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人魚の里と赤い悪魔 8

「このまま次の実験に移りたいと思います。」


人魚族の興奮が収まる前に畳み掛けるように、私は提案する。人魚族の人々はすでにある程度納得してくれたと思うが、プラスの判断材料は提供すればするほど心証はよくなるだろう。


「今度は『赤潮』がなぜ赤く見えるかです。ここに緑の葉っぱが一枚あります。これをこの湖に浮かべると何色に見えるでしょうか?」


みんなの頭の中に『?』マークが見えるようだ。『いきなり何言い出すんだ?』という顔をしている。


「そうです。葉っぱ一枚では全く湖の色は変わりません。」


人魚族の混乱を無視して無理矢理話を続ける。


「では、10枚の葉っぱを隙間なく並べるとどうでしょう?」


そう言いつつ、10枚びっしり葉っぱを水面に敷き詰める。


「どうでしょう? 少なくともここの葉っぱがくっついているところは緑色に見えませんか? 『赤潮』もこれと同じ原理でびっしりひしめき合ったプランクトンが集まって『赤色』に見えていると言うことです。この一つ一つの隙間を引き離せば、色は消えます。皆さん、こちらに移動してください。」


こちらと言うのは『赤潮』の端っこ、赤色と湖の色が2つに別れているところだ。


「では、よく見ててください。結界お願いします。」


協力してくれる人魚族にお願いして、二つの色が別れているところを赤潮が全体の100分の1程度になるように3メートル四方で湖の水を結界に封じ込める。


「結界の中からは何者も脱出できないことは私より皆さんの方がご存じだと思います。では水流をゆっくりお願いします。」


今度は渦潮のようにゆっくりとであるが結界の中の水が混ぜ合わせる。


「まずは私は何も手を出していず、人魚族の皆さんの『術』のみでこの作業が行われていることを再度強調させてください。そして、そのまま『赤潮』を含んだ水を見てください。」


「おおおおおおおおおおお。」


大きなどよめきが起こる。


結界の中の水はさっきまで赤色の部分が嘘のように消え、澄んだ色をしていた。


「これで私の実験は終わりにします。この結果を踏まえて皆さんが私が説明した『赤潮』の原因と正体にきちんと向き合ってくれることを願います。今日はわざわざお集まりいただいてありがとうございました。」


パチパチと大きな拍手と歓声が巻き起こる。正直手応えは十分だ。


「では、実験とは関係ないですが、最後の仕上げといきます。お願いします。」


協力している人魚の中で結界を張れる人魚たちが赤潮の位置から下流へ流れる川まで一直線に並び、結界を形成する。『赤潮』から川への結界で囲まれた道が出来上がる。そして、その上を川が氾濫しない程度の速度で『赤潮』を含んだ湖の水を水流を操り流し込んでいく。みるみる『赤潮』が流されていく。10分後、湖の上から『赤い悪魔』の姿は完全に消えていた。


英雄。魔王を打ち倒して帰還したときですら受けたことのない大歓声と感謝の眼差しを一身に浴びることとなった。もみくちゃにされながら感謝の言葉を四方八方から受ける。言葉だけではなく、ハグやキスも美人の人魚さんから受ける。まさに天国だ!!


と、思った鼻の下が30センチぐらい延びていたので、弥生からきついお仕置きがあるんではないかと思って弥生の顔をチラ見するが、どうやら今回は見逃してくれるらしい。


そのまま私たちを称えて、祭りの状態が夜まで続く。貢ぎ物のように魚がテントまで次々と運ばれてくる。一生分の魚を食べた気分だ。長老たちも私たちの実験に満足がいったようで、ネピューが大きめの魚を持ってきてくれた。


宴は真夜中まで続いた。人魚族の歴史において、『赤い悪魔』を討伐した初めての日になったのだ。人々は本当に嬉しそうに笑い、食べ、踊った。私は『それ』を成したことより、『この運命の日に立ち会えたこと』に心から感謝した。『笑顔は人を幸せにする』、その言葉通りに人魚族の笑顔は私の心までも幸せに包んでいく。


まさしく『めでたしめでたし』というエンディングを迎えた・・・はずだった。


しかし、私はどうやらこの『めでたしめでたし』には本当に縁がないらしい。真夜中を周り、眠りにつこうかと言うときになって、しのぶとルークが帰ってきた。


「おお、お帰り。首尾はどうだった?」


二人は青い顔をして黙っている。


「大丈夫だ。今回はそっちに成果が無くても、どうやら交渉は上手く行きそうだ。約束の日まではあと5日はあるが、多分明日には話がまとまると思う。」


暗い顔をしている2人を励ます意味も込めて、こちらの成功を伝える。しかし、2人は暗い顔をしたままだ。流石に鈍感な私でも、ここまで深刻だと、ただ事でないことはわかる。


「あそこの川の上流に、人間族の兵士がおよそ500人集結しております。どうやら、奴等の野営から生活排水などが湖に流れ込んだと思われます。」


なるほど、これで全ての謎は解けた。人魚族の里を襲おうと川沿いに進んできたのであろう軍隊が野営を繰り返したことによってその排水が湖に流れ込み、爆発的にプランクトンを増やす原因になったというわけだろう。今更感が強いが、取り敢えずこれで証明すべき事象は全て説明がつきそうだ。


「そうか、で、そいつらの目的はやはり人魚族か?」


「恐らくは・・・。彼らの足でも3日後にはここにたどり着く可能性が高いです。今のところ斥候も近くにはいませんが、明日には偵察が近隣までたどり着く可能性もあります。」


「つまり、衝突は避けられないということか?」


「はい。」


500人という人数は決して少なくないが、王国の軍隊が希望の民の里に侵略をかける人数としては足らないような気がする。実際、人魚族も非常時ならば数千人は用意できるだろう。そこから考えられる可能性は、1、人魚族の里を襲いに来たのではなく別の目的で近くに来ている。2、その人数でも襲撃を成功させる自信がある。3、王国ではなく盗賊や傭兵団、もしくは人拐いで人魚族の里ではなく人を襲撃しようとしている。


どれもありそうな気がするが、私たちが取れる最善の手は里に軍隊が近づく前にこちらから奇襲をかけて撃退という方法になるだろう。里で迎え撃てば少なからず人魚族の人々に被害が出る。


「まずは人魚族の長老さんたちに事情を話す。その後、夜明けを待って敵の軍の中に俺が単独で乗り込み情報収集、場合によってそのまま戦闘に入る。」


「御館様、情報収集なら僕がやります。一人で乗り込むなんていい作戦とは言いかねます。」


しのぶが自分の腕を疑われていると思ったのだろう。怒りながら反論してくる。


「しのぶ。お前の情報収集能力はずば抜けている。俺なんかは足元にも及ばないと思っている。」


「だったら・・・。」


「でも、今回はあまり『収集』している時間がないんだ。特に相手は希望の民ではなく『人間族』だ。しのぶは人間族の言葉はわからないだろう? 雰囲気や動きなどかから得られる情報をまとめている余裕がない。わかってくれ。」


少し厳しい言い方だが、人魚族の里にたどり着く前に終わらせるにはそれしか方法がないと私は思っている。


「わかりました。しかし、一人でとなると・・・。」


「それも仕方ないことなんだ。俺が希望の民を連れて歩いているのを見られるとどうしても警戒される。残念だが、今回は単独行動で行く。これは決定事項だ。」


「・・・はい。わかりました。」


渋々ながら引き下がるしのぶ。


「よし、では、しのぶは軍の周りの伏兵もしくは偵察隊をファウナと一緒に片付けてくれ。」


「「はい。」」


「弥生はルークと一緒に俺の援護だ。もし俺が危険な状況に陥ったら、ルークが俺を助けだし、弥生が傷を癒してくれ。」


「はい。」

「ガウっ。」


「サラサはいざという時の為に留守番だ。人魚族の避難は任せる。」


「えー、あたしも一緒に行きたい。」


「ダメだ。ここの避難を任せられるのは人魚族から信頼が厚いサラサしかいない。」


「わかったよ。でも、絶対に怪我しないで帰ってきてね。」


「ああ、約束する。よし、明日のために私たちはきちんと睡眠をとる。サラサ、すまないが長老さんたちにこの事を伝えてきてくれ、そして、私たちが明朝早くにここを発つことと、避難の準備を怠らないようにと伝言を頼む。」


「うん、わかったよ。」


サラサが湖に潜った後、私たちは明日のために休息をとった。嫌な予感を必死に押さえながら・・・。

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