人魚の里と赤い悪魔 3
人魚族の里。着いてみて初めて知ったのだが、それは大きな湖を指すらしい。まぁ、そりゃそうだよね、基本水中生活している種族なのに、家だけ地上にあるっていうのも変な話だからね。ジュゴンによると、水中の家は流木で作ったり、沈んでいる岩をくりぬいたりして出来ているらしい。
「ようこそ我らが人魚族の里へ。では、中に入りましょうか。」
ジュゴンが事も無げに言うと、彼の体が徐々に変化し、湖の縁にたどり着く頃には2本の足が人魚の下半身に変化し、鱗で覆われていた上半身は人間と同じような皮膚感になっていた。想像していた人魚その物だ・・・但し、性別を除く!!
「えっとジュゴンさん、簡単に中に入りましょうと言われましても、ほら、人魚族と違って僕たち水の中で息が出来ないんですけど・・・。」
うっかり者のジュゴンさんに、私たちの身体構造の説明した。すると、ジュゴンは目を見開き、
「えっ、地上の方々って水中では息が出来ないんですか? でも、私たちが聞いている情報では湖や海に潜って魚や貝を捕ることもあるとの事ですが・・・。」
「いや、確かに潜ることはありますが、数分間だけのことです。」
と、言ってから気付いたのだが、こちらの世界の住人は息を止め続けたり、水中で呼吸が出来るのかもしれない。
「いや、ちょっと待ってください。種族によっても違うかもしれないので、仲間にも確認させてください。」
「わかりました。」
「みんなの中で水中で呼吸ができたり、長時間活動できる人っている?」
「わたくしの種族も水の中では精々数分しか活動が出来ません。」
「あたしは一時間ぐらい出来ると思うよ。」
え、流石、『竜』の冠を背負う種族。爬虫類のワニとかに近い身体構造なのだろうか? まさか子どもも卵からとかだったら少しビビる。
「ケンタウロス族は泳ぐことは出来ますが、潜ることしません。ただ、ご主人様が窒息プレイをお望みなら・・・。」
「黙れ!!」
「ハウっ。」
「犬人族は泳ぐのも潜るのも得意ではありますが、僕たちも数分が限度だと思います。」
「と、いうことはサラサ以外は俺と大差無いと言うことだな。ジュゴンさん、聞いての通り、申し訳ないが1人以外里にお邪魔することは叶わないようです。すみませんが、サラサを私たちの代表として里に案内していただいて宜しいでしょうか?」
「ええ、勿論です。」
「それと、『赤い悪魔』が現れた場合、ここからでも確認できますか?」
「出来ることは出来ますが、あそこに見える崖から湖を観察した方がより見やすいと思います。ただ、ご覧の通り大きな湖でして、この付近に奴が現れなければあそこに登ったとしても見つけるのは困難だと思います。なので、もし、竜人族の巫女様が我が里を訪問中に奴が現れた場合はすぐに水を噴射して合図を送らせて頂くと言うので如何でしょうか?」
「ありがとうございます。では、噴射された水の近くに『赤い悪魔』が現れたと思って宜しいですか?」
「はい、その様に皆にも伝えておきます。では、巫女様、参りましょうか?」
「うん、行こー。」
あっ、水に入る入らないって話ですっかり忘れてたけどサラサは政に向かない性格だったわ。
「サラサ。いいか、これは外交だ。丁寧な言葉使いと姿勢を心掛けるんだぞ。」
「大丈夫だよー。あたし巫女だから、一通り礼儀作法は習得済みだよ!!」
せめてその片鱗を見せてくれればまだ安心できるのだが・・・。でも、どうせ今さらサラサに礼儀を教え込むことは不可能だから取り敢えずサラサの言葉を信じることにしよう。
「じゃあ、任せたぞサラサ。」
「うん、じゃあ行ってくるね。」
胸を張って去っていくサラサを見送った後、私たちはジュゴンが指し示した小高い丘の上に登った。その頂上は正にピクニックに最適な場所だった。おにぎりと唐揚げと卵焼きがあれば今にでも湖の監視を怠って、昼食にしただろう。ん、そう言えば朝飯を食べてから暫く時間が経っているような気がする。人魚族の里ではどんなご馳走が出るんだろう?そんな事を考えつつ時間が過ぎていった。
ビューーーーーーー!!
突然、比較的私たちに近い位置の湖の一部でから噴水が上がる。あれは例の合図に違いない!!続々と陸にあがる二足歩行のエセ人魚たち。私たちは湖を見下ろす。一部の湖が真っ赤に染まっている。あれが『赤い悪魔』に間違いないだろう。その『赤い悪魔』の向こう側に青白く光る線が現れた、あれは結界だろう。
「ゼロ殿!! 奴が現れました。この距離なら投擲なども当たると思いますが、如何しましょうか?」
ジュゴンが丘を駆けあがりながら大きな声で呼び掛けてくる。その後ろにサラサもついてくる。
「ジュゴンさん、あの青白い線が結界だと思うんですが、あの線からこちら側に逃げ遅れた住民はいませんか?」
「はい、大丈夫です。攻撃してみますか?」
頂上にたどり着いたジュゴンが心配そうな顔で聞いてくる。きっと、攻撃して現れる頻度が増えたことを気にしており、私たちの攻撃により、更に頻度が増えないかを心配しているのだろう。しかし、試してみないことには始まらない。
「ファウナ。ここからあの化け物を射ることは可能か?」
「はい、ご主人様の命令とあらば。」
「よし、頼む。」
ファウナが狙いを定めて矢を射る。一直線に目標に向かい見事に命中した。が、水しぶきをあげて矢が水の中に入ったこと以外変わった変化は見られない。
「仕方ない。弥生とファウナ、しのぶはここで奴の動きを観察してくれ。サラサ一緒に来てくれ。ルーク、俺たちと『赤い悪魔』の距離が20メートルになったら吠えて教えてくれ。」
私は2人を引き連れて丘を駆け降り、湖に侵入する。取り敢えず上から見た『赤い悪魔の』の位置目掛けて泳ぐ。私の人生において水中眼鏡を今ほど必要としたことはなかったであろう。地球の道具って素晴らしい。
「ワオオオオオオオオン。」
丘の上からルークの声が響き渡る。
「よし、サラサ、秘術を30メートルの範囲で使ってくれ!!」
「オッケー。」
サラサの秘術は術の無効化。『赤い悪魔』が何かしらの術を使っているなら上から見ている仲間に変化が見てとれるかもしれない。本来なら奴を覆うような広範囲で使うべきだがサラサの体力が持たない可能性がある上に、人魚族が張っている結界を破壊してしまうため、限定的な使い方を選ぶ。10秒間、サラサの体力を考慮して今回はここまでにする。
「サラサ、もう十分だ。陸に戻るぞ。体力は大丈夫か?」
「うん。帰るぐらいなら問題ないよ。」
陸に戻ると仲間たちが出迎えてくれた。
「御館様、上から一挙手一投足を見逃さないように見させていただいていたのですが、何かが変化した兆しすら見つけられませんでした。」
しのぶの眼を持ってしても、『赤い悪魔』は変化した様子はなかったらしい。
「弥生、どうだ? お前の目には何か映っていたか?」
そう、今回の期待していたのは弥生の生命エネルギーを映し出すその瞳である。もし、『赤い悪魔』が『術』を発動していたなら、彼女の目には必ずその流れが映るはずだ。
「残念ながら術の発動は確認できませんでした。それどころか、『赤い悪魔』の生命エネルギーは本当に微弱なもので、とても人の命を奪う類いの生物とは思えません。しいて言えば、植物などの微弱なエネルギーに酷似しています。」
「やっぱりそうか。」
ここに来て話を聞いたときの違和感が解決していく。魚だけ殺すことも、現れては消えることも、術を発動していないことも、全て。異世界と言うことで『化け物』や『幽霊』の可能性をすぐ思い浮かべてしまったが、何て言うことはない、もっと問題はシンプルだったのだ。
「ゼロ様、何かあれの正体に心当たりがあるのですか?」
「ああ、ある。」
「一体、あれは何なの、ゼロ?」
私は導きだした答えを口にする。
「あれは・・・赤潮だ!!」




