それぞれの思惑 2
任務失敗のため屋敷に監禁された私は地獄の日々を大会当日まで過ごすことになる。弥生とサラサからは脅迫紛いで『2度と浮気はしません』と誓わされたし、レスターからは竜人族の文化の一部である、一夫一妻制の素晴らしさを永遠と語られた。サラサとレスターは私が大会に優勝したら2人の女性と形式的に婚約することになることをどう思っているんだろう? まぁ、流れに身を任せるしか出来ないが、竜人族によって弥生が攻撃される事態はなんとしても避けれるように全力を尽くしたいと思う。
さて、大会当日になって知ったことなんだが、今回の武術大会は過去最大の規模で行われるらしく、予選というものが行われていたらしい。予選と言っても誰かと戦わされるのではなく、レスターの頭・体・腕・足の何れかに行う攻撃を2連続で防ぐ、もしくは避けれれば合格だったらしい。規模が大きくなった理由は優勝すると竜人族の里を治めることが出来るという噂が各里に流れたことにあるらしい。ここ数回の大会には竜人族以外の参加者が居なかったため、部族内での最強を決める戦いでしかなかったが、元々参加資格は誰にでもあったわけだから大会の趣旨が変わったわけではない。竜人族が優勝したら彼らの『強さ』を他里に存分にアピール出来る。しかし同時に負けることは絶対に許されない。まさに竜人族にとっての里の未来を左右する一大イベントだ。
結局、本選に進んだのは8人。私、鬼族、ドワーフ族、ケンタウロス族、オーク族、巨人族、そして竜人族が2名。弥彦も参加したがったが、ルール上レスターが参加できないと知ると参加するのを見送った。弥彦は純粋にレスターと戦いたかっただけなのだろう。ドワーフ族、ケンタウロス族、オーク族、巨人族の戦士の素性は知らないが、国ぐるみで送り出してきた戦士と見てまず間違いないだろう。
武術大会は8人でのワンデイトーナメント形式で行われる勝ち抜き戦。武器は使用可能だが、殺傷力の高い武器は禁止。まぁ、結局こん棒も十分殺傷能力はあると思うが、基本的に刃物は禁止ということらしい。ただし、誤って殺した場合でもペナルティは課されない。その覚悟で戦えということだ。補欠はおらず、勝ったとしても怪我などで戦えない場合は自動的に相手の不戦勝となる。運も実力の内と言うわけだ。
開催場所はコロッセオ。ただし、規模が大きくなってしまったため観戦しようと里を訪れた全ての人が入場出来るわけではないらしい。特に巨人族には席を提供できないため、応援に来ていた10人の巨人族はコロッセオ近くの森で待機させられることになったらしい。これが地球なら運営の不手際と大問題になっていただろう。
開始時間まで2時間。私たちはすでに満員になっているコロッセオに通される。
「では、これより参加者の皆さんには闘技場に入場していただきます。ご健闘を。」
案内されるままに私たちは闘技場に入場する。その瞬間、割れるような歓声が響き渡る。
「頑張れー。」
「良い戦いを見せてくれ。」
「レイス様、竜人族の強さを思い知らせてくだされ!!」
「竜人族こそ最強!!」
「ゼロ死ね!!」
まぁ、大半が竜人族の応援だが、その気持ちもわからなくはない。ただ、『死ね』って言った前から4列目の茶色い服着た竜人族はあとでしめる。
レスターが壇上にあがり、言葉を発っせようと瞬間、今までの喧騒が嘘のように静まり返った。
「戦士諸君、よくぞ大会に参加してくた。この戦いは『最強』を決める大会であると同時に巫女様と添い遂げ、我らが秘宝『黒龍の牙』を所有するに相応しい戦士を決める戦いでもある。全身全霊をもって望み、大会を汚すことなく正々堂々と戦ってくれ。」
爆発的な歓声があがる。レスターはサラサに振り回されているイメージしかなかったが、里では人気者なんだな・・・死ねば良いのに。
「では、これより抽選を行う。各自くじを引いてください。」
古典的な方法だが分かりやすい。1~8の数字を引き、1と2の様に隣り合う数字が戦う。私が引いた数はラッキー7。対戦相手はケンタウロス族の戦士だ。
対戦カードが決定した。
「これより対戦カードを発表します。第一試合、鬼族の秘蔵ッ子『夜叉』vs竜人族の爆風『ガイル』。第二試合、ドワーフ族の匠「ジオ』vs竜人族の希望『レイス』。第三試合、巨人族の拳『トール』vsオーク族の特攻隊長『ムサ』。第四試合、ケンタウロス族の黒騎手『ファウナ』vs最悪のスケベ野郎『ゼロ』。」
否定はしないがこのキャッチコピー考えた奴もあとでしめる。
「第一試合は1時間後に行います。参加の選手は準備してください。」
準備運動するもよし、控え室に行くもよしらしい。私は時間があるので控え室で休むことに決めた。
控室で休んでいると、トントンと扉がノックされる。ドアを開けるとそこにいたのは弥彦と弥生とルークだった。何か深刻な顔をしているので、とりあえず中に通して話を聞くことにした。
「で、用件はなんだ? 今さらそんなに畏まる間柄じゃあないと思うんだけど。」
私が切り出すと弥彦はばつが悪そうに。
「実は夜叉の事なのです。」
「えっと、夜叉って、えっと、鬼族の秘蔵っ子の?」
「いえ、それは、竜人族が勝手に付けただけでして、本当は鬼族の里を追放になった者なのです。そして、彼奴はワシの実子であります。」
「って、ことは王子様が追放になったってこと?」
弥彦の顔が険しくなる。
「いえ、王子と言っても頭領の息子というだけで、実際に鬼族の里を治めるのは『巫女に認められし者』であり、血筋はあまり意味のない事なのです。弥生もたまたま『巫女』に選ばれましたが、弥生の娘が次の巫女になるとは限りません。頭領の職がワシから次の者に移ったら、夜叉は王子ではなくなるし、弥生は姫ではなくなる。まぁ、弥生は巫女のままではありますが・・・。王子や姫の称号とは鬼族にとってはその程度のものなのです。」
「なるほど。で、その夜叉ってのは何をしたんだ?」
今度は弥生の顔が青ざめる。
「妹を、弥生を殺害しようとしたのです。今、お伝えした通り鬼族の頭領になるには『巫女』と結ばれなければなりません。しかし、兄妹ではそれは叶いません。息子は誰よりも強く、誰よりも賢かった。それなのに頭領になれないという現実を突きつけられ、それを受け入れられませんでした。ご存じの通り、『巫女』が死ねば新たな巫女が生まれます。夜叉は自分が鬼族の頭領になるために、弥生を手にかけようとしたのです。」
弥彦も弥生も目に涙を浮かべている。
「追放してから息子は鬼族の里に関わってくることはありませんでした。ここで再び息子を見ることになるとは夢にも思いませんでしたが、ワシら鬼族にとって喜ばしいことは起こりますまい。弥生はワシが責任をもって守る所存でございますが、くれぐれも夜叉には警戒を怠らぬよいにしてください。そして、もしワシに何かあった場合は弥生をお願い致し申す。」
コラコラ、ここでそんなフラグを立てるのはやめなさい。
「話はわかった。ルーク、2人を頼む。」
「ガウっ。」
「ここは選手が通る可能性もある。早めに観戦席に戻る方がいい。」
「はい、そう致します。」
「ゼロ様・・・。」
弥生が口を開くが言葉が続かないらしい。
「大丈夫だ。お前は俺が守る。弥彦も、鬼族の里も、この竜人族の里も出来る限り守るよ。」
弥生の目から涙が溢れる。
「ついでに夜叉が改心出来そうなら、それも手助けするよ。」
弥生は大粒の涙を流しながら子どものように大泣きを始めた。いくら自分の命を狙ったと言っても夜叉は弥生の兄なのだ。それも誰よりも優れた兄。それが『自分のせい』で、兄は頭領になれない。きっと弥生は自分を今でも責めているのだろう。
私は弥生を抱き締めて、もう一度伝えた。
「大丈夫、きっと全て上手くいくさ。」
それが無理だと言うことをほぼ確信しながら・・・。




