それぞれの思惑 9
巨人族の掃討が終了してすぐに私たちはコロッセオに戻ったが、特に異常は見られなかった。各国の要人も国を心配し自発的に帰った人たち以外はみんな無事だった。とりあえず、これで巨人族の襲撃は終了したと考えて良いのかもしれない。
そうなるとこの事件の目的がまるで見えてこない。巨人族の今回の襲撃犯はただ快楽と刺激が欲しかっただけの快楽主義者だったのだろうから目的はすでに達成されていただろう。しかし、この襲撃をそそのかしたあの女の目的は何か? 竜人族を滅ぼすにしては襲撃の人数があまりに少ない。実際の被害が想定より少なくかったとしても、私たちがいなくても里が壊滅的なダメージを負うことは無かったであろう。この里の要人も秘宝も、他里の要人にも被害がない。残り考えられることと言えば、これから起こるであろう竜人族と巨人族の戦争の勃発を狙い、そこに何かを絡めてくるという策か・・・。はたまた今回の襲撃自体巨人族の独断で薬以外あの女が関わっていない可能性もある。その場合はいくら考えても答えなんて出るわけがなく、労力の無駄遣いに終わる。
何れにせよ巨人族の里への偵察が必要になってくるだろう。しかし、この里をこのままにして離れて良いものか、鬼族の里は大丈夫なのかと心配事のきりがない。ここで、また間違うと取り返しがつかない事態に陥りかねない。そもそもあの女の最終目的はなんだ? 鬼族と竜人族を争わせてその隙に希望の民の第一勢力に登り詰めることか? それにしては策略を用いて傍観するより、単独で片方の里を撃破した方がインパクトもあったと思うし、実際あの『薬』を使えば幹部連中を一掃するぐらいは出来ただろう。100年の休戦協定を破るための大義名分が足らなかったか・・・あるいは。
「ゼロ様、如何なされました? 先程からずっと何かをお考えの様ですが・・・。」
弥生が心配した表情で覗き込んでくる。
「ああ、すまない。『敵』の意図を考えてるために情報を頭の中で整理ひゅてましゅた!?」
突然弥生が私の顔を両手でサンドイッチ攻撃してきた。お陰で語尾が変な感じになってしまった。まず、意味がわからない。弥生の表情は何か怒っているようだし・・・。
「ゼロ様。先程お伝えしたことをお忘れですか? 一人で全てを背負わないでくださいと。」
「いや、今のは背負うとか背負わないとかではなく、これからの行動をだな。」
「これからの私たちの行動を一人でお決めになろうとしていたんですよね?」
弥生さん。笑顔が最高に怖いんですが。
「ごめんなさい。もう一人で決めないので許してください。」
「よろしい。きちんと謝れて反省できたみたいだから、お仕置きはなしにしてあげます。」
お仕置き!? 私は無意識に尻を押さえる。
「まずはこの里の現状をきちんと把握してから、これからのことを一緒に決めましょうゼロ様。サラサ様の様子も気になりますし、新たな驚異がすぐに襲ってくる可能性もあるので、休めるうちにきちんと休んでおきましょう。」
「ああ、わかった。」
その後私たちはサラサの回復と休息を取るために宮殿ではなく政府が所有する別の家で休息することとなった。目的がわからない限り宮殿に滞在することは危険度が高いと判断したためだ。
サラサは丸1日眠り続けた。その間も襲撃による死亡者の埋葬、行方不明者の懸命な捜索が行われた。コロッセオに集まった人の大半が家に戻る許可が出たが、家を失った人々は暫くコロッセオでの避難所生活が続くそうだ。
「ゼロ、ごめんね。きちんと最後まで術を持たせることが出来なくて。」
弥生からその後の顛末を聞いたのだろう、起きてきたサラサが私に謝る。
「サラサ。サラサがいたからこれだけの被害ですんだんだ。謝る必要なんてどこにもないよ。ありがとうサラサ。」
サラサの顔が歪み大粒の涙がこぼれ出す。
「大勢死んじゃった。私がもっと巫女としてきちんと出来ていれば・・・。」
「それは違うよサラサ。今回の事はみんなが最善を尽くしてもこの結果だった。サラサは倒れるまで全力を尽くしたじゃないか。それはここにいる俺らがきちんとわかってるから自分1人で責任を背負おうとするのはやめなさい。」
「うん。」
そう返事はしたが、そう思うことは容易でないのは私にはよく分かる。サラサのこの姿はさっきまでに私そのものだ。弥生に言われた事を本人の目の前でサラサに伝えるのはやや恥ずかしいが、サラサを見て弥生の気持ちがよくわかった。
暫くしてサラサが少し落ち着いたのでレスターと今後の事を話し合いに行こうとすると、ちょうどレスターが訪ねてきた。
「巫女様、お体はいかがですか?」
「うん、少し疲労はあるけどもう大丈夫。」
「そうですか、それはよかったです。ゼロ殿、里を救ってくださってありがとうございました。」
深々と頭を下げるレスター。
「それで、早速で申し訳ないのですが至急巨人族の里の様子を伺って来てはいただけないでしょうか? もちろんこんな事をお願いさせていただく立場にないのは存じ上げておりますが、町の復興と防衛のために兵士が掛かりきりなため、人員不足が否めないのです。」
「それはいいが、竜人族は今後どうするつもりだ? 巨人族と戦争を始めるつもりなのか?」
「軍部ではその様な声があることは事実でございますが、早急に結論を出すなとその意見を抑えている所でございます。如何せん情報が少なすぎる。この状況で動くのは危険すぎる気がしますので・・・。しかし、長く抑えることは出来ますまい。」
「なるほど。わかった。巨人族の里の件は任せてくれ。で、サラサはどうしたら良い?」
「ご一緒にお連れいただくのが好ましいと思います。」
本来なら巫女がこの状態で里を留守にするのは好ましくないのはレスターも私もわかっている。しかし、里の中には今回の武術大会に多くの他部族が参加したせいで事件が起きたと暗に巫女を批判する連中が増えてきている。正直その声をサラサには聞かせたくないし、安全のためにも里を離れた方が良いだろう。
「わかった。では、明朝出発する。みんなもそれで良いな。」
頷く弥生とサラサ。
「そうそう、これは返しておくよ。」
『黒龍の牙』をレスターに返そうと取り出す。
「いえ、それは預かっておいてください。巫女様を守るためにお使いくださってくれれば幸いでございます。」
「わかった。大事に預からせてもらうよ。じゃあ、レスターさん、里の事は任せた。」
この任せたには色々な意味を含めた。
「はい、では某はこれで失礼します。巫女様も巨人族のことくれぐれもよろしくお願いします。」
再び深く頭を下げてレスターは慌ただしく去って行った。やらなければいけないことが山積みなのだろう。
「で、ゼロ、そちらのケンタウロスさんはなぜゼロにさっきからくっついているの?」
「わたくしも気になっていたんですが、サラサ様が起きる前に問い詰めると問題かと思いまして、我慢してたんでございますよ。」
「ええと、彼女はケンタウロス族のファウナさんで・・・。」
「知ってる。試合見てたもん。」
「存じております。その後ゼロ様と里を救って頂いたこともサラサ様にもお伝えしました。」
「うん、その節はありがとうファウナさん。でも、ゼロにくっつくのはそれとは話が別じゃない?」
「これはお仕置きですかね?」
お仕置きの言葉にファウナがビクンとなり嬉しそうな表情を浮かべる。弥生とサラサが若干引いた。
周りからは羨望と嫉妬の対象であるはずのハーレムルートへ一直線なのだろうが、何か思ってたのと全然違う。ハーレムってもっと『主』に主導権があるもんじゃかったっけ????




