ロメオとジュリエッタ 8
犬人族の巫女を軟禁している場所の近くに猫人族が住んでいる・・・。
ん? 住んでいる? あれっ? 潜んでいるとか野営をしているじゃなくて住んでいる?
「しのぶ、住んでいると言ったな? なぜ、そう思う?」
「はい、死臭からです。死臭と、言っても獣の骨などのものですが、これが塚の様に積み上がっているのを感じとることが出来ます。一人で食べるには最低でも半年間は掛かる量だと思われます。勿論、以前複数で滞在した可能性はありますが、少なくともここ数ヵ月は一人で生活していると思われます。その猫人族の匂い以外、人の匂いが留まっていた形跡はありません。」
なるほど、もし地球でしのぶと同じような嗅覚を持った人がいたなら未解決事件はなくなるんではないかと思えるぐらいの分析力だ。
「巫女と無関係とは思えないが、しのぶはどう思う?」
「無関係ではないでしょう。猫人族は身体中にから血の匂いがするのでかなりの量の傷があるようですが、どうやら犬人族から受けたもののようで、微かに犬人族の匂いがします。ただ、その中には巫女様の匂いは含まれていません。」
巫女を狙う暗殺者か? 犬人族の兵隊はそいつから巫女を守るための戦力、と、考えられないこともないが、暗殺者が小屋を建てちゃまずいだろうし・・・。よし、悩んでいても仕方ない。接触しよう。
「しのぶ、俺が正面からその猫人俗に接触をはかる。しのぶは相手に認識されない距離を保ちつつ、周りに伏兵や監視がいないかを探っていてくれ。」
「畏まりました。」
私はしのぶと別れて猫人族の小屋へと歩みを進める。
「そのまま手を上に挙げてください。」
小屋の近くまで差し掛かったところで男の声が聞こえる。私は言うとおりに手を挙げて話始める。
「すみません、森で迷子になってしまったところ小屋が見えたのでこちらに向かってきた者です。猫人族の里に行くにはどの方角に言ったらいいか、もしよろしかったら教えていただけますか?」
私は予め考えていたこの小屋に来た理由を伝えるが、男は警戒を緩めない。
「流暢な猫人語を話すようだが、見たところ貴方は猫人族ではないようだ。どの様なご用事で向かわれるのか、お聞きしても宜しいか?」
アドリブには弱いんだから、急な質問をしないで始めの説明で納得してくれればよかったのに・・・。
「えっと、頭領の息子さんがお亡くなりになったそうで、それの弔問に訪れさせて頂こうと思いまして・・・。」
男は少し考える素振りをして、
「頭領様の御子息とはお知り合いで?」
おお、思いの外、信憑性があったようだ。このまま押しきろう。
「はい、私が以前、同じように森で迷っていたところを助けて頂いたことがありまして、それ以降、仲良くさせて頂いていたのですが、猫人族の里を去ってからここ数年は連絡を取り合うこともできずに、訃報を聞きつけ、慌てて戻ってきた次第です。
「そうですか。この辺りの森は結構狂暴な獣が出るのですが、こちらにはお一人でいらっしゃったんですか?」
「ええ、普段は従者を連れているんですが、友の訃報を聞いていてもたってもいられずに取るものも取らずに走り出してしまって・・・。」
「と、言うことは、貴方は相当腕に自信がお有りということですよね?」
なんだか、怪しい雰囲気がしだした気がする。
「いえいえ、私は逃げ足だけが取り柄のしがない商人でありまして・・・。出来れば、猫人族の里までご案内してくださると助かるのですが・・・。」
「すみませんがお断りいたします。私はここを離れるわけにはいかないので・・・。」
「そうですか、貴方はお一人でここで何をしているのでしょうか?」
よーし、やっと聞きたい質問にたどり着いたぞ。際どい流れだが情報さえ引き出せればそれでいい。
「奪われてしまった大切なものを取り返すために日々戦っております。だから、貴方のような怪しい人にこの先に進ますわけにはいきません。」
猫人族の体が膨らみ始める。牙が大きく延びまるでサーベルタイガーのような形になった。爪は某映画の髪の毛を切る心がピュアなモンスターのようだ。これはどこからどう見ても戦闘体勢に入られてしまったようが、一応、もう少し粘ってみよう。」
「落ち着いてください。私は猫人族の里へ・・・。」
「行って、友達の供養をするんですよね? 頭領の御子息のロメオさんの?」
「ええ、そうです。あなたが何のために戦ってるか知りませんが、私は先に進みたいのではなく・・・。」
「自己紹介がまだでしたね。はじめまして、私は猫人族頭領ローマンが一人息子『ロメオ』と申します。」
息子、生きてたああああああああああああああああああ!!
「どうします? まだ茶番を続けますか?」
「ああ、ごめんごめん、ロメオじゃなくてロミオのお見舞いに・・・って、言っても信じてくれないよね?」
「残念ですが。お喋りもういいです。大事なものを守るために死んでください。」
この人好青年なのに物騒なこと言い出したよ。しかし、ロメオが生きてたとなるとますます話が見えない。
「なぁ、どうして猫人族の里じゃなくて、こんな所に住んでいるんだ?」
私は襲いかかってくる爪を避けながらロメオに話し掛ける。
返事は返ってこない。
「なぁ、巫女さんがこの辺にいるのと関係があるんだろ? 奪われた大切なものって巫女さんだろ? それを奪い返すために犬人族と1人で戦ってるってことか?」
返事は返ってこない。
「巫女さんは軟禁されてるって話だけど、会うことは出来ないのか? 別れちゃったの?」
「うるさい!! 真面目に勝負しろ!!」
やっと返事が返ってきた。まぁ、欲しい返事ではなかったが。
「あのなぁ、そんだけ爪を振り回して俺に当たらないんだから、実力の違いはもうわかってるんだろ? 俺を倒すのは諦めて、話をしようよ。」
「実力が及ばなくても、私はジュリエッタを守るためなら命も惜しまない‼」
駄目だこいつ。自分に酔ってしまっているようだ。
「『守る』ために死ぬんだったら否定しないけどな、お前が死んだらそのジュリエッタは俺の手から逃れることが出来るのか? 当然の如く俺が敵ならお前を殺したら、次はそいつだぞ。その時お前はどうやってその人の命を守りつもりだ? 命を惜しまないのと、無駄にするには全く違うと思うぞ。」
「うるさい!! 貴様を倒せば万事解決だ!!」
もう支離滅裂だ。それができないからって話始めたのに・・・。
「いいか、俺はそのジュリエッタとやらを傷つける気はない。 だから、落ち着いて話をだな。」
「誰が騙されるか!!」
ああ、このクソ餓鬼、人の話を聞く姿勢がなってない‼ 親の顔が見てみたい・・・って、ローマンかぁ。あの親にしてこの子ありってところかな?
「じゃあ、もう、面倒くさくなってきたので、このまま続けるならジュリエッタもぶっ倒すことにしまーす。」
ロメオの動きが止まる。
「ぐ・・・卑怯だぞ。」
「は? 俺をぶっ倒して万事解決だろ? 問題ないだろう?」
「くそーーっ!!」
ヤケクソになって攻撃に全精力を注ぐロメオ。私はそんな彼を嘲笑うかのように彼の腕を掴み、一本背負いで地面に叩きつける。その衝撃で彼の獣人化が解けてしまう。それでも彼は立ち上がり、ヨロヨロと私に向かってくる。私は容赦なくそんな彼を地面に再度叩きつける。また彼は立ち上がろうとするが四つん這いの状態から立ち上がることが出来ない。
そんな彼に私は喧嘩キックを顔面にぶち込む。崩れ落ちるロメオ。もう立とうとする気力もないようだ。
「ほら、それじゃあ、ジュリエッタは守れないぞ?」
私は彼を挑発する。
「もう、わかった。私が悪かった。貴方にその意思がないことは私を殺さないように手加減してくれていることからも明らかだ。すまなかった私の自己満足に付き合わせてしまって。貴方の言うとおり、無駄死にしてはジュリエッタは守れないことも間違いない。」
「わかってくれて嬉しいよ。」
これで建設的な話し合いが持てそうでホッとした。すると、突然、
「くそーーーーーーーーーーーっ!!」
そう叫んだ後、ロメオは声を殺して静かに泣いた。
頑張れ、ロメオ!! 人はそうやって悔しい思いをして成長するもんだ。 私はすぐ面倒くさくなったり、イライラしたり、浮気する自分のことを棚に挙げてロメオの今後の成長を心から願った。




