それぞれの思惑 10
竜人族の里を後にして数日が過ぎた。
途中で鬼族の里に寄り情報を共有した私たちだが、今のところ鬼族の里が襲われるということもなく、その兆候もないらしい。と、すると陽動の線は限りなく薄くなる。夜叉の件もあるので引き続き警戒をすることを確認して里を去り、私たちはそのまま巨人族への旅路を続けている。旅路は順調で明日には巨人族の里に辿り着けそうだ。ここまで邪魔や私たちを監視する動きは見られない。
「この静けさをどう思う?」
私たちの細かな動きを掴んでいるとは思わないが、竜人族の一件が巨人族の総意だというならここまで見張りや偵察を里の回りに配置しないのは不自然だ。
「そうでございますね。ここまで警戒が薄いとあの襲撃はあそこにいた巨人族の独断、暴走という芽も出てきたと思います。」
弥生は私と同じような考えを持ったらしい。
「でも、逆にここまで巨人族を一人も見掛けないことの方が不自然な気があたしにはするけどな。待ち伏せしてるって可能性もあるんじゃない?」
サラサが鋭い視点で指摘してくる。確かに里までは1日だがここはもう巨人族の生活圏内に入っているはずだ。現に森林の伐採後がここへ来るまでもチラホラあった。ただし、その場合はこちらの動きが完全に筒抜けになっていると言うことだ。
「そうですね。ここまで生活の音も聞こえず、生活に必須な煙を見掛けないとなると既に里を移動した可能性もありますね。」
ファウナが第三の見解を示す。なるほどただし、そうなると数ヵ月前から準備したのでは期間が足らないだろう。100年以上住んだ里を移動してまで戦争を仕掛けるなら、もっと手の込んだ策を立てて望むのではないだろうか?
「結局、警戒して進むしかないってことか。」
「そうでございますね。」
「だね。」
「ご主人様のみこころのままに。」
翌朝早く、私たちは巨人族の里へ向けて出発する。警戒しながらでも夕方には着けるだろう。
巨人族の里が近づくに連れて、異様な景色が広がり始める。始めは木が折れたり、岩が砕けているだけだったが、所々に巨人族の死体が見られるようになった。そして、里に着いたとき、私たちは何が起きたかをはっきりと理解した。
巨人族の里は壊滅していた。
里は完全に破壊され、生存者がいる気配はない。生き残りがいたとしても既にここを去ったのだろう。あるいは竜人族を襲撃した彼らが最後の生き残りだったのかもしれない。
そして、真に異様だったのは巨人族を滅ぼした『敵』の痕跡が皆無だということ。死体や足跡はもとより巨人族を打ち倒したはずの武器すら見当たらない。
考えられることは1つだけ。
『内戦。』
原因を特定することは生き残りがいない状況では不可能だが、どうしても『薬』の存在がちらついてしまう。無惨に破壊された宮殿を見ると、『薬』の刺激に溺れ暴力を振るうことを選択した巨人族と『薬』の使用を拒否した秩序を守ろうとした巨人族との争いという構図が頭に浮かび上がる。
これがあの女のやりたかったことなのだろうか? 希望の民同士を争わせたり、滅ぼしたり、一体何のメリットがあるのだろうか。ただでさえ希望の民の生存域は狭い。その狭いエリアでさ人間や魔族に度々侵入され奴隷としてさらわれたり、資源を盗まれたりしているのに・・・。協力して人間や魔族に対抗するならいざ知らず、仲間を減らすことは自分達をも危険に晒すことになると思うのだが。
「酷い。」
この里についてから誰一人言葉を発さなかったが、絞り出すように弥生が呟いた。
「ルーク。生き残りはいそうか?」
ルークの嗅覚を頼り彼に尋ねるが、ルークが首を振る。
「とにかく、里を見て回ってくる。みんなは里の外で休んでくれても良いがどうする?」
里を守る立場の彼女たちにとってこの景色は耐え難いだろう。
「いえ、わたくしはご一緒させていただきたいです。」
「あたしも一緒に行くよ。」
「私も行かせてください。」
彼女たちの顔は責任ある立場の者だからこそ、この情景から目を背けてはいけないという強い意思を感じる。
「わかった。一緒に行こう。」
結局、内戦の手懸かりになるようなものは何も見つからなかった。ただ、宮殿の奥で持ち去られたであろう巨人族の秘宝を飾っていた祭壇を見つけた。あの女が狙っていたのはこれなのかもしれない。
夜、私たちはこの滅んでしまった里で過ごすことに決めた。その夜はいつもの明るさが嘘のようにみんな口数が極端に少なく、物思いにふけっていたことが多かった。
次の日の朝、私たちは巨人族を弔うことを決めた。死体を集める作業は彼女たちには酷な作業だろう。しかし誰も文句を言わず黙々と作業を続ける。夕方までに発見できた全ての死体の回収が終わり、火葬を始める。
「せめて安らかに。」
サラサが涙を流しながら祈る。竜人族の同胞を大勢殺した巨人族。その巨人族のために祈る。彼女の心のうちはわからないが、祈ることが出来るだけでも尊敬に値すると思う。私ならきっと行き場を失った怒りの矛先を彼らに向けてしまうかもしれない。
私たちは炎を一晩中欠かすことなく燃やし続けることを決めた。この炎の光が彼らを天国へ導く道を照らしてくれますように。
真夜中を過ぎた、昼間の作業が肉体的にも精神的にも疲労を生んだのだろう、いつの間にか私以外の仲間は眠りに落ちている。すると突然、炎が形を変え始める、その形はまるで巨人族のように見えた。
「あ・り・が・と・う。」
確かにその炎の巨人はそう言った。その瞬間、青い焔が私に向かって飛んできた。あまりのことに避けることも出来ずに直撃してしまう。そして、そのまま私は気を失ってしまったのだった。
「ゼロ様、そろそろ起きてくださいませ。」
「ゼロ、早く起きて、そろそろ竜人族の里に向かって出発しようよ。」
「ご主人様がお望みなら、私の背中でお眠りくださいませ。」
その声で、目が覚める。時間は昼頃のようだ。送り火は既に消えている。
「昨日は知らない間にみんな寝てしまっていたみたいで・・・。申し訳ございません。ゼロ様は夜通し火の番をしていてくださったのでしょうか?」
「いや、俺も眠りに・・・。」
と、良いかけて胸に手を当てる。昨晩、焔が突き抜けた場所だ。しかし傷はおろか服も破れていない。夢だったのだろうか? それにしてはリアルな感じだったが・・・。
「どうか、したの?」
「いや、どうやら知らない間に眠りに落ちてしまったようだ。」
「昨日の作業でお疲れだったのでしょう。ささ、私の上へ。」
「・・・いや、遠慮しておくわ。」
みんなはいつもの明るさを取り戻しているように見える。それが例え空元気だとしても、私たち進まなくてはならない。
「じゃあ、竜人族の里へ戻ろうか。」
私は仲間たちに呼び掛けると同時に、自分を震えたたそうといつもより大きな声でみんなに語りかけた。
「さようなら。」
心の中で、巨人族の里に向けて呟く。
巨人族からの返答は何もなかった。




