し掛けて『はい、信じます。』と、なる方が難しい。だから私たちは単独で『大蛇』を撃破する必要があったのです。」


「それは違います、ゼロ様。元々、この里を守るのは私たち自身の義務であり、ゼロ様たちはその責を負う必要などありません。それにゼロ様たちは『赤潮』の一件で私たちの信頼を得るに十分な功績をあげてくださいました。結局、それでもゼロ様たちを信じきることが出来なかった私たちの弱さ、判断の遅さが被害の拡大を防げなかった最大の原因です。」


「しかし・・・。」


「もう、お止めください、ゼロ様。ゼロ様が私たちの仲間を思い、苦しんでくださったのはよくわかりました。でも、今度は私たちの声に耳を傾けてくださいませ。私たちは私たちの『英雄』にそんなに悲しい思いをしていて欲しくはありません。『309名を救えなかった』とお考えになるより、『目の前にいる私たちを救った』とお考えください。これは巫女としての私一人の言葉ではなく、里の総意としてお聞き入れください。」


言葉が出ない。いくらアリスタが私を思い幾ら言葉を並べてくれても、それが『里の総意』とならないことがわかっているからだ。


「ゼロ様、私の言葉が信じられないですか?」


アリスタが鋭い反応を見せる。私はどう答えていいものかわからず、返事を返せない。


「では、こうしましょう。もしあなたが今回の件で責任を感じていらっしゃるなら、今から私たちと共に死者の魂を送る宴に参加してください。」


「宴?」


「そうです。私たち人魚族は死者を送るとき13日間の喪に服します。そして、14日目に魂が天に帰るとき、その魂に感謝の意を込めて盛大に宴を催すのです。ですので、ゼロ様、どうか一緒に仲間の魂が天に帰るのを見届けていただけますか?」


「・・・しかし、人魚族の人々はそれを望むでしょうか?」


中には私のために仲間を失ったと思って、『宴』どころかこの里に入るのすら拒否したかった人々だっているはずだ。


「ああ、もう、ゼロちゃんのわからず屋!! みんな感謝してるって言ってるでしょ? いいから宴に参加するの!! それからその暗い顔を止める。そんな顔じゃ送られる方だって迷惑だよ!! クヨクヨばっかしてないで周りを見渡しなさい!!」


急に口調が変わるアリスタ。私は驚いて彼女の顔を見る。そして、言われた通りに周りを見渡す。


そこには里中から集まったと思う人魚の大群が私たちを取り囲むようにいた。


「せーーーーーのっ」


アリスタが声を発すると、


「「「「「「「「「「里を救ってくれて、ありがとうございましたーーーーーーー!!」」」」」」」」」」


全員からのお礼の言葉が私に降りかかる。


自然と涙が出る。


「さあ、盛大に宴を始めるよーーーーーーー。」


おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお


地鳴りのような返事が里中に響き渡る。


陽気な音楽が響き渡り、人々は楽しそうに踊り出す。料理がところ狭しと並べられ、嬉しそうにみんながそれを頬張る。


私はあまりのことに方針状態になってしまう。そんな私にお構いなしに人々が群がり、お礼を述べてくる。


「ありがとうゼロ様。」

「お兄ちゃん、有り難う。」

「ゼロ様、本当に感謝してます。」

「他の種族ってもっと怖い人たちだと思ってたけど、ゼロ様とだったら結婚してもいいよ。」

「ゼロ殿の命を掛けた戦い。本当に胸を打たれました。」

「もっと楽しそうにしてください、ゼロ様。その方が死んだ息子も喜びます。」

「一緒に踊ってください、ゼロ様。」

「ゼロ様、好きな魚を教えて下さい。」


ここが湖の中でよかった。そうでなければ私のこの涙は頬を伝って流れ落ち、みんなに泣いているのがばれてしまったであろう。


ああ、もう、ちくしょー、この人たち、最高だ。私はまた自分の心が救われていくのを感じる。


救えなかったことが帳消しにされるわけではない、亡くなってしまった人は戻らない。けれど、ここで悲しんで自分を責めていても、結局何も変わらない。『魂』という存在が本当にあるかは知らないが、今はそれを信じてせめてその人たちを送るために無理にでもばか騒ぎに加わろう。肉親や仲間を失ったこの人たちの悲しみは私より大きいだろう。そんな片鱗を全く見せないこの人達の為にも。


弱いな、私は・・・。この人たちのように『強い心』を持てるようになりたいな。今、心から、そう思う。


「ほら、ゼロちゃん、一緒に踊ろう!!」


私はアリスタに手を引かれ宴の真ん中へと引っ張り出される。


「みんなー、踊るよ!!」


その掛け声で陽気だった音楽が更に陽気さを増す。正直ダンスは得意ではないし、水の中でのダンスなんて踊ったことがない。私はただただ見よう見まねでアリスタのリードに合わせて踊ろうと奮闘するが、全く上手くいかない。人魚族の人々はそれを見て楽しそうに笑っている。たとえ、それが『笑わせている』のではなく、『笑われている』のだとしても、この宴に参加し、魂を弔うことになるなら本望だ。


「ゼロ様、ダンス下手ですね。」

「戦っているときにはあんなにかっこよかったのに・・・。」

「下手くそでいいから次私と踊ってね。」

「お兄ちゃん、次私とね!」

「若いの、あたしと踊ってくれんか?」


ダンスを馬鹿にされようが、お婆さんにダンスに誘われようが、嬉しさが込み上げてくる。だって、言葉をかけてくれる人達はみんな、私がこの宴に参加することを受け入れてくれているということだから・・・。一緒に『魂』を弔うことを認めてくれてる人たちだから・・・。


それから夜まで宴は続いた。多分、一生分、いや、人生3回分ぐらい踊ったんではないだろうか? 一緒に踊った中にはまさかの長老衆や、ジュゴンもいた。男をパートナーとして踊ったのは、修学旅行のフォークダンスで人数あわせのために女子の列に配置させられた『高橋くん』と踊って以来だ。当時、私は高橋くんと踊らされたことを猛烈に悲しんだが、女子と一切踊れなかった彼の悲しみと比べると雀の涙ほどの悲しみだったと理解できたのは、今回の宴のお陰だ。


「ゼロちゃん、これから精霊送りするから、仲間のみんなも連れてきてもらっていい? 時間は掛からないから、多分水が苦手な人たちでも大丈夫だよ。」


『精霊送り』。詳しくはわからないが、最後の儀式的なにおいがする。私は言われた通り、みんなを連れにテントへ戻る。


「ゼロ様、お待ちしていました。」

「大丈夫、ゼロ?」

「ご主人様、変なことされませんでしたか?」

「御館様、僕が励ましてあげるから横になって。」

「ガウっ。」


思い思いの言葉で、私を心配してくれる仲間たち。


「ごめん、心配かけて。もう大丈夫だから・・・。里でのことは後で詳しく話すけど、今から死者を弔う最後の儀式が行われるらしいんだけど、アリスタがみんなにも参加して欲しいって言ってるんで、一緒に来てくれるかな?」


「「「「「もちろんです。」」」」」

「ガウっ。」


私たちが宮殿に着くとすぐに『精霊送り』とやらが始まった。仲間たちの息の事を考慮してくれたんだと思う。


薄暗くなってきていた水中に青白い光が一つまた一つと灯り出す。ゆっくりと、だが確実にその数を増やしていく。あまりの美しさに私は息を飲む。その数、およそ数百。


「さあ、旅立ちの時間だよ。」


アリスタが言うと、全ての光がアリスタの掲げた手の上部に集まり、大きな光の玉が出来上がる。


「またね、みんな。」


その言葉とともに光が水面を突き破り、天へと昇っていく。


誰一人言葉を発せず、光が消えていった空を見上げ、各々の思いを抱きしめている。あれが本当に『魂』だったかはわからないが、この場でこの儀式に参加できて本当に良かった。


「さあ、宴は終わりだよ。みんな今日は家に帰ってしっかり休んでね。」


アリスタが宴の終了を告げる。


「ありがとう巫女様。」

「巫女様もきちんとお休みください。」

「じゃあね、アリスタお姉ちゃん。」

「おやすみなさい。」


思い思いの言葉をアリスタに告げ去っていく人々。その帰り際のみんなの笑顔もまた私の心に深く刻まれたのであった。

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