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ロメオとジュリエッタ 5

翌朝、私は一人で犬人族の里に向かった。一人で向かう場合は速度を抑える必要がないので、朝9時頃にはすでに里に着いていた。途中、武装した例の一団をまた見かけたが、森の中へと消えていってしまった。


さて、情報収集を始めるか。今日はルークがいないので言い訳は出来ない。


「すみません、噂で聞いたのですが、猫人族の頭領の息子さんとこちらの巫女様が恋仲になったことがあると聞いたのですが、本当ですか?」


露骨に嫌そうな顔をする犬人族の通行人A。


「そういうゴシップ的な話はあんまり街中でしない方がいいよ。」


そう言って、そそくさと去ってしまった。


確かに質問の仕方が悪かったかもしれない。これでは芸能記者がハイエナのようにネタを探しているようではないか。もう少し、違う攻め方が必要かも知れない。早速次の人に話しかける。


「すみません。巫女様のことでお聞きしたいのですが、今どちらにいるか、ご存じですか?」


これぐらいなら答えてくれるだろう。


「ああ、ええと、ちょっとわからないなぁ。他の人に聞いてみて。」


ふむ、歯切れは悪いのが気にはなるが、粘っても仕方ない。他の人に聞いてみよう。


「すみません。巫女様って今どちらにいるかご存じですか?」


「知らないです。他の人に聞いてください。」


言葉遣いは丁寧だが警戒された感じが否めない。よく考えたら自里以外の人間に里の重要自物の居場所を警戒しないで教えてくれることはあんまりあり得ることではないな。さて、ではどうしよう。やっぱり、情報収集の定番、酒場に行くしかないかな。しかし、朝早く来すぎてしまったため、確実に店が開いていないだろう。仕方ない、それまで頑張って足掻いてみるか。


「すみません・・・。」


それからの数時間は地獄だった。ナンパというものを経験したことがない私だが、ナンパをする人は余程自分の容姿に自信がある人か、余程強い心か、余程の下心がないと実行できないと確信させるには十分な経験だった。ルーク先生がいなければ成功するなんて思い上がりも甚だしかった。ごめんなさいルーク先生。


酒場が賑わい始める夕刻、私は少し薄暗い路地を歩いていた。大通りの繁盛店より裏通りの落ち着いた店の方が情報を集めやすいと思ったからだ。


すると、


「おっさん、巫女様のこと嗅ぎ回ってるみたいだけど、何企んでるんだ?」


チャラい系の若者3人が話し掛けてきた。


「いや、嗅ぎ回ってるなんて人聞きの悪い。私はただ猫人族と犬人族のロマンスが本当だったら素敵だなという思いで取材させてもらっていただけですよ。結果は散々でしたが・・・。そうだ、お兄さんたち巫女様と犬人族の頭領の息子さんとのこと何か知らない?」


「知らねえよ、そんなもん。猫人族の話なんて俺たちの前でするんじゃねぇ‼」


「いやいや、そっちが話し掛けてきたからこっちは答えただけなのに、そう言う言い方は無いんじゃないの?」


明らかに喧嘩腰で話しかけてくる礼儀知らずの若者に少々イライラしてきた。


「おっさん、見た目は希望の民に見えないけど、もしかしたら人間だったりする?」


ほう、中々鋭い所を見ている。


「流暢な犬人語を話してるから、他の奴等は気にしてなかったみたいだけど、おっさんが人間なら珍しい奴隷として売れると俺たちは思ったわけ。」


「人間族どもに恨みを持ってる金持ちは腐るほどいるから、犬人族だけでなく希望の民の金持ちに吹っ掛けたら破格の金が手に入ると思ってるんだわ、俺ら。」


そういうことか。周りの仲間が私が人間だということにあまり気にした素振りを見せないから気になっていなかったが、奴隷として誘拐したり、侵略して金品や資源を盗んでいく人間たちに恨みを持っている希望の民がいるのは至極当然だな。まぁ、こいつらは恨みと言うより、その恨みを利用した金儲けが目的のようだが。


「うーん、人間族って言われると『違う』って答えることになるんだけど、信じてくれる?」


正確にはこの世界の人間ではないため『人間族』に分類されるとは思っていない。姿かたちが極めて人間族に近い異世界人なのだから嘘は言っていない。


「信じるか、アホ。」


まぁ、そうだよね。


「じゃあ、仕方ないから『人間族』と勘違いしてくれてて構わないけど、君たちはおじさんをどうするつもりなのかな?」


「タコ殴りにして奴隷として売っぱらう。」


「タコ殴りにする前に巫女様の居場所だけ教えてくれない?」


タコ殴りにするには私の方だがね。


「巫女様はここ一年ほど宮殿から出てきてねぇよ。噂じゃ自殺説まで出てるぜ。」


「え、自殺したのは猫人族の頭領の息子じゃないの?」


「詳しいことなんて知らねえよ、ただ、猫人族の里に犬人族が立ち入り禁止になってすぐに巫女様もすぐ姿を消した。この里のやつらもみんなそれしか知らねえよ。気にはなるがうちの頭領が余計な詮索すると五月蝿えから今じゃもうみんな腫れ物を扱うような感じで、触れないようにしてるのさ。」


自殺したとすると次の巫女が生まれるのだろうから、その線はほぼないだろうが、姿が見えないとすると誘拐、監禁、引きこもりの線が考えられるが、さてさて。


「情報ありがとう。じゃあ、今、ここで引き下がってくれたら情報に免じてタコ殴りしないでおいてあげるけど、どうする?」


「おいおい、おっさん、冗談が面白すぎるだろう? おっさんこそその面白い冗談に免じて今だったら半殺しだけで済ましてやるよ。」


そう言うと、お約束通りチンピラ3人は私に向かってきた。タコ殴りにしてやった。ちょっとスッキリした。


さてさて、情報を整理すると1年前の犬人族の立ち入り禁止令の後、巫女も息子も行方不明。少なくとも大衆の面前には姿を現さない。


ん、この状況、鬼族と竜人族の時と似てないか? そうすると第3者が戦争や仲違いを画策している可能性もあるのかな? しかし、それにしては市民の間の『敵対心』が少ない気がする。それに1年経っても戦争の気配がないのに新しい手を打たずに静観してるって言うのは考えづらいか。


参ったな。可能性だけ膨らんでいくだけで、真実に辿り着くには決定的なピースが欠けている気がする。屋敷に忍び込むには私には隠密スキルが圧倒的に足らないし、見つかった時点で下手しいたら連合と犬人族の戦争にも発展しかねないから軽はずみな行動も取れない。とりあえず、最初の目的の通り、酒場に行くしかないか。


裏通りの酒場に赴く私。


「いらっしゃいませ。」


可愛い犬人族のウエイトレスが出迎えてくれる。


「お客様、1名様ですか?」


「はい。」


「こちらへどうぞ。」


壁際の奥の席に案内される。


「ええと、ここだけ他の席と離れてて凄く汚いんですけど・・・。」


ちょっとあり得ないテーブルのため、つい本音が出てしまう。それまでにこやかだったウエイトレスさんが急に怖い顔になって、


「あ? 人間族を店にいれるのだってこっちは嫌なんだよ!! でも、客を選んじゃいけないってのが停戦協定に組み込まれてるから仕方なくサービスしてやってんだろが!! 文句があるなら出て行きな。」


ルーク先生ごめんなさい。嫌われてたのはひょっとしたら『私』だけだったのかもしれません。こんな大声で私が人間族って言われたら情報収集どころではないだろう。仕方ないので、店を出ることにした。その時、入り口から十数人の男たちが入ってくる。


「おっと、おっさん、どこ行くんだい? うちの若いのが世話になったようで、ちょっと顔貸してくれないかい?」


偉そうなおっさんの後ろの方にさっきボコったチンピラ君たちがいる。


「はぁ、分かったよ。」


本当はこの酒場の中で暴れてやりたい気もするが目立ちすぎるのは避けた方がいいだろう。私は案内されるままに路地裏についていく。


「おじさん、何でも人間族の癖に犬人語を話せるんだって?」


先頭の小さい犬人族が話しかけてくる。どうやら彼がリーダーらしい。


「はぁ、さっきもそっちのチンピラ君たちに言ったんだけど、俺は人間族ではないぞ。」


男たちが失笑する。


「この期に及んでそんな嘘をつくなんて、犬人族の鼻もなめられたもんだね・・・って、あれ?」


リーダー君だけ様子がおかしい。


「おい、なんだお前は? 嗅いだことがない匂いと鬼族、竜人族、ケンタウロス族、それと猫系の獣、それにこれは微かだが巨人族の匂いもする。 なんだ、お前は!?」


男たちに動揺が走る。


私にも動揺が走る。


「えっと、猫系の獣はいつも一緒にいる仲間で、えっと、お恥ずかしながら鬼族、竜人族、ケンタウロス族に関しては昨日の残り香じゃないかと・・・。巨人族はよくわかりませんが、嗅いだことない匂いって言うのが、人間族ではない私本来の種族の匂いではないかと。」


流石犬人族、そこまで見破るとは恐れ入った。昨日のことを思い出して少し恥ずかしくなってしまったではないか。


「き、昨日の残り香・・・だと!?」


リーダー君は顔を真っ赤にしてる。鼻は利くようだが、純情な青年らしい。


「まぁ、兎に角、俺が『人間族』じゃないってわかったら用はないだろう? そいつらやったのだって売られた喧嘩だし。」


「ん、こっちから売った喧嘩? ん、聞いてないぞ、そんな話。おい、どういうことだ?」


急にリーダー君から威厳が消えて、酒場に来たとき話し掛けてきたからおっさんに質問を始めた。


「先生、あいつの口車に乗せられたら駄目ですよ。あいつは人間族らしく不意打ちという卑怯な手でうちの若いのを痛め付けてくれたんですから。その証拠にあいつは傷ひとつおってないでしょ? 不意打ち以外でそんなことが出来ると思いますか?」


「確かに。」


何となく話が見えてきた。リーダー君は用心棒的立場でマフィア的なボス犬に騙されて良いように使われてるってことだな。


「一応言っておくが、俺は嘘をついてないし、俺を珍しいから売って奴隷にして金儲けを企んだのがそいつらだぞ。


用心棒君が目を見開く。


「先生、騙されたら駄目ですよ。」


用心棒君は悩み始めた。余程純粋な青年らしい。


「先生、早くやってしまってください。」


悪役丸出しの台詞をボス犬が発する。


「駄目だ。僕にはどちらが正しいか判断できない。」


用心棒君はいい人決定だが、こういう場合、悪役の台詞は大抵決まってる。


「もう面倒くさい、その青瓢箪ともどもぶっ潰しちゃいな!!」


そして、その末路も決まってる。


私は用心棒君以外のごろつきどもをぶっ潰してやった。

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