魔族討伐遠征 3
2日後、討伐の日。
実際に討伐に向かうことになったのは、私、隊長さん、部下5人、剣士1人、弓使い1人、魔導師1人の計10人だった。剣士の1人は時間を過ぎても来なかった。前金を貰って初めからバックレるつもりだったのだろか、不意に臆病風に吹かれたのか、何れにせよ、魔族と戦うには相応の覚悟がなければ出来ない事なのは間違いない。熊を近代武器なしで殺したら100万円(但し殺される危険性もあります)という企画がもとの世界であったとして、参加する人がいるだろうか。私は絶対にしない。人と獣の戦闘能力はそれほどに違う。その為、人は考えることを覚え、戦闘能力の差を武器と数で補ってきた。しかし、魔族には知恵がある。加えてこの世界の武器は鉄砲などの近代武器はなく刀や弓である。今回は当てはまらない可能性もあるが、魔法という能力に対しても同じ様な力がある。同じ様なと言ったのは現象的には似ていてもプロセスが違うからだ。
まず魔法は神の加護を属性変化さることで様々な現象を引き起こすらしい。例えば隊長さんが使おうとしていた炎系の魔法は火の玉を飛ばす方法が一般的とされている。火の玉は操ることも出来るらしいが物凄い精神集中を必要とするため、一直線に相手にぶつける方法以外の利用法は実戦ではお目にかかったことはない。温度などは熟練度によって異なるが王国史上最高の魔導師とされた妻の・・・元妻の一撃は鉄をも溶かす事を考えると1500℃は越えているようだ。大きさはバスケットボール位、大きくするのも小さくするのも難しいらしい。飛距離は妻で・・・元妻で10メートル程度と短く、制御を離れてしまうと属性変化前の神の加護に戻ってしまう為、遠距離攻撃には向かない上、精神の集中が乱れても制御を離れてしまう為、近距離戦闘にも向かない。不意打ちかパーティーメンバーに助けられながら戦うと言うのが魔導師の正しい戦闘スタイルだ。
使う用途によって属性を変えられる魔法とは違い、魔族のそれは魔素を一度体内に取り込むことによって、魔族自身の種族が元来属する属性に魔素が変化する仕組みになっているらしい。例えば、レッドリザードという種は炎属性の魔族だが、彼らは魔素を吸い込み炎のブレスを吐く。ブレスなので、もちろん息が届く距離までの限定攻撃だが、彼らのそれは精神集中を必要としないため同時攻撃や連射が可能となる。その為、接近戦、特に1対1の戦闘において彼らのブレスは無類の強さを発揮する。逆に集団戦においては同士討ちを避けるため細かいコントロールが出来ないブレスを控えた戦い方をするのが彼らの特徴だ。
どちらにも一長一短があり、万能とは言えないが強力な攻撃なのは間違いない。更に相手の土地ではその能力を使用できないため、ここ数百年、お互いがお互いの土地に攻め込むことは無かった。が、例の一部の例外的に影響を受けないパーティーのせいでその均衡が一時的に崩れたわけだが、今は魔王討伐以前と同じように均衡が保たれている。
しかし、今回のような魔族側からの侵入はそう珍しいことではない。何らかの理由で魔族領を追われたはぐれ魔族が、人間の土地に逃げ込み、圧倒的な身体能力で人間を蹂躙する。もちろん魔法的なあれは使えない上に神の加護で彼らの能力は落ち込みはするが魔族領に近いエリアではそれでも人間の性能を大きく上回る。大抵がその近隣を治める領主たちの兵により速やかに排除されるのだが、今回は残念ながら返り討ちあったのと領主同士の協力関係が希薄なため少数精鋭の討伐を決めたらしい。
今回の作戦はいたってシンプル。まずは商人のフリをして馬車で移動し、魔族が襲ってきたら迎え撃ち、あるポイントまでに出てこない場合は偵察隊が発見したアジトを襲撃。敵の数は7、1人1殺で片は付く計算だ。まぁ、偵察隊の偵察が正しい場合はの話だが。
馬車が町を出発してから3時間、半分の行程が過ぎたことになる計算だ。ここで休憩を取った後は目的地まで荷台でひたすら敵が来るのを待つことになる。馬車を降り、固くなった体をほぐすために大きく伸びをしていると、部下Eが、
「お食事をご用意させていただいているので、よろしかったらいかがですか。」
と、聞いてきた。役人とは思えない物腰の柔らかさと言葉遣いの丁寧さだ。
だが、断る。
以前、王宮で毒を盛られて以来、用意されている食事に手をつけるのはやめた。自分で用意したカータを食べる。牛乳と一緒に食べると最高だ。剣士と魔導師はこの遠征以前からの知り合いらしく2人で何か話している。弓使いは出された食事を黙々と食べている。隊長さんはそんなこちらの様子を伺いながら部下Aと難しい顔で話している。BとCは食事を取らずに武器の手入れをしている。DとEは雑用係のため慌ただしく働いている。
「仮面のおっさん。」
剣士が話しかけてきた。
「噂によるとあのサーナちゃんを辱しめたんだって。」
隊長さんに聞こえるように大きな声で話しているようだ。性格は悪いらしい。
「いえ、隊長さんは、それまでに数十人と試合をしていたため体力を大きく使っていたようで、足を滑らした所に運良く刀を降り下ろせただけですよ。」
当日言いたかった台詞をここで言えた。フラグ回収ルートに戻ったんじゃないのこれ。チラッと横目で隊長さんを見る。彼女はこちらを無視して部下Aと話している。が、確実に聞こえてるはずだ。剣士君グッドジョブ。
「それでも、勝ったのは事実なんだろ。そんな実力者さんが無名であるわけがない。しかもその仮面、正体がばれちゃ相当不味い大物なんじゃないの。」
あれ、話が変な方に行きそうなんですけど。
「詮索はやめて頂こうか。身分証明なしの依頼を受け、私たちはここにいる。」
「それなんだけど、俺たちこの依頼降りようと思って。おっさん、結構な賞金首なんだろ。」
ああ、そういうことか。魔族と戦うのは嫌だが金は欲しい。手っ取り早く賞金首をさらしあげ賞金をゲット。面倒くさいので隊長さんに助けを求める。
「隊長さん。彼はこう言ってるんですけど、どうしたらいいですか。」
「依頼を降りるなら彼らは私の指揮下にない。私に彼らを止める権利はない。」
どうやら彼女はツンデレなようだ。
「いやいや、こっちはまだ隊長さんの指揮下なんですけど。部下が暴漢に襲われようとしてるのを助けるのは上司の役目ではないでしょうか。」
「暴漢にやられるような部下はこの任務にはいらん。」
えっと、これは私の実力を信じてくれているってことでOK?
「はぁ、じゃあおじさんが相手してあげるから、さっさと来なさい。」
私がそういうや否や、剣士が斬りかかって来た。そして、魔導師の回りに赤い蒸気が立ち上ぼる。炎系の魔法、私がそちらを警戒しようとした瞬間、魔導師から赤い蒸気が消え、別の赤いものが吹き出した。
血だ。
「すみません、仲間割れはやめて頂けますか。ああ、もう仲間じゃないんだっけ。」
弓使いがおもむろに口を開く。
「今、魔導師さんに撃ち込んだのは毒矢です。解毒剤はここにあります。今すぐ解毒剤を飲めば助かります。力ずくで奪いに来てもいいですけど、金貨10枚でお売りしますよ。どうしますか。」
剣士は予想外の状況に動けない。
「まぁ、あなたにも撃ち込んで金貨20枚にしてもいいんですけど、今は解毒剤が一つしかないので。」
「払う、払います。どうか命だけは。」
剣士は慌てて金貨を取りだし、解毒剤を受け取った。解毒剤を飲んだ魔導師は意識はないものの、呼吸は安定しているようだ。
「どうして。」
私は無意識に弓使いに尋ねていた。
「ああ、僕たちは仲間じゃないですか、仲間なら暴漢に襲われそうな友を助けるのは当たり前ですよね。だからお礼はいらないですよ。それに金貨10枚も手に入ったし。」
金が欲しかったのか、ただの気まぐれか、何れにせよ助けてくれたことにかわりないので、とりあえずお礼とカータをプレゼントした。
さて、騒動の結果、私たちのパーティーは6人になり目的地付近を馬車で走行中である。私、隊長さん、部下A・B・Dと弓使い。部下Cは剣士と魔導師をレンの町へ送り帰すことになり、部下Cはその護衛という事でいなくなった。これで1人1殺では依頼完了とならなくなってしまったが、隊長さんと弓使いさえいれば、2人で解決してくれそうなので問題にはならないだろう。私も、報酬のために少しは働こうと思っている。
馬車が止まった。
上手く罠に掛かってくれたようだ。馬車を囲んだ人数は7人、風の属性を持つ人狼族ロビーウルフ。さあ、戦闘を始めようか。