人魚の里と赤い悪魔 7
翌朝。
テントの周囲の湖は異様な熱気に包まれていた。昨夜協力を申し出てくれた人魚たちだけではなく、こちらの値踏みをしようとしている長老たち、更に好奇心が全く抑えられていない人魚たちで溢れ返っていたのだ。
「えー、まずは協力を申し出てくれた人魚の皆さん、ありがとうございます。」
まずはお礼を言う。心の中では長老の許可をもらい協力してくれることとなったアリスタには更に丁寧にお礼を言っておく。
「人魚族の皆さん、これから私たちがお見せすることは『赤い悪魔』がプランクトンという小さい生物の集合体であり、意志と言うものを持たずただ浮遊している存在であるということを証明する実験です。尚、プランクトンと言う存在は長老さんが知っているのでわからなかったら、後で聞いてください。」
「意志を持たない? しかし、実際戦いに赴いた仲間が殺されているんだぞ!!」
殺された人魚も友人だろう。感情的に反論してくる人がいた。
「意志を持たずとも害を与えることは有り得るということです。害を与える方法の可能性は2パターン存在しますが、いずれにせよ同じ方法で回避できます。それは、『近づかないこと』です。」
ざわめきが起こり、失望の色がみんなに広がっていく。それはそうだよね。だって、言ってることは何て言うことはない、いつも人魚族がしていることなんだから・・・。
「お気持ちはわかりますが、最後まで話を聞いてください。ここから少し難しい話になるのですが、皆さんは『酸素』と言う存在を聞いたことはありますか?」
みんな首を横に降っている。ちょっと期待してネピューを見るがどうやら彼も知らないようだ。
「では、今から息を止めてください。」
え? なんで? と言う表情を浮かべるものの素直に言うことを聞いてくれる人魚族たち。
「苦しくなったら、普通に息をしてください。」
少しすると、ゼーゼーと苦しそうな人魚が一人また一人と呼吸し出す。
「今、息を止めて、苦しくなったら原因がわかる人いますか?」
全員が首を横に振る。
「実はその原因が『酸素』です。私たちは地上でも水中でも『酸素』を吸って生きています。食事と似たようなニュアンスで考えていただけると嬉しいのですが、食事と違うところは『酸素』は体の中に蓄えておくことが出来ないということと、目に見えないということです。」
人魚族の反応はほぼ『納得できない』と言うものだ。
目に見えないものを信じるのがいかに難しいかは重々承知しているつもりだ。私だって空気は勿論、携帯電話も赤外線もどうやって情報を飛ばしているかさっぱりわかっていないので、いつも『意味がわからん!!」と、なってしまうぐらいだし。
「皆さんが信じられないのは無理もありません。なので、今は信じないで構いません。ただ、『酸素』という存在があるかもしれない・・・とだけ心に止めておいてください。そして、もし皆さんの中で『赤い悪魔』が現れたときに息苦しさを感じたら私の言葉を思い出して距離を取っていただけると幸いです。」
ここまでの説明で伝えておきたかったことは、目に見えない『物』が世の中には存在するということ。『信じる』まではいかないでも『考える』ことをしてくれるだけで、世界の在り方は姿を変える。
「では今から始める実験の内容お伝えするのですが、その前に皆さんにお話しすることがあります。それは私たち地上で生活する人々の多くが水の中では息が出来ないということです。先程の説明を引用すると水中では『空気を吸うことが出来ない』と、言うことです。人魚族の皆さんは当たり前の様にしていることで気にも止めていないでしょうが、水中で息が出来るということは私たちにとってはもの凄く素晴らしい能力なのです。」
若干みんな嬉しそうだ。誉め殺し作戦はそこそこの効果を生んでいるようだ。
「ただし、『赤い悪魔』つまり『赤潮』に対したとき、この素晴らしい能力が仇となります。なぜなら『赤潮』は水中において酸素を吸う機能を麻痺させるからです。この為、先程皆さんにしていただいたように『息を止めた』状態に無理矢理させられます。しかし、皆さんは息が出来ないという経験がないので『それ』とは気づけずに水中で息をしようとし続けてしまう。これが今回、残念ながらお亡くなりになってしまった人魚族の人たちの死因です。ただ、お伝えした通り『酸素』は目に見えないため、これを実証する事は私たちの力では残念ながら出来ません。」
『やっぱり口だけの詭弁なんだな』的な空気を感じる。しかし、大丈夫、今回証明するのは別の事実だから。私は満を持してこの実験の内容を伝える。
「しかし、私には水中で息が出来ないからこそ出来る証明があります。それは『酸素』を吸っていられる限り、『赤潮』の影響を全く受けないということです。これから私が『赤潮』の中に入り、その事を実証します。」
大きなざわめきと共に私は湖へ飛び込む。正直なところ、赤潮がプランクトンであってもあの中を泳ぐのは気持ちが悪いから嫌だ。しかし、見えないものを証明出来るのは『結果』だけだと思っている。一応、『赤い悪魔』が本当に化け物であったときの緊急用に、ファウナの矢で陸まで引き上げてくれる算段と、その後テントのなかで弥生に治療してもらえるように保険はかけておいた。
『赤潮』の中央部分と思われる位置まで泳ぎきる。
「弥生、どうだ?」
『赤い悪魔』の生命エネルギーが変化していないかをそれとなく聞いてみる。やっぱり異世界だから『赤潮』でない可能性もある。念には念をいれないと。いや、決して私がビビりだからじゃないし!!
「はい、変化ありません。」
どうやら問題ないようだ。
「では、次に『赤い悪魔』に攻撃を加えます。ファウナ、よろしく頼む。」
「はい、ご主人様、しかし、ご主人様がこんなに自分の身を危険に晒すとは・・・。SだけでなくMの才能も備えているんじゃ・・・。」
などと、変な独り言が混ざりつつも矢を10本放ち『赤い悪魔』に命中させる。
「次、人魚族の人たちもお願いします。」
「「「はい。」」」
複数の人魚族が水を操り、水流でカッターのように『赤い悪魔』を攻撃する。何れの攻撃も命中はしているが、どうやら効果は全くないようだ。
「弥生、どうだ?」
何回も言うが『ビビってねぇし!!』
「はい大丈夫です。」
「さて、人魚族の皆さん、もし、皆さんの考えが正しいなら、私は『赤い悪魔』に殺されてしまうでしょう。しかし、ご覧の通り、私はこの通り全く攻撃を受けてません。更に皆さんの中には私が特別だとお考えになる方もいるかもしれません。そこで、私の仲間とこの方に協力して頂こうと思います。」
2人が姿を現すと、ざわめきがピークになる。
「サラサと巫女様です。」
2人は躊躇うことなく『赤い悪魔』の中心まで游ぎきる。念のために顔は出したまま泳いでもらった。ざわめきが静寂に変わる。みんなことの結末を固唾を呑んで見守っている。
「大丈夫だよー。」
そう、アリスタが大きな声で発すると大歓声が沸き上がる。どうやら思ったよりも大きな成果が得られたようだ。興奮した野次馬たちはそのまま『赤い悪魔』目掛け泳ぎ始めた。
「念のため、顔は出して泳いでください!!」
何度、その言葉を大声で怒鳴らされたことか・・・。暫くは「赤い悪魔』の中で人魚族のみんなから賛辞を受けることとなる。しかし、ここで予想外のアクシデントが起こる。
「ゼロ殿。今回の手腕、実に見事でありました。」
ネピューもどうやら賛辞に来てくれたようだ。
「しかし、巫女様を実験に参加させるとは言語道断!! 一体どういうおつもりか!?」
烈火のごとくネピューが起こりだしたのだ。
ええええええええええええええええええええええええええ!?
「いや、巫女さんが長老さんたちの許可はとったって言ったから・・・。ああ、そう言うことか。」
ここで、全て理解がいった。始めからそんなに簡単に許可がおりるとはおかしいとは思ってたんだ。ネピューも『ああ、そう言うことか。』と、言う顔をしている。
「「アーリースーター!!」」
この後、アリスタがネピューと私からこっぴどく起こられたことは言うまでもない。
以上の結果により『赤い悪魔』がこの方法で魚や人々を殺すという証明は出来なかったが、『こうしても殺されない』と言う逆説的な証明は大成功に終わったのであった。




